14 ドワーフの女
空が白々とあけはじめたころ、ロッカたち四人はやっと永遠の森から出ることができた。
洞窟で巨大百足にとどめを刺したあと、野猿の群れが次から次へとあらわれ、倒しても倒してもきりがない状況になったため、途中から撤退を決めたのだが、野猿が執念深く、ついさっきまで追いかけっこしたり、茂みに隠れたり、といった逃亡劇をくりひろげていたところだった。
肉体疲労に睡眠不足もかさなり、ヒト族であるロッカとクレメンタスはヘトヘトだった。
セアルひとりだけが涼しい顔をしていた。
「さあ、こっから王都までどうやって行く? フェッリア湖から水路をつかってメルカタス経由で行く方法が一番楽だけど」
「……セアルさん」
さすがのヴェネフィカでさえ疲れの色が見えた。
「まずはちかくの村で宿をさがしましょう。出発は明日にします」
「え、そうなのか……まあ、アタシはどっちでもいいんだけど」
クレメンタスが耳を澄ます。
「川の音がきこえます。あっちです」
のどの渇きがこらえられず、クレメンタスは走った。
「あ、クレメンタスさん、ここの水はやめたほうが──」
ヴェネフィカの注意喚起はクレメンタスの耳には届かなかった。
すこし進むと、川幅が三、四メートルほどの川が流れていた。クレメンタスは、川べりに駆け寄り跪くと、両手を皿にして水を口にはこんだ。
「ブブブーッ!」
と、クレメンタスは口にふくんだ水を吐き出した。
「くっさァ!」
口のなかが不快感でいっぱいだ。
「ばかだなぁ」あとからきたセアルが言った。「フェッリア地方の土壌が腐敗してるって言ったのはおまえだろ。ふつうに考えりゃ、土が腐れば水も腐るだろ。わかりそうなもんだけどな」
と厳しい指摘をされたが、クレメンタスはそれどころではなかった。
「ゴホゴホ……ゲエェェェ」
胃袋のなかのものをすべて吐いた。
「全部吐きましたね。それなら感染することはないでしょう」とヴェネフィカ。
「……感染?」
「キャアァァ」
女の悲鳴だ。わりとちかい。見ると、セイタカソウが繁茂する丘のうえを、女が走る姿があった。女のうしろに三人の男たち──女を追っているのか、しかしなにか様子がおかしい。
「た、たずけどぅ」
ロッカは〝たすける〟と言ったが、ヴェネフィカからは、
「昨夜から戦いっぱなしです。すこし休みましょう」
と言われてしまった。さらにセアルにも、
「アタシらに関係ないことだろ」
と突きはなされた。
ロッカは地団駄を踏んでくやしがった。
「だあッ」
言葉にならない言葉で怒りを表明すると、ロッカはひとりで女のところへ走った。
追ってくる男らの足が遅いのでかんたんに逃げられそうだが、女も走り疲れており、逃げ切れずにいた。
女は躓き、セイタカソウのなかに頭から突っこんでしまった。地面に転がりながらも後ろを見ると、男たちがすぐそこまで迫ってきていた。
万事休す──女は覚悟した。しかしそうはならなかった。ひとりの少年が、男たちのまえに立ちはだかり、行く手を遮ったからだ。
少年の右手には鉈、左手には短刀が握られていた。その武器で狂った男どもを追い払おうとするも、男たちはかまわず突っこんできた。少年はしかたなく、皮一枚を浅く斬ったが、それでは男たちは怯みもしなかった。
「頭よッ! 頭を潰さないと! それにそいつらはもう人間じゃない! 屍鬼よ!」
その言葉にロッカのなかの躊躇いが消えた。一瞬のうちに、三つの頭が胴体から斬り離されて、地面に転がった。
女は、名を〝ホムリナ〟といった。ドワーフ族の特徴である、背が低く、首が短く、ずんぐりとした体形と、毛量の多い赤い髪の毛をもっていた。フェッリア公国にある集落から逃げてきたという。
「さきほどの男たちは何者ですか。貴方は〝屍鬼〟だと仰っていましたが」クレメンタスが訊く。
「はい。ここ数年、フェッリアでは土壌の腐敗が問題になっていました。原因も対処法もわからないままでしたが、それも鉱山での話でして、坑夫でない一般の人びとは気楽に考えていたんです。でも、ここ最近、腐敗が急激にひろがって、鉱山以外の地域、村や水源地にもおよぶようになって」
ホムリナはここで息を吸った。
「腐敗は、生き物にも影響しました。もちろん人間にも。腐敗により脳味噌を侵された人びとは発狂して、人に襲いかかるようになりました。やつらはなかなか死にません。心臓を貫かれても死なないのです──頭です」
「頭?」とヴェネフィカ。
「脳味噌を破壊しないかぎりやつらはうごきつづけます。ほんとに〝生ける屍〟なんです」
「あなたの村はどうなったのですか」ヴェネフィカが訊いた。
「おそらく、全滅……」
ホムリナの目に涙が溢れた。
「わたくしたちは王都を目指している者です」とヴェネフィカ。「途中の安全な村落までお送りいたします。そこまでご一緒しましょう」
とヴェネフィカが申し出たが、ホムリナは、
「村にまだ母がいるんです」
と答えを返した。ホムリナはつづける。
「母は足が悪くてしかたなく置いてきてしまったのです。どうか母を助けてください」
と、べつの頼みごとを言ってきた。
「……」ヴェネフィカに言葉はなかった。
「すまない。アタシらも先をいそぐんで」
セアルの、取りつく島もない言葉に絶望したホムリナは、つぎにクレメンタスに目をつけた。
「お坊さま。あなた、お坊さまですよね。わたしを助けてくれますよね」
「いやいや、私にそこまでする義理はないんで」とクレメンタス。
それをきいたホムリナは怒りをあらわにして、
「あなた、それでも聖職者なの! 聖職者はひとのために働くもんでしょうが!」
と罵倒した。
クレメンタスは心底軽蔑した目でホムリナを見ると、
「なんと図々しい。信者でもない貴方のために、なぜ私が働かないといけないのですか。まったく、貴方のような傲慢で堕落した者がいるから神がお怒りになるのです」
と吐き捨てた。
「だ、だめッ!」
ロッカが急に大きな声を出したので、みんな驚いた。
「た、たずけどぅ!」
ロッカは顔を真っ赤にして怒っていた。困っている人が目の前にいるのに、なぜ助けないんだ、と。
「そんなこと言ってもな、ロッカ──」
セアルが説得をこころみたが、
「た、たずけどぅ!」
と、ロッカは断固として引かなかった。




