12 洞窟
夜になってどしゃぶりの雨が降ってきた。クレメンタスたちはロッカが見つけた洞窟内へギリギリ逃げこみ、服を濡らさずに済んだ。
洞窟は、切り立った崖の中腹にぱっくりと口をあけていて、そこにたどり着くには崖を二メートルほど登らねばならなかった。ロッカは、わずかなでっぱりさえあれば山羊のつま先をひっかけて飛び上がり、二メートルの崖を三歩で登ってしまった。セアルはヴェネフィカを背負い、愚直に手足をつかって崖を登った。一番てこずっていたのはクレメンタスで、その巨体を何度も岩肌にすべらせて、息を切らしながら、やっとのことで洞窟の入口にたどり着いた。
洞窟に入ってから、セアルはマントから薪を数本出して組むと、ロッカがそれに呪術の火をつけて焚火を起こした。ヴェネフィカは鍋と調味料と芋と水筒を、おなじくマントのなかから取り出して、食事の準備をはじめた──きいたところによると、セアルとヴェネフィカの不思議なマントのなかはべつの空間につながっていて、いくらでも物をしまっておける仕組みになっているらしい。
雨足は弱まったが気温が急激に下がってきた。三人(セアルは食事が不要)は、焚火の火とヴェネフィカがつくった芋のスープで身体をあたため、ひと息つくことができた。
「ロッカ少年」ヴェネフィカが話しかけた。「洞窟の奥は探索したのですか?」
ロッカは首を横に振った。
「獣の住処だったときに厄介です。すこし見てきてくれませんか」
ロッカが立ち上がって洞窟の奥底へ行こうとすると、
「私もいっしょに行きましょう」
とクレメンタスも立ち上がった。
人差し指の先にともした呪術の火で暗闇を照らしながら、ロッカはゴツゴツした岩肌の洞窟のなかをすすんだ。あとにつづくクレメンタスもセアルに借りたランタンで周囲を照らしているが、獣はおろか虫一匹見つけることはできなかった。
「ロッカ氏、どうですか。生き物がいる気配はありますか」
クレメンタスが訊いた。ロッカは首を振った。
「もし獣がここを住処にしていたら、死骸だったり糞だったりなどの形跡があっていいはずです。洞窟内のにおいもカビ臭いだけですし、やはり獣はいなさそうで──」
先頭のロッカが手の平をうしろに向けてクレメンタスを制した。
「どうしたのですか」
「こ、これ」とロッカが地面を指差している。差された場所を見ると大穴が空いていた。
クレメンタスは大穴のふちにしゃがむとランタンを向けて大穴のなかをのぞきこんだ。が、暗闇が濃くてランタンの光が深淵まで届かない。
「これは相当深そうですね」
クレメンタスは大穴からランタンを出すと、正面は岩の壁になっていて行き止まりになっていることがわかった。
「下に降りるわけにもいかないのでここまでですね。戻りましょう」
おなじころ、セアルとヴェネフィカは洞窟の入口ちかくで焚火の番をしていた。
「風が出てきたな。そろそろ雨も止みそうだ」とセアル。
「そうですか」
「ところでよ、あの坊さん、なんか怒ってるみたいだけど、なんかあったのか」
ヴェネフィカは気まずそうにこたえた。
「わたくしが余計なことを言ってしまったのです」
「余計なこと?」
「はい。彼の信仰している神と、元素霊を同列の存在だと語ってしまったのです」
「ハッ。なんだよ、またか」
「はい、わたくしが至らないばかりに。もうしわけありません」
「空気が読めないのはいつものことだろ。気にすんな。それにあの坊さん、アタシのことも不吉なバケモノでも見るような目で見てくるからな。おたがい嫌われたな」
「はい、面目ない」
そんなことを話しているうちに、ロッカとクレメンタスが戻ってきた。
「獣がいるような形跡はありませんでした」とクレメンタスはそっけなく報告した。
「そうか、ご苦労さん。それじゃあ、みんなはもう休め。寝ずの番はアタシがやるから」
からくり人形であるセアルは睡眠をとる必要がなかった。みんなが寝静まった深夜、セアルは焚火が消えないように気をつけながら、昔の記憶を頭のなかで再生していた──
──遺跡の内部にある楽園は、旧世界にあった植物や節足動物や菌類や魚類などの小さな生き物たちの生態系を維持、保存する目的でつくられた施設だった。人間はおらず──いたかもしれないが、そうだとしても遥か昔に死に絶えてしまったのだろう──作業員は全員からくり人形で〝B型〟──機体をもたない〈声〉たちは〝W型〟──と呼ばれていた。そこからさらに、力仕事が得意なHタイプと、手先が器用なCタイプに分類されており、遺跡のなかには三〇〇体ほどのからくり人形たちが働いていた──セアルは、唯一そのどちらにも分類されない、一体だけの愛玩用からくり人形だった。
セアルには親しくしていた人形が二体いて、一体はおもに運搬係をしていた〝BH‐2025〟と、もう一体はメンテナンス係の〝BC‐5678〟だった。
このふたりは旧世界時代からの知り合い同士らしく、そのころは〝闘技場〟というところで働いていたそうだ。そこでは人形同士の戦闘がおこなわれ、人間の賭博の対象になっていたという。BH‐2025もBC‐5678も、自分らのことを〝数少ない剣闘士の生き残り〟と言っていた。
休日のある日、ふたりがセアルにお互いの戦闘スキルを披露したことがあった。
「セアル、これを見ろ。お前の背丈よりデカいぞ」
そうBH‐2025が自慢したのは巨大な鋼鉄の槌だった。BH‐2025はその鉄槌を片手で軽々とふりまわした。
「オレはコイツで数多の剣闘士を叩き潰してきたんだぜ」
そう言って胸を張ると、BC‐5678も対抗してきた。
「はッ」とまず鼻で嗤ってから「力まかせでまったく品のない武器だね。セアル、オレの武器は芸術品だぞ」とボーリングボールくらいの大きさの鉄球をふたつ両手に装着した。それから軽快なフットワークを見せて、「これはボクシングっていう古の格闘技だ。その技量はまさに芸術だぜ」とさまざまな角度からパンチをくり出した。
さっき小馬鹿にされたBH‐2025が、
「そんなんじゃ、俺のトンカチで一発だぞ。そんなんでよく生き残ってこれたな」
と、やり返した。BC‐5678も負けじと、
「そんなトロい攻撃なんてオレ様にかすりもしねえぜ」
「はあ、なんだと。じゃあ、やってみるか」
「ああ、やってみろよ」
ふたりはますますヒートアップしていった。
「ふたりとも!」セアルの叱責が飛ぶ。「いいかげんにして」
ふたりは肩をすぼめた。
「そんなことよりさ」セアルはつづけた。「アタシにふたりの戦い方をおしえてよ。両方の戦い方をマスターすればアタシが最強でしょ」
BH‐2025とBC‐5678は顔を見合わせた。
「ハハハ、そいつはちげえねえ」「そしたらセアルがチャンピオンだぜ」
しかし何百年も経てば人形も壊れる。三〇〇いた人形もいまでは一〇〇体を切るようになった。それと並行して旧世界の小さな生態系も維持できなくなっていた。セアルもところどころ故障したが、そのたびにBC‐5678が壊れた人形の部品をもってきて修理してくれた。だがその部品のどれもがセアルの華奢な身体には不釣り合いな高出力のものばかりだったため、セアルはBH‐2025の鉄槌も、BC‐5678の鉄球も、余裕であつかえるようになった。セアルはふたりから武技をならった。
それからさらに数百年後──BH‐2025も、BC‐5678も、壊れてうごかなくなった。旧世界の小さな生態系も消えてしまった。セアルはひとりになった。
さらに百年後──セアルは鉄槌と鉄球をもって遺跡を出る決意をした。
後ろをふりかえると、からくり人形たちの亡骸が無造作に置かれていた。W型の〈声〉に最後の命令を告げる。
「閉鎖」
重厚な密閉式防護扉がゆっくりと時間をかけて閉まる。この防護扉が閉まってしまえば、もうだれもこの扉を開けることはできない。だれも遺跡に入ることはできない。永遠に密閉された空間になる。
セアルは、防護扉が閉まるまで、亡骸たちを見つめつづけた。別れはすでに言ってある。
防護扉が完全に閉まり、遺跡は封鎖され、密閉された──
洞窟の奥から物音がきこえた!
セアルは記憶の再生を停止した。暗闇のなかを凝視し、警戒をつよめた。囁くような小さな声で、
「ヴェネフィカ、起きろ。なにかいる。ロッカ、クレメンタスを起こしてくれ」
と言うと、セアルはランタンをもって洞窟の奥へ入っていった。
カサカサカサ──
麻布が擦れるような音がきこえた。
次の瞬間、大量の蝙蝠と昆虫が、間欠泉のように一気に噴き出てきた。セアルもロッカもその勢いに飛ばされそうになるのを、なんとか踏ん張って耐えた。
「……ふぅ。物音はこいつらか」
セアルは緊張を解いた。
「あ、あう!」
ロッカが叫んだ。洞窟の奥の暗闇のなかで、なにかが蠢いている。
闇から這い出てきた頭部には鋭い顎があった──それは胴体が丸太ほどもある巨大百足だった。闇のなかから体節が次々とあらわれるも、いまだ最後尾が見えない。すくなくともセアルとロッカの身長を足しても大百足の全長には届かないことは確実だ。
「マズい! 下がるぞ!」
セアルの声が洞窟内に反響した。




