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悪夢の王 KING OF NIGHTMARE   作者: 葛飾ゴラス
第二章 上層世界
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11 不敬

 朝早くチャルゥの家を出発して、現在、昼を過ぎたあたりだろうか。永遠の森は深く、日を遮ってしまうから太陽の傾きがよくわからないのだ。

 クレメンタスは、獣が出現しないかとビクビクしながら、セアルたちのあとについて森のなかを進んでいた。この──不本意ながら組んだ──即席パーティーの先頭を行くのは、出発してすぐにクレメンタスたちを追ってパーティーに追加加入した、ロッカ少年だ。彼はまだ子供だが森に関してはベテランであり、クレメンタスに見えないけ(﹅)も(﹅)の(﹅)み(﹅)ち(﹅)や糞を発見して獣との遭遇を回避しながら、クレメンタスたちを先導していた。しかし、安全を優先させて道を大きく迂回したため、森のそとへ出るにはまだまだ時間がかかりそうだった。

 黙々と足を交互にうごかしながら、クレメンタスの心は罪の意識に苛まれていた。それは、〈教会〉の最重要機密だった〝大悪魔復活の予言〟について──魔術による自白の強要だったとしても──外部に洩らしてしまったことの罪だ。

 そもそもなぜ〝大悪魔復活〟が機密なのか、その理由は複雑である。

 まず、悪魔とは狡猾である。まるで民に寄り添う土着の精霊のような顔をして人びとを騙す。場合によると、人が悪魔の正体を見抜けず神として崇めている地域さえある。信仰の篤い修道士でさえ悪魔の罠に嵌められてしまうほどだ、純粋な一般の人びとなど容易なものだろう。だからこそ、修道士は悪魔の名をむやみに口にすることを禁じられている。修道士の正義が悪魔に利用され悪業に加担してしまう危険性があるからだ。

〝部隊全滅〟の責任に〝機密漏洩〟の罪が加わったのだ。クレメンタスの不安はますます大きくなっていた。

 機を見て逃亡することも考えたが、ロッカ少年の身体能力やセアルの戦闘能力を考慮すると成功率は低そうだった。それに、ヴェネフィカの魔術の底が見えないことも不気味だった。一対三では勝ち目がない。もし失敗したら命を失いかねない。とりあえず、いまは大人しくしているほうがよさそうだ──クレメンタスのこの一連の思考過程は、〝従属〟の精神魔術にかけられた自覚のない彼が、〝ヴェネフィカたちに従っている状況〟に納得するための自(﹅)分(﹅)へ(﹅)の(﹅)弁(﹅)明(﹅)である。

 昨晩の尋問のあと、ヴェネフィカに「クレメンタスさんを王都バアルまで送り届けます」と告げられた。クレメンタスはヴェネフィカの真意をはかりかねた。彼女はなにが狙いなのだろうか、わかるはずもなかったが同時にクレメンタスはこうも考えていた。〈教会〉の勢力圏に入ればなんとかなる、と。王都バアルにさえ──そうでなくても修道騎士団が駐屯している集落にさえ入れれば、数的不利が逆転し、クレメンタスのほうが有利になる。

 そのときにはこいつら全員拘束して昨晩の屈辱的な尋問の仕返しをしてやる──とクレメンタスはひとり鼻息をあらくしていた──これも〝秘匿〟の魔術に無自覚なため告発が可能だと信じているにすぎず、実際にその場面になったならクレメンタスはできない理由をつくって実行しないだろう。

「日が暮れるまえに野宿できるところを見つけましょうセアルさん、ロッカ少年、おねがいしてもよろしいでしょうか。わたくしとクレメンタスさんはここで待機しています」

 ヴェネフィカが言った。

「ああ、わかった。アタシはこっち──」と言いながらセアルは指を差し、「──に行くから、ロッカはむこうをたのむ」とロッカに指示した。

 ロッカは頷くと飛ぶように駆け、森のなかへ消えていった。セアルは慌てるようすもなく、のんびりと歩きはじめた。

「クレメンタスさん」とヴェネフィカ。「お疲れでしょう。すこし休憩しましょうか」

 クレメンタスは思った──このひとは昨夜私を拘束して屈辱的な尋問をしたことを忘れているのか? なぜなにごともなかったように話しかけられるのか? と。

「……いえ、大丈夫です」とそっけない返答があった。

 しかし、道なき森のなかを半日歩きつづけたクレメンタスは正直疲労困憊だった。

「むりをなさらず。セアルさんは機械ですので疲れ知らずですし、ロッカ少年は見た目どおりの健脚です。あのふたりのペースに合わせて進んできたのですから疲れて当然です。休みましょう」

「……ならば、お言葉に甘えて」

 クレメンタスは木の幹によりかかって座り、足を伸ばした。身体の至るところが痛んだ。ヴェネフィカも、杖を器用につかってみつけた、ちょうどいい大きさの倒木に腰かけた。

 クレメンタスはヴェネフィカの一連の所作を見ていたが、凛としたその佇まいからは疲れの色はうかがえない。盲目で杖をたよりに森を歩くのは健常者の何倍も疲れるはずなのに──

「失礼ですが、あなたもあまりお疲れではないように見えるのですが」とクレメンタスが訊いた。

 ヴェネフィカはニコリとほほえんで声のした方向を向いた。その端正な顔立ちにクレメンタスはドキリとした。

 ヴェネフィカは言った。

「わたくしたちエルフ族の身体は、人類のなかでももっとも〝霊体〟にちかい構造らしく、まわりの〝気〟の影響を受けやすいのです。この森のように霊力に充ちた環境ですと、どれほど歩いても疲れることはありません。どんどん元気になっていくほどです」

「そうなんですか。羨ましい」

「しかし逆に、邪気に充ちた場所では正気を失いかけたりしますから、どちらも一長一短ですね。ところでクレメンタスさん、〈奇跡〉の練習のほうはどうですか」

「ああ、〈奇跡〉ですか……」クレメンタスは言い淀んだ。「そちらのほうは相変わらずで……きっと私の信仰心が足りていないのです」と自分を卑下した。

「そんなことありません。クレメンタスさんほど信仰心が篤い方はいらっしゃいません。それに、コツさえ掴めたらすぐにつかえるようになりますよ」

 私のことをなにも知らないのになぜそんなことが言えるのか、とクレメンタスは内心文句を言ったが、

「はあ……そんなものでしょうか」

 と曖昧な返事をした。

 どんなに才能がない者でも傷を治すくらいのかんたんな〈奇跡〉はつかえるようになるものだ。それなのにクレメンタスはそのかんたんな〈奇跡〉すら習得できないでいるのだ。

「推測ですが」と、ヴェネフィカはことわってから語りはじめた。「〈奇跡〉はおそらく、体系的には呪術や精霊術にちかい術式だと思います。神や元素霊(エレメンタル)といった外部の霊的思念体と術者が接続し、その恩恵を受けるという構造がおなじですし、触媒に言葉──〝呪文〟と呼ばれるもの、〈教会〉では〝祝福〟〝聖句〟という──をつかうところが共通しています。ロッカ少年がつかう〝火の呪術〟は、火の元素霊(エレメンタル)を召喚、使役するタイプですね。わたくしがつかう魔術は、霊的思念体を介さずに直接宇宙構造に接続して操作──」

「不敬なッ!」

 いきなりクレメンタスが激昂した。

「わが神と低級な元素霊(エレメンタル)を同列に語るとは、不敬にもほどがある。あなたには天罰が下るでしょう」

 そう吐き捨てたクレメンタスが立ち上がりこの場から去ろうとしたとき、ロッカがちょうどもどってきた。そして、

「ど、どうくつ……あ、あった」

 と吃音まじりに報告した。

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