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第二話:地下牢の語り部

――悪政が蔓延(はびこ)る、ラドミール王国。


広大な国土と豊かな資源を持ちながら、この国は終わりに向かっていた。


重税に苦しむ民。腐敗した貴族達。王に媚びる者だけが甘い蜜を吸い、力なき者は踏み潰される。

王都は華やかに栄えているというのに、その足元では数え切れないほどの人々が静かに涙を流していた。


そんな国で、密かに名を知られていた王子がいる。


ヘンリク・ヴァーサ。


国王の末息子でありながら、彼は王から疎まれていた。


理由は単純だ。


優秀すぎたのである。


聡明で、人望があり、剣の腕にも優れていた。それだけならまだ良かった。しかし彼は、民の苦しみに目を向けてしまった。


それを王は恐れた。


さらに、ヘンリクの母は身分の低い貴族出身であり、既に他界している。彼には王宮で支えてくれる後ろ盾がなかった。


だからこそ、切り捨てるには都合が良かったのだ。


表向きは反逆の嫌疑、実際には、ただ邪魔だったから。


そうしてヘンリク王子は地下牢へ幽閉されることになる。


だが、彼を見捨てない者がいた。


かつてヘンリクが庇い、命を救った平民の護衛騎士――ヤンである。


貴族騎士達に濡れ衣を着せられ、処刑されかけていた彼を、ヘンリクはたった一人で救った。


その恩を、ヤンは忘れなかった。


王宮を追われた後、彼は密かに反王政組織を立ち上げる。そして、レジスタンスのリーダーとなった。


幽閉されたヘンリクを救い出し、彼を革命の旗頭として担ぎ上げるために。


苦難の末、革命は成る。


暴政を敷いていた国王は倒され、ヘンリクは新たな王として即位する。


その隣には、いつも一人の少女がいた。


ヤンの妹、アンナ。


勝気で素直ではないが、誰より真っ直ぐな少女。口喧嘩ばかりしながらも互いに惹かれ合っていく二人は、やがて結ばれ、新たな時代を築いていく――。


それが、私の知る物語だった。


そして。


その物語における、私カタジナの役割は、ほんの僅かな悲劇の添え物に過ぎない。


地下牢でヘンリク王子と出会った私は、気弱で、悲観的で、未来に絶望していた。


彼はそんな私に何度も声を掛け、励まし、助けようとしてくれる。


けれど、その優しさも届かない。


追い詰められた私は、とうとう正気を失い――牢の壁へ頭を打ち付けて死ぬのだ。


そしてヘンリク王子は、不幸な最期を迎えた少女を哀れみ、改めて王族達への怒りを募らせる。


暴政を終わらせると、強く心に誓うのである。


……つまり私は、主人公を引き立てるために存在したモブ王女だった。


「――と、いう感じのお話です」


一通り語り終えた私は、ふう、と息を吐いた。


思った以上に熱弁してしまった気がする。好きな作品について語り始めると止まらなくなるのは、オタクの悪い癖だ。


向かいの牢では、ヘンリク王子が腕を組みながら難しい顔をしていた。


「……にわかには信じ難いが」


低い声が静かに響く。


当然の反応だろう。


けれど彼の表情には、完全な否定だけではない色も混じっていた。


それもそうだ。私の話の中には、本来なら知り得ない情報がいくつも含まれていたのだから。


ヤンのこと、彼が平民出身であること。


そして、ヘンリク王子が地下牢へ送られた本当の理由。


お飾りの王女が知るはずもない。


私は鉄格子に寄り掛かりながら、小さく肩を竦めた。


「私は、本来ここで死んでいたはずなんです」


薄暗い地下牢の空気は冷たく、石壁から滲む湿気がじわりと肌にまとわりつく。


けれど今の私は、不思議と絶望していなかった。


前世の記憶を取り戻したせいだろうか。


少なくとも、死ぬしかないとは思わなくなっていた。


「どうせなら、生き延びたいんですよね」


せっかく転生したのだ、しかもこの世界の物語を知っている。


ならば足掻かなければ損である。


私は居住まいを正し、にこりと営業スマイルを浮かべた。


「ですので、未来の英雄王となる貴方に、前世で得た知識をお伝えします」


「……知識?」


「はい。お礼と言っては何ですが、英雄となった際には私も助けて頂きたいのです」


ここで恩を売らねば。


なにしろ、この人は将来の王様だ。


生存ルートへ乗るためなら、使えるものは全部使う。


そんな私の打算を見透かしたのか、ヘンリク王子は呆れたように小さく笑った。


「ハハッ。随分と逞しいな、お前」


「前世が社畜でしたので」


「しゃちく?」


「あ、ええと……よく働く人種です」


半分くらいは本当だ。


ヘンリク王子は意味が分からないという顔をしながらも、それ以上は追及してこなかった。


「まぁいい。しばらく様子を見る事にしよう」


彼は石壁へ背を預け、静かに続ける。


「どちらにせよ、今の俺達に出来ることは少ないからな」


その言葉には、諦めではなく冷静な現状分析があった。


あぁ、やっぱり主人公だなぁ。


こんな状況でも感情に呑まれず、現実を見据えている。


私は感心しながら、ひっそり胸を撫で下ろした。


少なくとも、完全に頭のおかしい女扱いはされていないらしい。


こうして。


カタジナとヘンリクは、地下牢という閉ざされた世界で、奇妙な共同生活を送ることになったのだった。

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