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次の日。
冬希が登校すると、隣の席に座る人影があった。
マスクをつけているようだが、傍目から見た感じでは体調が悪そうな様子はない。頭に手を当てたり背中が丸くなることもなく、背筋をピンと伸ばして綺麗な姿勢で座っている。
「おはよう、春影さん。」
「おはようございます、月冴君。あ、声が…」
挨拶をしながら声が少し掠れてしまう。喉の調子は昨日より良くなってはいるのだが、完全に治るまでもう少し時間がかかりそうだ。咳払いを挟み喉の調子を整える冬希に、春影が心配の色を滲ませる。
「月冴君も風邪気味ですか?…雨に濡れたから?」
「そうかもしれないけど、帰ってから髪とか乾かさないままにしちゃったんだ。だから、これは自分のせいだよ。」
「月冴君は免疫が強いって言ってましたが。」
「免疫が強かったからこの程度で済んだんだ。」
申し訳なさそうに縮こまる春影に、冬希は軽く言葉を返す。実際、雨に濡れることを選んだのは冬希であるため、春影が責任を感じる必要は全くないのである。
「一昨日は、本当にありがとうございました。」
「僕は何もしてないけどね。少しでも気分が晴れたなら良かったよ。」
「はい。月冴君のお陰です。」
春影の笑顔が、がらんどうのものでは無くなっている。その事にほっとしていると、教室のドアが開く音と同時に元気な声が届いた。
「おはよ…あ、咲桜!元気になったんだ!」
「若夏さん、おはようございます。元気になりました。」
若夏は春影を見つけるや否や駆け寄り、春影にぎゅっと抱きついた。何となく、耳とぶんぶん振り回す尻尾が見えるような気がする。
椅子を引く音が聞こえ、そちらを見ると末枯が席に座ろうとしているところだった。
「おはよう、末枯。」
「ああ、おはよ、月冴。春影も。」
春影は、若夏に抱きつかれながら頭を下げて応えた。口元が若夏に覆われているため声が出せないのだろう。
その様子に末枯はかつかつと近づき、若夏の襟を掴みべりっと引き離した。若夏は大丈夫であろうか。ぐうぇ、とひしゃげたカエルのような声を出しているが。
「何すんのよ。」
「少しは春影のことを考えろ。病み上がりなんだぞ。」
「まあまあ、大丈夫ですよ。若夏さんのメールのお陰ですっかり元気です。」
「さくらぁ〜!」
首を抑えて咳込みながら末枯を恨みがましい目で睨んでいたが、春影からの優しい言葉にみるみる顔を喜びで一杯にして再び抱きつこうとし、またも末枯に襟を掴まれぐゔぇっ、となっていた。
どうにか末枯の拘束から脱出した若夏は、春影にぐっと顔を寄せた。
「咲桜、今日遊びに行か…」
「今日はダメだ。」
「秋人は黙ってて。」
今度は遊びの誘いを遮られ、若夏は怒り心頭である。
「春影。こいつは気にしなくていいから。」
「咲桜、遊ぶって言っても放課後に一緒にお喋りするとかそういうのでいいんだよ。欲を言えば、もちろんアクティブに遊びたいけど、それはまた今度!」
「月冴と春影は真っ直ぐ帰る。風邪は治り始めが肝心なんだ。」
末枯は断固として若夏の暴走を許すまじという風に腕を組み仁王立ちをしている。
春影はどう思っているのだろうか、と気にかかっていると、春影が少し咳き込んだ後、申し訳なさそうに若夏に向き合った。
「若夏さんのお誘いは嬉しいのですが、風邪をうつしたくないので、また今度遊びに行きませんか。」
「咲桜…うん、そうだよね。」
「ほらな。春影だってお前に付き合うのはしんどいんだと。」
「…お前は、入ってくんじゃねぇ!」
末枯に掴みかかる若夏と、手慣れたように軽くいなす末枯に、冬希と春影は目線を合わせふっと吹き出した。
そして、冬希は翌日に完全復活した。免疫力の強さをアピールしたのは言うまでもない。




