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 話し合いがひと段落した後、今日は解散することになった。

 ショッピングモールの外に出ると、空は灰色に変わり、どんよりとした空気が立ち込めていた。これは一雨くるかもしれない。足速に帰路につきながら先程の会話を思い返した。


(季節を好きになる、か…)


 首に下げるホイッスルがいつもより冷たく重い気がする。歩を進めながら冬希は父の転勤が決まった時の母の様子を思い浮かべた。


「あなたはこっちに残っても、お父さんについていってもいいのよ。」


 当初父は単身赴任を予定していた。母も仕事があり、冬希も高校に通っていたためだ。なのに冬希にこう言った母は、察していたのだろう。冬希が地元を離れたいと思っていたことを。

 だから、高校三年生というタイミングで父についていくと言った冬希を、心配こそすれ快く送り出してくれた。転入の手続きや引っ越しの準備で大変だったであろうに。

 冬希は逃げている最中だというのにあんなことを言ってしまった。後悔はしていないと思うが、自分の思いでさえ自信を持てなかった。


 沈む意識の中を歩いていると、不意に頭に何かが当たった。空を見上げるとポツポツと雨が降り出したところだった。生憎傘を持っていなかったため、重い足取りを誤魔化すかのように帰り道を駆けた。

 帰宅してからも雨脚は強くなる一方だった。リビングでソファに座りながらぼーっとしていると、時計が目に入った。


(もうこんな時間か。そろそろ夜ご飯の準備をしないと。)


 父は仕事に行っている為、基本的に家事は冬希が請け負うことになっている。夕飯のメニューに悩みながらキッチンに向かい冷蔵庫を開けると、中はすっからかんで有り合わせで作ろうと思ってもそれさえ難しい品揃えだ。引っ越したばかりで家に何も無いことを忘れて帰ってきてしまったため、食材で作るものを決めようと思っていたがそのプランも崩れてしまう。


(仕方がない。買い物に行くか。)


 憂鬱な気持ちで玄関に向かい、雨が降る中再び出掛ける羽目になってしまったことにため息をつきながらドアを開けた。土砂降りの雨に傘をさしながら、歩き出した。雨粒が地面に着地すると同時に跳ね、ズボンの裾を濡らしていく。

 近くのスーパーで軽く買い物を済ませ、荷物が増えた帰り道。傘に降り注ぐ雨音を聞きながら、今朝の事を思い出しふと歩みを止めた。


(そういえば。この雨だとあの桜も散ってしまうか。)


 今朝出会った見事な桜並木がよぎり、自然と足がそちらに向かう。周辺を歩くこと数分、ようやく目当ての道に辿り着いた。

 朝の花びらが舞い踊る光景とは反対に、雨により桜の軽やかさが失われ、まるで地面に叩きつけられているようだ。


(あ…)


 その通りに朝と同様、今度は見知った桜の少女が居た。傘もささず、制服姿のまま雨に打たれながら桜の木を見つめている。

 みんなと別れた後家に帰っていなかったのか。そう思いながら春影に近づいた。


「春影さん。」


 傘を春影にさし掛けながら呼びかけてみるが、反応がない。

 桜の木を見上げるその目が、淀んでいるように見えた。春影をそのままにしておくこともできず、斜め後ろに立ち桜を見上げる。雨に晒されても、どっしりと構えた桜の木は本当に綺麗だった。


「あ…」


 暫くして。春影の小さな呟きを拾い視線を落とすと、春影が緩慢な仕草でこちらにピントを合わせる。雨が当たる感触が消えたことに、漸く気付いたのだろう。


「月冴君。」

「春影さん、大丈夫?」


 冬希に返事をするように口角が動いた。表情だけでされた返答に、そもそも大丈夫と聞かれたら答えづらいか、どういう言葉をかけたらいいのか悩むが良い案は思い浮かばず、雨が地面を叩く音だけが大きく響く。

 春影は無言で冬希の方を見た後、一歩後ろに下がった。春影に傘がたわなくなり、再び雨が春影を打ちつける。


「春影さん、冷えるよ。」


 冬希は、自分も傘も動かさなかった。元よりそんなに大きくない傘を傾けているため、背中に雨が当たり冷たくなる。


「月冴君。そのような事を私にしないでください。月冴君こそ風邪を引いてしまいます。」

「僕は免疫が強いから大丈夫だよ。それより春影さんの方が…」

「私も体は弱くありません。」


 弱々しく笑い、俯いて更に口を動かすが何を言ったかまでは聞こえなかった。


「月冴君は、冬が苦手なんですよね。」


 春影がぽつりと溢した。


「私は春が嫌いです。」

「お別れの季節だから?」

「はい。母が亡くなったんです。」


 桜を見つめる茶色の瞳が凪いでいる。春影は、その目に一体何を映しているのだろうか。


「そっか。」


 どう返したらいいのか分からず、そう返事をすることが精一杯だった。

 二人の間に雨の落ちる音だけが響く。話の続きを聞かない方が良いと感じた冬希は、春影に傘を差し出した。


「ここから家が近いんだ。だから、良ければこの傘春影さんが使って。」

「その優しさは私には勿体無いですよ。」


 強いようで弱々しくそう吐いた。その表情はとても寂しげで、自らを嘲笑っているようだった。


「母が亡くなったのに、春を好きになるなんて。何でそんな事を言っちゃったんだろう…」


 小刻みに震える小さな背中を前にして冬希は言葉失った。

 きっと、春影も何かを抱えているのだろう。とても重い、何かを。何も知らない冬希が、安易に声をかけてはいけない。しかし、自分と同じ葛藤を抱えている少女を放っておくことも出来ない。

 一人にしてほしいという申し出に、冬希は春影の様子を見て少し考えた後、静かに傘を畳んだ。


「何を、しているんですか。」

「春影さんが、一人にして欲しくなさそうだったから。」


 やっぱり、雨の中でもさくらは綺麗だ。

 春影は冬希の様子をしばらく振り返り、次第に諦めたかのように視線を外した。その後、二人は土砂降りの雨の中、傘をささずに立ち続けた。


 雨が弱まり、やがて止んだ。春影の影が動いたのを確認して顔を上げ、その背中に声をかけた。


「帰ったらちゃんと温かくしてね。風邪引いちゃうから。」

「月冴君の方こそ。私のせいでびしょ濡れです。付き合わせてしまい、申し訳ありません…」

「僕が勝手にやった事だから気にしないで。」


 ほぼ同時に足を踏み出した。

 桜並木を出て、分かれ道を春影と反対の方向に進む。空は分厚い雲に覆われて、辺りには重苦しい空気が漂っている。しかし、何故か明日は晴れそうな予感がした。




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