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「よーし、折角だし、この後どこかに遊びに行こうよ!」
放課後の訪れを知らせるチャイムと同時に席から立ち上がり、若夏が元気よく言った。今日は始業式とオリエンテーションだけのため、学校は午前で終わりだ。
「さっきの今でかよ。」
「良いじゃん。鉄は熱いうちに打てって言うでしょ。」
「私も良いと思いますよ。勿論皆さんの都合が合えばですが。」
「僕も春影さんと同じ。むしろそっちの方が僕的には嬉しいかな。」
ため息混じりに言う末枯に、若夏は人差し指を立てながら分かってないなぁ、と言わんばかりの得意気な顔で左右に振った。
そんな二人を見て手を口元に当てて微笑みながら春影が提案に賛同する。冬希もこの後特に用もなく、学校が終わると真っ直ぐ家に帰ろうと思っていた所だ。新しいクラスに馴染めるか頭を悩ませていた冬希にとって、この誘いはとても有り難いものだった。
「じゃあ全員参加でオッケーね!」
「おい、勝手に決めるな。まあ、丁度いいか…」
物申したげに眉を上げて体を起こすが、思い直すように下を向いた後そう呟き、一瞬こちらに視線を向けた。
冬希はその視線の意味するところが分からず首を傾げながら、鞄を手に取り席を立った。
学校から歩いて少しの場所に位置するショッピングモールのフードコートに移動した一行は、各々好きなものを注文し席に着く。
「さて…」
冬希の正面に座り若夏が、顔の前で組んだ手から真剣な表情を覗かせながら口を開いた。
「遊ぶとは言ったものの、何しよっか。」
「…」
「…」
あっけらかんと言う若夏に三人は一様に黙った。
冬希はどちらかといえば内向的なタイプであり、放課後に誰かと遊ぶといった経験に乏しい。そのため、こう言う場面で、しかも出会ったばかりの人と何をするものなのか全く分からず首を横に振った。
隣に座る春影を見ると、眉を下げながら視線を彷徨わせている。末枯はこのようになる事をある程度予測していたのか、肩肘を机に乗せながらため息をついた。
そんな冬希達の様子を見た若夏は、自分がどうにかするしかないようだと悟ったのだろう、大きく息を吐いた。
「みんなの好きな事とか教え」
「月冴に聞きたいことがある。」
末枯が若夏の言葉を遮り、冬希を真っ直ぐに射抜いた。若夏は驚いたように口を開いたまま、末枯を見つめながら固まっている。
「何だ?」
「どうしてこのタイミングで転校してきたんだ?」
「え、どうしてって…」
「何か訳があるんじゃないのか。」
訝し気にこちらを見る末枯の言葉を受け、冬希の脳裏に轟々と降り続ける雪の嵐がフラッシュバックした。目を瞑り、その記憶を振り払いながら丁度良い返事を探す。
「えっと…親が転勤することになって。それで一緒に着いてきただけだよ。」
「進路が控えているこのタイミングでか。親は反対しなかったのか。」
「うん…心配はされたかな。でも、いずれにせよ地元を出るつもりだったから丁度良かったんだ。」
多少早口になってしまったかもしれないが、自然に会話を繋げられたはずだ、そう思いながら末枯の様子を見て眉をひそめた。末枯が何かに追われているような、必死な表情を浮かべていた。春影と若夏も、驚きと心配が混ざったような様子で末枯を見つめていた。
そんな三人の様子に気づいたのだろうか。末枯は、はっとしたように言葉を止めた後、バツが悪そうに顔を背けた。
「っ…悪い…。踏み込んだことを聞いた。」
「いや。」
「その…どうしても気になったんだ。進路のことで親が反対しなかったのかが。」
自分の眉間の辺りを拳でぐりぐり押さえながら、質問の意図を吐露した。
これ以上の追求の気配が無くなり、この話題がひと段落しそうなことに密かに胸を撫で下ろし、胸元にあるホイッスルを握った。末枯がこの段階で踏み止まってくれて助かった。冬希としてもあまり考えたくないことである。
その後、若夏が空気を変えるように一度手を叩き、違う話題に移った。
「みんなは、この一年どう過ごすか決めてる?」
「そんなの決まっているじゃないか。俺たちは三年生なんだ。進路を真剣に考えて」
「そんな真面目なやつじゃなくてさ。もっとこう、緩く行こうよ!」
「緩く…」
「あっ、そうだ!」
少し考えた後、若夏が目を輝かせながら、人差し指を冬希達の前に立てた。
「この四人で何かしない?」
「四人で、か?」
「そう!四人で一つ目標を立てて一年を過ごすの!」
若夏の提案に、冬希は目を瞬かせる。
「面白そうだけど、四人で共通の目標って何をするんだ?」
「それは…」
「何か思いついていそうですね。」
「うん、丁度良いのがあるじゃん。」
そこで一旦言葉を置き、みんなと目を合わせた。
「それぞれの季節を好きになる事。」
その言葉を聞いた途端、冬希は言葉を失った。ホイッスルが冬希の気持ちを表すかのようにゆらゆらと揺れている。
「私たちの共通点は名前に季節を持つこと。そして、それぞれの季節が苦手なこと。自分一人だと無理だったけど、四人一緒なら何故か大丈夫な気がして。」
どう、とこちらに問いかけの視線を寄越した。ずっと明るかった若夏だが、今ばかりは表情を硬くしている。
「やってみたい。」
しっかりと考えた上で、冬希は昔を思い返しながら、視線をしっかり上げてそう告げた。三人の視線が冬希に集中する中、若夏が立てた人差し指に自分の手を重ねる。
「僕はずっと逃げてきたんだ、嫌なことから。でも、それと同時に不安だったんだ。今まではそれで大丈夫だったかもしれないけど、この先また何かが起こったら?その時も逃げ続けるのかって。」
胸元で揺れるホイッスルをもう片方の手で握りしめる。
「ずっとこのままじゃいけない。若夏さんが同じ考えなら、僕は一緒にやってみたい。」
「本当?一緒にやってくれるの?」
若夏からの不安と期待が入り混じった視線を受け、冬希は静かに頷いた。
「私も、ご一緒したいです。」
隣で話を聞いていた春影が、こちらを俯きながらゆっくりと口を開いた。そして、ゆっくりと手を伸ばし冬希の手に重ね合わせる。春影の反対の手には、見覚えのあるハンカチが握られている。
その言葉を聞き自然と視線が集中した末枯は、唇を固く結びながら渋々と言った様子で頷いた。若夏が末枯の手を半ば強引に重ねさせ、その上からぎゅっと握りしめた。
「秋人…咲桜も、ありがとう!これで全員参加だね。」
「目標は決まったけど、これからどうするんだ?」
「まあ、そこが問題だよね。」
そこでおずおずと春影が手を挙げる。
「あの、ひとまず普通に過ごせば良いのではないでしょうか。」
「普通に?」
「はい。私もどうすれば季節を好きになれるのかは分かりません。なら、それぞれの季節に楽しい思い出を作ってみるのはどうかと思いまして。」
「うん、良いんじゃないかな。」
話しながら自信が無くなってきたのか、尻すぼみになる春影に若夏が明るい声音で返した。冬希と末枯も共に頷き、その様子に提案した春影はほっとした様子で眉を下げた。
「じゃあ、みんな。改めまして、今日から一年よろしくね!」
「よろしく。」
「よろしくお願いします。」
「ああ。」
お互いに視線を交わせながら頷き合った。




