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 職員室により必要な書類や学生証を受け取り、担任の先生と共に教室へ向かう途中。冬希は廊下を歩きながら、この先のことに思いを馳せていた。

 高校生活も三年目となれば、いくらクラス替えがあるとしても見知った顔がいるだろう。ただでさえコミュニケーションをあまり得意としていないのに、コミュニティがある程度完成している中に入るのは、中々ハードルが高い。

 もちろんそれも承知の上ではあるものの、少しは高校生活を楽しみたいと思っている冬希は、今後について考え足取りが重くなった。


(廊下が永遠に長くなったりしないかな…)


 既に見えている廊下の終わりを尻目にそんなことを思っていると、前を行く先生が立ち止まった。どうやら冬希が所属する教室に着いてしまったらしい。目の前のドアが開くのを見て背筋を伸ばした。

 教室に足を踏み入れると、新しくクラスメイトになる生徒達の好奇の目がいっせいにこちらを向く。


「今年度からの転入生だ。」

月冴冬希(つきさふゆき)です。残り一年ではありますがよろしくお願いします。」

「じゃあ月冴、席に着いてくれ。」


 軽く頭を下げて自己紹介を乗り越え、無事終わらせたことにまず一息つく。

 クラスメイトからのぱらぱらとした拍手で迎えられ、担任に言われた窓際の席に向かうと、


「あっ…」


 隣の席に見知った桜色の少女が座っていた。

 止まりそうになる足を何とか動かし、お互いに小さくお辞儀をして急いで席に着く。荷物を机の横にかけて腰を下ろしながら、同じ学年、それも同じクラスだったことに驚いた。てっきり下の学年だと思っていたのに。

 冬希は、教室に入る時とはまた違った胸のどきどきを感じた。


 朝のホームルームが終わり、担任が去っていくと教室にざわめきが広がった。

 冬希の席は窓際の一番端。これで席が最前列や教室のど真ん中であったら軽く絶望していたのだが、目立たない席で心底安心した。そわそわしながら教室を見回していると、隣から声がかかった。


「思ったより早い再会でしたね。」

「うん、まさか同じクラスだったなんて。」

「それもそうですが、てっきり新入生だと思っていたんです。教室に入ってきた時、私がどれだけびっくりしたか。」

「それは、すみません…?」


 今日の朝ぶりに挨拶を交わす。

 どうやら、向こうも同じ学年だと思っていなかったらしい。道に迷っていたし、見覚えのない顔だし、当たり前といえば当たり前か。

 そう納得しながら、新しい高校で、顔馴染みが同じクラス、しかも隣の席にいることに心強さを覚えた。二人で会話をしていると、ふいに前の席の人がばっと振り返った。


「え、二人は知り合いなの?きみ、新入生だよね。」


 瑠璃紺の髪の毛を後ろで括った、鮮やかな若草色の瞳の女子生徒が上半身を捻り、こちらを興味津々で見つめていた。

 初めましての生徒に急に話しかけられ、驚きで返答に詰まっていると、隣から返事が飛んだ。


「はい。今朝落とし物を拾ってくださったんです。」

「へー、そうなんだ!」

「若夏さん、また同じクラスですね。よろしくお願いします。」

「うん、よろしく!春影さん。」


 どうやら隣の席に座る桜色の少女は春影、前の席に座る紺色の少女は若夏という名前のようだ。


「あ、そうだ!折角席も近いことだし、自己紹介しようよ!」

「確かに、それは良いですね。」


 若夏がこちらに好奇が宿った視線を向けて提案した。そして、思案気に手を口元に当てて考えた後、何を思いついたのか隣の席の本を読んでいる男子生徒に声をかけた。


「ほら、秋人も!」

「何だよ。俺はいい。」

「良いから良いから!」


 その男子生徒にとっては何も良くなさそうではあるが、若夏は有無を言わせずこちらを向かせ、意味あり気な視線を寄こした。


「よーし、じゃあ自己紹介といこう!まずは、春影さんから!」

「お前からじゃないのかよ。」

「良いの!ちゃんと理由があるんだから!」


 冬希は、秋人と呼ばれた男子生徒と全く同じことを思ってしまった。こういうのは、大体言い出したら人からやっていくのが定石だと思っていたのだが。

 急に振られ、面食らって困ったように微笑みながら春影がおずおずと切り出した。


「では、私から。私は春影咲桜(はるかげさくら)と申します。月冴君とは今日の朝知り合いまして、若夏さんは去年同じクラスだったので少しだけ交流が。」

「春影さんの名前、咲桜って言うんだ!ねえねえ、下の名前で呼んでも良い?」

「はい。ぜひ。」

「やったー!」


 出会った時から桜のような人だと思っていたのだが、本当に名前が咲桜さんだとは思わず瞠目する。そして、春影の若夏への返答に少しの違和感を覚えた。春影が目線を伏せたからだ。

 自分の名前があまり好きじゃないのか。

 考えを巡らせている冬希の横で、若夏は春影の名前を聞き、身を乗り出して尋ねた。


「咲桜の一番好きな季節は春なの?」

「え…」

「ほら、『春』影『咲桜』だから。」


 若夏の問いかけに、春影は一瞬表情を消し去った。そんな春影の変化に気付き、若夏は戸惑いの表情で言葉を濁す。


「あ…あの…」

「よく聞かれますが、私の好きな季節は…冬でしょうか。春はむしろ苦手です。」

「そう、なんだ。」

「ええ、春はお別れの季節ですから。」


 そう答える春影は、先程とは打って変わって微笑みながらそう答えた。

 ちらりと春影の様子を伺うと、彼女が今にも泣きそうな、いや自嘲しているような表情を浮かべていた。今朝とまるで同じ光景に、何が春影をそのような表情にさせるのか思いを巡らせる冬希の横で、冷えた空気を変えるかのように若夏が手を上げた。


「じゃあ、次は私ね。私の名前は若夏立花(わかなつりっか)!私も名前に夏が入っているけど夏は苦手。暑いからね…」


 若夏はそう言いながら肩をすくめた。笑みを浮かべてはいるものの、瞳に影がかかったように映った。

 春影と似たような違和感を抱いて首を捻り、そして冬希は自己紹介の流れに背中に冷や汗が伝うのを感じる。

 まずい。このままじゃ僕も聞かれる…


「よし、次は秋人!」


 若夏からのパスを受けた彼は、うんざりだとでも言いたげにため息をつき、持っていた本を手から離して机に置いた。


「俺は末枯秋人(うらがれあきと)。」

「末枯って珍しい名前だな。」

「よく言われる。」


 末枯は錆色の髪を持ち、眼鏡の向こう側から黄朽葉の瞳が覗いている。


「あと、誤解がないように言っておきたいんだが、自己紹介が嫌なんじゃなくて、こいつの強引さが嫌なだけだから。」

「まあまあそう言わずに。」


 胡乱な目を向けられながら指で差された若夏は、末枯の肩をポンポンと叩きながら笑って受け流した。


「私たちは今まで同じクラスだったの。席も近いことが多かったから仲良くなったんだ。」

「勝手に喋りかけてきただけだろ。」

「本当は嬉しかったんじゃないの。」


 若夏が面白がるように口角を上げて末枯の頬を指でつつくと、眉を顰めて顔を遠ざけながら手で払った。

 末枯は嫌がっている風に言ってはいるが、側から見ると二人の相性は悪くなく、むしろ合っているようにも感じる。


「因みに、秋人は秋が好き?」

「…嫌いだ。」

「そう。」


 末枯は無言の末、忌々し気な表情に変化させながらそっぽを向いた。からかっていた若夏はそんな末枯を一瞥し、こほんと咳払いを挟んでから冬希に目線を向ける。


「じゃあ、最後。月冴君!」

「うん。僕の名前は月冴冬希。僕も冬は寒いから苦手かな。」


 頭の中で準備していた言葉を口にしながら、思ったよりスムーズに話せた事に胸を撫でおろす。


「おっけー!改めてよろしくね、月冴君!そして、もうみんな気づいたでしょ?」


 冬希から視線を外しみんなをぐるっと見渡しながら、両手を合わせる。

 なぜ若夏が始めに春影に自己紹介をふったのか、なぜ順番を指定したのか、自己紹介をしていくにつれ段々と腑に落ちていった。春影と末枯も、目を見開きお互いを見合っている。

 若夏は満面の笑みを浮かべ、一人ひとりを指で差していく。


「私たち、名前合わせたら春夏秋冬だよ!席も近いし、これ凄くない?」

「確かに偶然にしては揃いすぎています…」


 春影は感心したように頷き、末枯は小さくため息をついた。冬希もあまりの偶然に言葉が詰まり、首を何度か縦に振った。


「これも何かの縁だよね。」


 よろしく、と口々に言いながら微笑みを交わした。

 こうして冬希の、そして4人の最後の高校生活が始まった。クラスに馴染めるか不安に思いながら迎えた今日ではあったが、これから楽しい高校生活が始まりそうな予感がする。


 窓の向こう側で太陽の日差しが暖かく差し込んでいた。





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