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 僕は、「過去」に囚われているのだろうか。

 それとも、「過去に囚われた自分」に囚われているのだろうか。



「迷った…」


 春。新しい通学路の真ん中で立ち尽くしながら、月冴冬希(つきさふゆき)は途方に暮れていた。


 高校生活三年目が始まろうとしているこのタイミングで、親の仕事の関係で引っ越しと転校をすることになり、やってきた登校初日。

 この街にきた時、周辺にどのようなお店があるか見て周り、きちんと学校までの下見もした。その時は、思ったより簡単な道のりで助かったと安堵したものだ。実際今この場で立ち止まるまで、自分は記憶通りに歩いてきた…はずだ…。

 冷たい風が髪を揺らし、首に下がるホイッスルがしゃらんと音を鳴らす。それを片手で掴み、息を吐く。

 仕方なく携帯を取り出すと、画面は充電切れのマークが表示された後真っ暗になってしまった。昨夜、充電器に繋いで寝たはずだが接続が悪かったか。よりによって今日じゃなくても、と間の悪さを恨めしく思いながらどうしたものかと空を見上げる。


「あ…」


 視界の端に何かが映り込んできた。

 その何かに近寄り、拾ってみると朱鷺色のハンカチだった。端に桜の花びらが刺繍されている。使いこまれたもののようで、年季が入りところどころ色がくすんでいる。確認してみるが名前は書かれていない。


(落とし物だよな。まだ近くに居るといいけど。)


 ハンカチが飛んできたであろう方向に顔を向けると階段があった。

 引き寄せられるようにそちらに足を向け数段上ると、そこには桜の花びらが舞う見事な桜並木が続いていた。あまりにも幻想的な光景に冬希は思わず言葉を失った。


(うわぁ…あっ。)


 冬希の視線の先に彼女は居た。

 髪の毛を風にたなびかせ、桜の花びらが舞い踊る、まるで映画のワンシーンのようだった。

 少しばかり見惚れていると、ふいに彼女が視線をずらし冬希と目が合った。びくっと体を揺らし咄嗟に視線を外すと、先程拾ったハンカチが視界に写る。


「あのっ、ハンカチを落としませんでしたか?」


 彼女を見ていたことに気づかれたかと焦り、誤魔化すのように慌てて声をかけながら彼女に近づくと、その少女の姿をより鮮明に捉えた。

 桜に似た淡紅の髪の毛に、白い肌。そして、色素の薄い茶色の瞳を持った彼女はとても儚い印象を与える。


(本当に桜の木みたいな人だな…)


 そう思いながらハンカチを差し出すと、彼女は少し目を見開き、急いでポケットや鞄を確認した。そして、持っていない事に気づいたのか狼狽えた様子でハンカチを受け取った。


「私のものです。拾ってくださり本当にありがとうございます…」


 ハンカチを大事そうに両手で包み、胸の前で握り締めながら、ふわっと微笑んだ。

 頭を下げてお礼を口にした後、ハンカチを見つめて胸を撫で下ろす彼女に、落とし物を無事に返すことができて本当に良かったと冬希の口元にも笑顔が浮かぶ。


「なんとお礼を言ったらいいか…これは私にとって本当に大切なものなので…」

「いえ、本当に良かったです。それで、その…」

「はい、何でしょうか?」


 冬希は現在迷子である。スマホを使えない以上、誰かに道を尋ねる他ない。恩を着せるようで申し訳なく思いながら、今がチャンスだと思い勇気を振り絞って切り出した。


「お尋ねしたいことがありまして…折節高校をご存知でしたら道を教えていただけませんか。迷ってしまって。」

「ああ、その高校でしたらご案内しますよ。」

「えっ、いえ!教えていただければそれで…」

「こちらです。」


 それで大丈夫なので、そう続けようとした冬希に構わず、進行方向を指差しながら歩き出した彼女を慌てて追いかけた。



 案内されるがままに進んでいくと、次第に見覚えのあるような道に出た。

 横に並んで歩きながら彼女が話しかけてきた。


「こちらには初めて来られたんですか?」

「はい、親の仕事の関係で。」

「そうなんですね。」

「…」

「…」


 会話が途切れ、沈黙が訪れた。その空気に気まずさを感じた冬希は、何か話題をと急いで頭を回転させる。すると、あの見事な桜並木が脳裏に浮かんだ。


「そういえば、さっきの桜並木凄く綺麗でしたね。毎年あんなに咲くんですか。」

「ええ、毎年あのような感じです。とても素敵ですよね…」


 小さい声でそう呟きながら、目線を伏せる。

 先程まで微笑みを浮かべていた彼女のそのような様子に、冬希はなにか気に触ることを言ってしまっただろうか、と一抹の不安がよぎり会話を思い返すが、何が彼女の気を落とさせたのか分からないまま、再び二人の間に沈黙が流れた。

 その後、悲しげな空気を押し流すかのように微笑みを浮かべ直した彼女と、他愛もない会話をしながら歩くこと十数分。先導していた彼女が歩みを止めた。


「ここです。」


 冬希たちの目の前に目的地である高校が現れた。

 道に迷いはしたものの、少し早めに家を出たことが幸いし、時間に余裕を持って着いたことに安堵しながら彼女に向き直った。


「わざわざ案内してもらって本当にありがとうございました。」


 感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げる冬希に、彼女は微笑みで応えた後、校門の先を見つめながら続けた。


「次はどちらに行かれますか?」

「…次、とは…」

「教室ですか?それとも職員室?」

「え、あの…」


 彼女の言葉を正しく飲み込めなかった冬希は、遅れて尋ねられた内容を理解し、同時に疑問で頭が一杯になった。

 そんな冬希の姿に目を細めて、いたずらっぽい表情を浮かべる。


「実は、私もこの高校の生徒なんです。」

「えっ!そう…だったんですか。」

「上に羽織っているから、同じ制服を着ていることに気づかなかったでしょう。」


 そう言いながら柔らかに微笑んだ。

 冬希はその言葉を聞き、余計な手間をかけさせた訳ではないと知り少し安心した。彼女の申し出はありがたいが、これ以上に時間を取らせる訳にはいかない。


「いえ、ここからは一人で大丈夫です。何回か来たことがあるので。」

「そうなのですか。その割には先程は遠回りしていましたが。」

「引っ越してきたばかりなので、新しい家からの道が不慣れだったみたいです。ここからは大丈夫です。」

「分かりました。では私はお先に失礼します。」

「はい、本当にありがとうございました。」


 改めて感謝を伝えると、彼女は会釈をしながら学校の中に入っていった。

 冬希は校門の前で一度深呼吸をし、どきどきする心臓を落ち着かせながら一歩踏み出した。



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