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雨が上がった帰り道。
前を行く若夏と末枯に続き、一歩後ろを歩く。
「春影が心配か。さっき何か話してただろ。」
「ああ、うん。ちょっとね。」
別れ際の表情を思い返すと、差し迫ったものではなく、積もった気持ちが偶に溢れてしまうようなものかと検討をつける。
大丈夫と発していながらも歪んだ顔が脳裏から離れず、無意識にため息をついていると、末枯が前を向いたまま言葉を投げた。
「気持ちは分からなくもないが、あまり首を突っ込まない方がいい。デリケートな話題だろ。」
「そうなんだよね。」
「それに、親なんていない方がいい事だってある。」
(…末枯?)
冬希の憂いが春影の両親の事だと思ったのか、なんて事ないようにさらりと流した末枯に違和感を抱きつつ、親に知られたくない悩みだってあるかと一人納得した。
末枯は、今度は自身の横に視線を移した。
「若夏はもう良いのか?」
「そうだ。若夏さんさっき」
「何が?私はずっと平気だよ。二人して何を言ってるんだか。」
冬希が言い終わるのを待たず、ばっと顔を回してこちらを射抜きながら食い気味に被せた。目を見開き、口角は上がっているが到底笑顔と呼べるものではなく引き攣っていた。胸が上下に動いており、ここまで走ってきたかのようだった。
「ほら、前向け。危ないぞ。」
若夏の肩をポンポンと叩き促した。ちらっと冬希に視線を送った事から、若夏と同時に冬希にも気を遣ってくれたのだろう。
無言のまま黙々と歩くと分岐点に着いた。じゃあな、と一声かけて若夏の手首を掴み、冬希と反対方向に進んで行った。二人の後ろ姿しばし見送ってから踵を返した。
運動会当日。
連日の雨が嘘のように晴れ上がり、しかも今日が元々は雨予報であった事から、以前若夏が言っていた体育祭の陽気パワーを侮れないな、と空を見上げながら感心していると、隣で椅子を引く音が聞こえてきた。
「見事に晴れましたね。」
「てっきり延期になると思ってたよ。何冊か教科書持ってきちゃったし。」
「必要ないと思ってもやっぱり持ってきちゃいますよね。」
春影が鞄から数冊の教科書を持ち上げ端を覗かせながらくすっと肩を丸めた。思いがけない共通点に心臓が跳ねた。その後鞄の重さを感じなかったのは気のせいだろう。
「あー、二人もう来てる!おはよう!」
「おはようございます。」
「おはよう。」
平時より声が高く大きい事により、若夏が体育祭をどれくらいの楽しみにしているかが分かり、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
「雨天中止でよかったのに。」
そして相変わらずテンションが低い末枯である。
「雨天でも延期で中止にはならないよ。」
「振り替えの日も雨だったら中止だったろ。」
がっくしと机に両手をつき項垂れている。まあまあと宥めていると末枯が顔を上げて、きっと若夏を鋭い目で射抜いた。
「絶対に俺に合わせろよ。遅いやつは急に速くはなれないんだ。」
「分かってるよ。」
「いや、お前には前科があるから信用ならない。」
いつもの言い争いに苦笑しながら冬希は春影に向き直った。
「僕たちも頑張ろうね。」
「はい、精一杯楽しみましょう!」
そうして最後の体育祭の幕が上がった。
全校生徒で準備運動をした後は、グラウンドを囲うように設置されたテントで自分の番が来るまで他の学年の応援をしながら待機する。
「頑張れ。」
「頑張ってー!!」
大声を出すのが苦手で控えめに応援する冬希の横で、若夏が元気溌剌に声を出す。個人の応援も兼ねているため顔が広いな、と感心していると、一つ目の種目である縄跳びの招集がかかり、春影、末枯と共に集合場所に向かう。
緊張の面持ちの二人には悪いが、跳ばなくていい分気楽である。とはいえ冬希がミスをする訳にはいかないため気を引き締めた。
「お疲れ。」
「月冴、いつもより回すの速くなかったか!?」
「そうだった?何気に緊張してたのかな。」
のほほんとしている冬希を見る末枯の瞳に恨みが籠っているような気がするが、もう終わった事なのでどうしようもない。
因みに結果は三位だった。末枯を含めた数人が引っ掛かってしまったからだが、練習の時を思うと随分健闘した方だろう。他の学年の競技を挟み、今度は二人三脚リレーの招集がかかった。走順に整列して待機していると、ふと横に立つ春影が視界に入った。
「春影さん。はちまきが捻れてるよ。」
「え、本当ですか?」
「うん、ここ。」
慌ててはちまきに手を当てている様子に、冬希は少し下にいる春影に手を伸ばす。捻れている箇所を戻し全体を整えていると、俯きがちだった春影が少し顔を上げた。
「春影さん、どうかした?体調悪い?」
ちらっと見えた春影の頬が赤く染まっていた。六月とはいえ気温は高く、蒸し蒸ししている。ずっと屋外で過ごしているため熱中症にでもなったら大変だと思い尋ねると、はっとした表情で両手を顔に添え、顔を背けながら蚊の鳴くような声で呟いた。
「いえその。近い、ので…」
「え?」
その言葉に改めて見下ろすとすぐ側に春影の顔があり、一拍置いて思わず後退った。
「…っ、ごめっ。」
「いえ…」
朱が走っているであろう顔を手で覆いながら、明後日の方向を向く。
いつの間にか前の組は競技を終えており、入場の合図に焦りながら強く脈を打つ胸を必死で誤魔化した。




