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競技の練習も順調に進んでおり、始めは苦戦していた若夏と末枯も、徐々に慣れてきたのかあの時のように躓くことは無くなった。
「もっと速く走ってくれないと!」
「あれ以上は無理だ。遅い方が速い方に合わせられるわけがないだろ。」
相変わらず仲良く言い合ってはいるが。
冬希・春影も、全力疾走まではいかないが軽く走れるくらいには成長している。この分だと、チームの足を引っ張ることはないだろう。
そして、大縄跳び。大縄跳びは制限時間内で成功した八の字跳びの回数で競うため、時間と周りのプレッシャーに追われながら跳ばなければいけない事に不安を感じていたのだが。なんと、縄を回す係を射止めたのである。もちろん縄回しも簡単ではないが、気の持ちようが全然違うのだ。
因みに、春影と末枯は弱音を吐きながら縄に飛び込んでいる。今のところ成功率は…芳しくない。
「縄に入るタイミングが全然分かりません…」
「そもそも動いている縄に入る方がおかしいんだ。俺らに入って欲しいなら縄にもそれなりの態度ってもんが…」
息切れしながら恨み言を零している。ただ今回に関しては連続記録ではなく累計回数で競うため、二人にとってそれがせめてもの救いだろう。
そして誰よりも体育祭を楽しみにしている若夏はというと、忙しくあちこちを駆け回っている。体育の授業では二人三脚と台風の目の練習をし、休み時間には選抜リレーの練習をし、放課後は所属しているテニス部での活動に加えて部活動対抗リレーの練習をしている。更に、実行委員の相談に乗ったり、テント設営を手伝っていたり、応援団を応援していたりする様子もちらほら。無尽蔵な体力と体育祭を楽しむ心持ちに尊敬するばかりだ。
体育祭が近づき、生徒たちの間で熱が高まってきたこの頃、体育祭の天敵とも言えるあの時期がやってきた。
「今日も降ってきましたね。」
「本当。じめじめしてるし、学校に来るだけで濡れちゃうし。前髪もぺしゃんこだよー。」
若夏が前髪を手で挟み、掬い上げながらため息をつく。
窓の外を見上げると、分厚い雲が空を覆い、シトシトと雨が降りしきっている。湿気が肌に纏わりつき、やる気を側から削いでいく。家を出る時はまだ降っておらず、天気予報を確認しても雨が降るようにはなっていなかった筈だ。やっと傘を手放せる日が来たと思ったのだが。
「この分じゃ、今日も練習は出来ないな。」
「練習ってリレーの?」
「うん。あと部活も。コートはグラウンドにあるからね。体育館は他の部で一杯だし。もうそろそろ体動かしたいよ。」
両手を上げてぐっと伸びをする。
連日の雨で、グラウンドにはそこかしこに水たまりがあり、大半が泥濘んでいる。雨が降っていなくても、十分な練習ができるとは言い難い。
「何を言ってもしょうがないね。真っ直ぐ帰るかな。」
「そうですね。」
「あっ、そうだ!みんな、今から空いてる?」
席から立ち上がりながら、何を思いついたのか握った拳をもう片方の手にバウンドさせた。
「折角だし遊ぼうよ!」
「この雨の中何をするって言うんだ。」
「うーん、そうだね。あっ、誰かの家に行くとか!」
「迷惑になるだろ。少しは考えろ。」
冗談混じりにおどけると末枯に小突かれ、大袈裟に被害者アピールをする。冗談混じりに喧嘩するのを宥めていると、春影がゆっくりと口を開いた。
「あの…家なら空いていますよ。」
「「えっ。」」
「咲桜、今日はご家族はいないの?」
「はい。父は出張で出ているので家には誰もいません。」
そういえば、春影の母は亡くなったと以前聞いたことを思い出した。それを知らない若夏と末枯は、何かを察したのか父にしか言及しなかった春影に何も聞かなかった。
「じゃあ咲桜のお家にお邪魔してもいい?」
「勿論です!」
咲桜の家気になってたから嬉しい、と全身で喜びを表現する若夏に微笑みで応える。
春影の快諾に迷惑ではないと納得したのか、末枯も口角を和らげながら鞄を手にした。冬希も帰り支度を始めようと鞄の中に手を入れて、ふとそこにあるべき物が無い事に気がついた。動きを止めた冬希に違和感を感じたのか、春影が窺うように視線を投げかけた。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない。ただ…」
「ただ?」
「ごめん。用事ができたから先に行っててくれる?」
冬希の突然の申し出に戸惑いながら頷き、こちらを気にする素振りを見せながらも三人で教室を出て行った。教室のドアが閉まったことを確認してから、もう一度鞄の中を探る。
やっぱり無い…
冬希は今朝傘を持って出なかった。それは予報で雨が降らないようになっていたから、そして置き傘を持っていると思っていたからだ。
(何で置き傘が入っていないんだ。昨日まではあった筈なのに。)
昨日の自分の行動を思い返してみる。
確か、ペンが筆箱に入っていないことに気づいて鞄の中身を全て出したんだ。ついでに持ち物を整理した後、鞄に入れ直して…そうだ。置き傘は後で入れようと思って傍に避けたまま、入れ忘れてしまったのか。
外はいまだに雨が降り続いている。仕方がない。走って家に戻り、間に合いそうだったら春影の家に合流させてもらおう。
冬希はそう結論を出し、しっかりと鞄のチャックを閉める。急ぎ足で昇降口に向かい、靴を履き替え、いざ外に走り出そうと一歩踏み出すと。
「用事はお済みですか、月冴君。」




