彼女(嘘)①
男子生徒の背中が完全に小さくなったのを見届けると、俺は深く溜息をついて肩の力を抜いた。
「ふぅ……。怪我とかなかったか?」
振り返って声をかけると、彼女は目を丸くしたまま、俺の顔を凝視していた。それからハッと正気に戻り、興奮したように話し始めた。
「すごいわね!! あんなにスマートに助けてくれるなんて思わなかったわ!」
「そりゃどーも。とりあえず、無事で良かった」
大袈裟に手振りを交えて興奮する市ヶ谷に、俺は軽い笑みを返して首をすくめる。
「とにかく本当にありがと!しつこくて困ってたの!」
「これくらい大したことねーよ。気にすんなって」
元気そうな市ヶ谷を見てほっとしたが、次の瞬間、彼女は急に肩を落とし、分かりやすく落ち込んだ様子で地面を見つめ始めた。
「……はぁ。私ってホント、男運ないのよね。これでこれまでの彼氏、5人全員ハズレ確定だわ……」
「……え、5人とも!?」
(そんなことあんのか!? てか、どんな確率だよ)
「そうよ、最初のは束縛系だったし、次のは感情不安定野郎だったし、あとの二人も似たようなもんよ」
「マジかよ、、、。よくそれで懲りずに彼氏5人も作ったな」
「うるさいわね、いいじゃない。けど今回のでさすがに懲りたわよ。しばらくは彼氏を作るのは控えるわ。またろくでもない男に引っかかりそうだもの」
「それが良いと思うぞ」
市ヶ谷はため息をつくと男が去っていったほうを見つめた。
「はあ。あいつがすんなりと諦めてくれると嬉しいのだけれど。1人目の二の舞になるのは、なんとしても回避したいわね」
一人目に、いったい何があったのかは、ひとまず置いといて。
たしかに、さっきの男の粘着質な感じを思い出すと、これで終わりになるとは少し思えない。
俺は少し考えてから、ニッと口角を上げて彼女の顔を覗き込んだ。
「しばらく本当に付き合ってるフリしておこーぜ。その方がお前も安全だろ?」
「え……?」
不意を突かれた彼女が、驚きで目をパチクリとさせる。
(俺の彼女ってことにしとけば手を出してくることはないだろうし)
「え、いいの……!? もし本当にやってくれるなら、ものすごく助かるんだけど、、、迷惑にならない?」
「なんねぇよ。むしろ助かる。そろそろ告白ラッシュがきそうだったからさ」
彼女公表は俺にもメリットがあるのだ。モテてしまうのは、しょうがないとして告白を断りまくってしまうのは、さすがに申し訳ない。
「、、、、、、それを、何のためらいもなく言えるのには感服するわ」
「事実だろ?」
俺がそう言うと市ヶ谷は、げんなりした顔になり何とも言えない顔になった。
「、、、、この短時間で斉藤のイメージがガラリと変わったわ。まあ、それならお願いしてもいいかしら?」
「当たり前だろ、任せとけって。……あ、でもフリだからな?……もし本当に俺のこと好きになられても、その気持ちには答えられないし」
ないとは思うが市ヶ谷に変な期待を持たせないために、ちょっとした牽制は引いておく必要があるだろう。
「え、なんでよ? フリーなんでしょ?」
(あー……どう説明したもんかな)
「誰にも言わないって約束するなら、教えてあげてもいいけど?」
市ヶ谷は胡散臭そうな目を向け、呆れたようにため息をつく。
「なによ勿体ぶって。恩人を裏切るほど腐ってないわよ」
「んー、じゃあ信じるとして……俺さ恋愛感情を抱かないんだよ」
市ヶ谷は一瞬目を丸くした。だが、すぐに、ニコッと笑った。
「そういうこと。安心して。あんたとは、ただの友達だから」
「なら安心だ」
こうして、トラブル回避と利害の一致によって、高校生活における記念すべき彼女(嘘)が誕生したのだった。




