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間隙の一刺し ─Briefing─

「ジャーナリスト?」


 私の顔と身分証の写真を見比べて検問の兵士たちは顔をしかめる。これで何度目だろうか、浮桟橋(ポンツーン)を幾つか渡るたびに検問で止められ同じやり取りを繰り返した。いい加減飽き飽きだ。


 私に原因が無いでもないというのは承知していた。何しろ今年で三十五、四捨五入すれば四十路になるというのに私の顔つきときたら大学を出たばかりの学生気分が抜けない坊やそのものなのだ。貫録を付けようと髭など生やしてみたが、無精ひげにしかならずまるで世捨て人の様になってしまう。それがまるで、無一文で冒険心だけを頼りに故郷を飛び出し自分探しをしている、若さだけで何でもできると思い込みがちな勘違い人間らしさに拍車をかけるのだ。


 だからこそ、この正規の書類だけが今は頼りなのだ。


「書類は揃っているだろう。登録番号も、国籍から何から何まで一切合切問題無しの筈だ。ここに来るまでこんなやり取りを何回したと思ってる」


「困ったな、見るからに怪しいが書類だけは完ぺきだ」


「書類だけはって」


 兵士たちは完ぺきに整った書類を手に苦々しい表情を浮かべている。自分で言うのも随分な話ではあるが、先述通りのツラをした男が助手も連れずにボロのザスタバに乗って来て、私はジャーナリストですと言うのを信じる方が無理な話ではある。


 だが、規則は規則。国際条約に基づいて完全な状態で後ろ暗い所など何一つない私を彼らが停める権利は何もないのである。たとえ彼らがいわゆる「反乱軍」と呼ばれる勢力であったとしてもだ。曲がりなりにも彼らが自分達を正規の軍隊と思っている以上は、みんなのルールを守る必要があるという訳だ。


 そう、彼らは反乱軍だ。彼ら自身が自称するところは「ヴァルダニア共和同盟」なる勢力の軍事組織なのだが、私が今立つこのヴァルダニア連邦共和国から離脱して独立を宣言し、反旗を翻したという時点で反乱軍の烙印を押されるのは仕方のない事である。


 今このヴァルダニア連邦共和国は世界各所で戦火が燻っている戦後でも最大級の内戦状態にある。政治体制に不満を持つ市民軍が武器を手に取ってゲリラ戦を仕掛けている程度の話ではなく、元々正規の軍隊だった物がそのまま反乱に加担しているのだから、戦火の拡大もやむなしである。


 事の発端、それは約11年前、第三次世界大戦終結直後までさかのぼる。


 大戦の勃発以前、ロシアによるウクライナ侵攻と戦中の大国同士によるなりふり構わぬ欧州での火力投射による国土蹂躙は、当事者の欧州、とりわけ中欧や南欧から東欧にかけた国家群に危機感を植え付けた。大国による武力での現状変更に対し、国際社会からの批判や吊るし上げは意味をなさず、国連は最早頼るべき威厳を失っており、加えてバルカン諸国や北はスロバキア・ハンガリー、南はブルガリアまでの国家は経済危機、治安崩壊、難民問題、国境紛争、そしてそれに伴う各地の軍閥化が現実的な危機としてのしかかっていた。


 大戦以降はいわゆる常任理事国と呼ばれるような大国群以外の国家はどれも似たようなものであったが、特にバルカン諸国は治安の崩壊と軍閥化によってかつての民族紛争の再燃の兆しを見せ始め、解決策として各国が協議して出された結論が、バルカン半島からドナウ川流域国家による多民族連邦国家の樹立であった。


 疲弊した経済を連邦として共同での立て直しを行い、諸地域の安定化を図り、一丸となって「次」に備える。それが目的であった。そうして誕生したのが今日のヴァルダニア連邦共和国である。


 当然、遥かな昔より諸民族と諸侯王族など争いが絶えなかったこの地域の連邦化は難しく、あらゆる民族が一つにまとまるのは不可能かに思われた。しかし、それらの軋轢よりも彼らが連邦として再建を優先し、実際に国家の再建を果たせた理由は、大戦による争う事その物への疲れであった。


 連邦設立以前はセルビアの政治家で、連邦初代首相となったミロシュ・ドゥプチェクはティトーの再来と呼ばれる程で、その卓抜した政治手腕によって各民族をまとめ上げる。フランツ・ヨーゼフ一世が掲げたモットーであるフィリブス・ウニティス(Viribus Unitis)を唱え、設立から五年後にはルーマニアの油田施設から採掘される石油資源を周辺諸国に輸出するほどまで国内産業を回復させ、混乱続く戦後世界に於ける戦後復興の成功例として喧伝されるまでに至った。


 だが、それも長くは続かなかった。


 連邦樹立、民族団結の父とまで言われたドゥプチェクの急死とそれに伴う政治的空白はヴァルダニアの国家運営に大きな陰りをもたらした。


 ドゥプチェクの死因はあくまで心筋梗塞による病死であったが、後継者の不在と未だ残る地方自治権や地下資源の利権など、連邦政治体制の盤石化が完成せぬまま指導者を失った事により、沈静化したかに思えていた地方軍閥が息を吹き返し、民族問題も再燃を始める。


 暫定的に選出された国家元首は軍閥化が進む地方自治体を強権的に抑え込む愚策を犯し、連邦各地のデモが激化、暴動が始まる。其処に軍閥化した勢力による独立運動も合わさり、ヴァルダニアの国家体制は大きく揺らいでいく。


 かつて争う事に疲れ、心を一つにした筈の諸民族は、復興により余裕が出来た事によって戦う事を思い出し、ついにバルカニゼーションの本場、ヨーロッパの火薬庫と呼ばれたバルカン半島西部、現ヴァルダニア連邦西部地域がヴァルダニア共和同盟として独立を宣言、軍事組織を結成し主要幹線道路や鉄道網を封鎖、東部地域に対する攻撃とヴァルダニア首都への攻撃を開始し、ここに内戦が始まったのである。


「仕方ないな、問題無し。行っていいぞ」


「どうも。この先にも検問はあるよね。言っておいてくれないかなぁ、一々止められるの面倒なんだ」


「連絡しておく。ほら、さっさと行け」


 返却された書類を受け取り、ザスタバに乗り込もうとしたその時だ、遠くからサイレンの音が鳴り響く。警察車両や救急車のそれとは違う、おどろおどろしい音色のそれは、聴いていて気持ちの良い物ではなかった。


 先程私を調べていた兵士が無線から指示を受け、周囲に指示を飛ばすや兵士たちが慌ただしく走り回り、その中には携帯対空ミサイルを担いでいる者も居た。それとほぼ同時に近辺に設置されたサイレンが鳴り響き、兵士の一人が私に車から降りるように指示を出すとこう言った。「空襲だ」と。





 ブリーフィングルームは煙草の煙と微かなコーヒーの香りが漂っている。ヨーコは壁に寄りかかり、紙コップの紅茶を啜って作戦説明の開始を待っていた。今朝がた到着した補給物資、そう、ヨーコら迎撃部隊が空襲から守った物資には嗜好品の類も含まれており、安物のインスタントとはいえ紅茶やコーヒーがあるだけで士気は回復するのである。


「作戦説明を開始する」


 基地司令のダリルがスクリーンに映し出された図をレーザーポインターで指し示す。


 昨日、敵の航空部隊は日中の制空戦と夜間の空襲で損害を被っており、その活動を縮小している。その機に乗じて敵の主要補給路に対する空爆を決行する。この作戦が成功すれば、反乱軍地上部隊の攻勢を停滞させることができ、正規軍は戦力の立て直しと反撃に転ずる事ができると予測されている。


 既に正規の空軍部隊が第一波として航空攻撃を実施しており、先んじて敵の防空網に対する制圧攻撃を敢行したとの報告を受けている。が、敵の防空体制も厚く、一定の成果は上げたものの敵防空網の完全制圧には至っていない。


 つまり、攻撃するにあたって敵の反撃は覚悟せねばならない。


 作戦区域は大別して三つに分けられ、浮桟橋(ポンツーン)で架橋された二か所の河川と前線飛行場である。前線飛行場は敵後方のより深い位置に存在し、攻撃には敵防空網に深く食い込む必要があり危険が伴う事を想定せよ。


 主要攻撃目標は各河川に架橋された浮桟橋(ポンツーン)が二つと前線飛行場の滑走路だが、河川と飛行場を貫く主要幹線道路沿いには物資集積場及び対空陣地が存在、飛行場には複数の航空機が駐機しており、これらの破壊にも成功すれば追加報酬が参謀本部より約束されている。


 作戦は当基地に配備されている全機で当たるが、昨晩の迎撃作戦に参加した者は機体コンディションと体調を考慮し、参加の可否は自己判断とする。不調機で作戦参加し、墜落してもこちらは責任を負わない。


「敵機の活動は縮小してるとは言え、迎撃は出てくるんだろ」

「残ってる対空兵器の数は、配置はどうなんだ」


 数名の傭兵パイロットが情報の提供を求め、ダリル司令はそれに応じてスライドを表示する。現在判明しているだけの敵防空アセットの配置と、その内で撃破された物、生き残っている物の推定位置を映し出す。しかしどれもあくまで推定だ。陣地に固定されている対空砲や地対空ミサイルは移動させるのに手間がかかる故そのままだろうが、敵の防空アセットの中には移動式のSAMや対空砲も含まれている為、それらは撃破された防空兵器の穴を埋めるために配置転換されている事が予測された。


 敵の迎撃機については第一波攻撃の際に前線飛行場より離陸した機が確認されたが、運が良ければ第二は攻撃の際には再補給と離陸準備中の機を地上撃破できる可能性があった。それも、タイミング次第ではあるのだが。


「何か質問は」


「質問は無いが、十数機を離陸させるんだろ。昨晩も渋滞してたが、なんか対策とか考えないのか」

「せめて二機同時にフォーメーションテイクオフとまでは言わんが、離発着を同時に出来んとな」


「その問題については此方も認識している。現在上に掛け合ってるところだ。暫くは不便を我慢してもらう事になる。他には」


 他にも傭兵たちは攻撃編隊の編成、各セクターごとの攻撃目標の割り当てなどを確認、調整を行った。機種も出自もバラバラだが、作戦遂行に当たって編隊も組まずに各々が自由行動するわけにはいかないのだ。





「またお前と組むとはな」

「今度は俺の獲物を喰ってくれるなよ」


 機体への兵装搭載作業を眺めるヨーコの背にカーターとロドリゴが声を掛ける。今回の作戦では彼ら三人が編隊を組む事になっていた。


「どうかしらね。機会があれば譲る義務はないわよ」


「チェ! 言ってくれるぜ」


 機体胴体下部に搭載されるのは複数の細長い爆弾、一見すると太めのロケット弾に見えるそれはフランス、マトラ社製の滑走路破壊用爆(デュランダル)弾だった。敵防空網深くに侵入する滑走路破壊の任は足の遅い機では良い的になるだけであり、その任がヨーコ達に回って来たのであった。


 滑走路破壊任務は報酬が多く支払われるという事もあり、ダイヤの二人は志願し、ヨーコは誰も彼ら二人についていく者が居ない為その任に続いて志願した。他の傭兵達は危険すぎる任務に尻込みしているようで、無理もないとは知りつつもロドリゴなどは腰抜けと陰口を叩いていた。


「しかし、よくこっちの仕事を選んだな。やはり金払いが良い方がお望みか」


「そうねぇ、どちらかと言うと…友軍機が多くて狭い空を飛ぶのが嫌なだけよ」


 ヨーコが語る狭い空とは、同一作戦空域に複数機が侵入し、空中衝突を回避するために特定のルートや高度を飛ばねばならない事を意味している。多数の部隊・航空機が参加する作戦では各部隊ごとに飛行する高度や区画が統制されているのが一般的であり、存外に空というのは狭い物なのである。


 どちらにせよ防空アセットが生きている空域に侵入する為、敵の攻撃を回避するために回避機動を取れば高度や侵入方向の統制などすぐに意味をなさなくなる。その際に空域が混雑していれば空中衝突のリスクは高くなるうえ、別の機を狙っていた物が意識外から飛んでくるとも限らない。ヨーコはそれらに対する経験は豊富ではあるが、避けられるものは避けるのが長生きのコツなのだ。


「こっちのが敵の砲火が集中して危険じゃないか」


「サッと爆撃してサッと逃げればいいでしょう。欲をかかないのが肝心よ」


「簡単に言いやがる」


「中東でやったわ。滑走路潰して駐機中の機体を機銃でバリバリ」


 ヨーコは過去を懐かしむように言う。そうだ、あの時も乗っていたのはミラージュだったと思い出す。今の乗機であるミラージュF1は出撃前の機体チェックと給油、給弾を済ませている最中だった。


 昔も今も、機種こそ違えどやる事は基本的に同じ。少しばかり厄介になりはしたが、空はいつも同じ色をしている。ルールもまた同じ。飛び、戦果を挙げ、そして生きて帰る。


 機体には燃料ホースと機関砲の給弾コンベアが接続され、航空燃料と機関砲弾が愛機に満たされていく。コンベアを流れる砲弾一発幾ら、燃料一ガロン幾ら。そして落とす敵機一機あたりで幾らと、正規の軍隊ならばパイロットが考えもしない事を頭の端で勘定しながら作業を眺める。


 弾薬(タマ)と敵の命(タマ)とで銭勘定。傭兵とはつくづく阿漕な商売である。しかし空を飛ぶ悦びを思えば、たとえやくざな生き方だと誹りを受けようとも気にも留める事など無い。


 ヨーコは機に歩み寄り、ハードポイントに吊るされる兵装の固定をチェックし、着陸脚やタイヤの状態、機体の外部に異常がないかを自らの目でチェックしタラップを上がりコクピットに滑り込む。


 柔らかなソファに比べれば快適とは言い難い、棺桶ともいえるその空間だが、ヨーコにとっては何物にも代え難い落ち着きを得られる場所であった。居るべき場所、収まるべき場所に居るという感覚。身体を満たす充足感にヨーコは深く息を吐き出し、ヘルメットを被ってマスクを機体に接続する。


 隣に目をやれば、今日の僚機のクフィルも同様に出立前の作業をしている。地に足を付ければ粗暴で粗野な傭兵共も、機に乗り込めばその顔つきと眼差しはパイロットそのもの。確実な作業、確実なチェック、手抜かりはなし。ぬかって堕ちれば間抜けの極みである。


 シートのストラップを締めてキャノピーを閉じ切らぬ程度に下ろすと、タラップは外され機の周辺の工具類も撤去される。接続されていたホース類も全て取り払われ、エンジン始動の準備は整っている。機の前に立つ機付長が周辺確認を終えると同時にヨーコと視線が交差、機付長は腕を上げて回し、エンジン始動の合図を出す。


 始動ボタンを押し込めば、スターターの甲高い音が周囲に響き渡り、やや遅れてSMR-95エンジンに火が入り、エンジンの鈍く低い唸りが加わる。ノズル後方でエンジン排気の熱による陽炎が揺らめく。


 操縦桿を右に、左に、ヨーコはスティックの動きに合わせ機内から動翼が正常動作しているかをチェックし、地上の整備員も同様に確認作業を行う。整備員たちがそれぞれ問題がない事を確認すると、機付長はヨーコに対して親指を立てて合図する。これで離陸準備は整った。


 パーキングブレーキを確認、しっかり掛かっている事を確認して腕を機外に出す。これが輪留めを外す合図だ。腕を出しておくのは不用意な操作によって地上作業員を轢いたり、最悪エアインテークに吸い込むような事故を防止する為である。


 合図を確認した作業員が主脚の輪留めを引き抜き機体側方へと退避する。前脚の輪留めはエンジン始動前に外してある。これも不用意にインテークへ接近しての吸い込み事故を防ぐための措置である。


《チョークアウト、行けるぞ》


「ありがとう。行くわ」


 輪留めの除去を機付長が合図、これで完全に機体はヨーコの腕に委ねられる。


「管制塔(タワー)、こちらヴィクセン。タキシング許可を求める」


《ヴィクセン、こちら管制塔(タワー)、タキシングを許可する。誘導に従いランウェイに侵入せよ》


 ブレーキを解除、僅かにスロットルを押し込み、タキシング速度で誘導路の上を走らせる。今日はヨーコが一番最初に離陸する。昨晩は随分渋滞し揉めていたが、今日はしっかり空に上がる順番が決められている。


 キャノピーを完全閉鎖し、外界と隔てられる。僅かな隙間から機内に流れ込んでいた轟音はキャノピーガラスによってほとんど遮断され、感じるのは静かで低い唸りだけ。


 狭い誘導路を抜け、狭く短い滑走路の端に機を据える。今日の機体は対空兵装だけでなく滑走路破壊爆弾とロケットポッド、更に対空ミサイル(AAM)を吊るして重量がかさんでいる。滑走路の長さいっぱいとはいかずとも離陸まで距離を要する。


「ヴィクセン、離陸(Ready)準(for)備完了(departure)」


《ヴィクセン、こちら管制塔(タワー)。離陸(Cleared)を許(for)可する(departure)》


 スロットルを押し込み推力を上昇させる。テイクオフスラスト、機が加速を開始。シートに身体が押し付けられる感覚は若干の息苦しさを含みつつも、ヨーコにとっては心地いい物だ。やがて速度はV1に到達、VRをこえて機首上げ。浮遊感と共にミラージュは空へと舞い上がった。


 現在時刻1123、着任二日目、二度目の作戦飛行が開始された───


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