薄明の出撃
ヨーコがブリーフィングルームの扉を開けると、視線がそちらに集まった。傭兵達の濁ったまなざしは、プレハブを満たす煙草の煙で尚更よどみを増していた。
「遅いぞ」
基地司令の言葉にヨーコはひらと手を振って返し壁に背を預けて立つ。椅子は人数分用意されていたが、立ったままの方が落ち着く性分であるのか、ヨーコと同じようにしている者が数名いた。
部屋の照明が落とされ、スクリーンに地図が映し出される。今日日多機能ディスプレイではなくプロジェクターとスクリーンの組み合わせとは古風だと誰もが思っていたが、此処は所詮古びた高速道を利用した間に合わせの基地。アラートハンガーや地下弾薬庫に燃料庫を備えたまともな基地ならともかく、こんな場所でそれら機材を望むべくもない。
「長旅ご苦労だった。私がこの基地を預かる司令のダリル・ハミロヴィッチだ。以後、貴官らが編入される第81航空団隷下、第47独立外人戦術飛行隊の指揮を執る」
「へぇ、御大層なお名前だ。じゃ俺達ゃこの国の正規軍に組み込まれるって訳だな」
「建前上はそうだ。だが、貴官らは外国人傭兵部隊、つまり因数外だ。正規の俸給とは別に契約上の報酬が支払われる。同時に、飛ぶ機体の弾薬、整備は必要最低限度は此方持ちだが、追加で調達が必要な物品兵装類は貴官らの実費で支払ってもらう」
「なぁにぃ!?」
「聞いてなかったとは言わさん。次からは契約書はちゃんと読み込んでおくことだな。次があれば、の話だが」
部屋に参集した傭兵達がざわめく。騙されたと愚痴り、預金が無いと嘆き、怒りをあらわにする者もちらほら。その中にあって、ヨーコほか数名は全く表情を崩さず落ち着き払っていた。
「へっ、何をお前ェら騒いでんだ、冷や飯喰らいの傭兵稼業やってりゃそんな事もあらぁ。手前の食うおまんまテメエで調達できねえでどうすんだ、ママに夕飯用意して貰わねぇと戦えねえってのか?」
「情けない連中だ、最近の傭兵も質が落ちたもんだな」
「無理もないさ、大戦からもうじき十年だ。戦争を知らんガキが傭兵やってても不思議じゃない」
その道十年は越えようという古株の傭兵の言葉に、若く逸り気が強い傭兵達が睨みを利かせるが、そんな視線もどこ吹く風。逆に鋭い視線でひと撫ですれば、ベテランの眼光に機銃掃射を浴びた対空陣地の如く黙りこくってしまう。
「さて、来て早々で申し訳ないが何人かに飛んでもらう。財布が寂しい連中はここで稼いでおくべきだろう」
「なんだと、着いたばかりでか!」
「俺ぁワルシャワ経由でモロッコから飛んで来たんだぜ、勘弁してくれ」
「冗談きついぜ、そんな話アリかよ」
再度吹き上がる文句、まるで子供の学級会だとベテランたちは鼻で笑うが、ブリーフィングは続く。
「だから何人かと言った。全員でなくていい。任務説明をする。飛ぶかどうかはそれから決めろ」
作戦内容は以下の通りだった。要約すれば単純な迎撃任務。領域内に侵入する敵攻撃部隊の撃墜である。
本日正午から午後にかけて行われた航空優勢確保のための制空戦闘により此方側の航空戦力は消耗、一時的に防空網に穴が開いていた。敵はそれを好機として攻撃隊を編成、物資集積所の爆撃を企図していた。潜伏斥候の報告と無線傍受により判明した作戦内容では、攻撃隊六機、護衛が四機で構成される攻撃編隊が低空より侵入、夜陰に紛れて爆撃を敢行するとのことであった。
それゆえ十四機すべてが出撃する必要はなく、最低四機出撃すれば攻撃隊を喰う事は造作もないだろうとの判断であった。報酬は任務成功に加えて撃墜数によって加算される。
「可能であれば脚が速い機が良い。アフターバーナーの無い機体はこの任務には適さないだろう」
今日日アフターバーナー、推力増強装置を持たぬ機は戦闘機はおろか簡素な火器管制装置で照準される対空砲の格好の餌食だったが、その機体価格の安さや整備の容易さから運用している傭兵も多かった。このメンバーの中でもA-7EやA-4Nに乗っている者もおり、彼らの反応は休む大義名分を得たとニヤける者も居れば、稼ぐチャンスを逃したと舌打ちする者など様々だ。
疲労した肉体に加え疲れ目、その状態で夜間出撃は無謀ではあったが、数名が手を上げて名乗り出る。その中にはヨーコも混じっていた。
「飛ぶわ」
「俺もだ、攻撃機相手なんざボロい仕事だ」
「よろしい。君らは……ふむ、五機だな、よし。出撃準備に掛かれ、十五分で済ませろ。それ以外は寝床を案内させる」
ブリーフィングが終わり、出撃しない者達が出て行った部屋でヨーコ以下五名の戦闘機乗りは飛行経路や搭載燃料、兵装の量を確認、作戦空域の天候や地形を頭に叩き込んだ。
出撃機はヨーコのミラージュF1、最初に降りた男、オニール・ボトキンのSu-22、その他にクフィルC7が二機、F-5Eが一機であった。このF-5Eは多少手が加えられているようであり、搭載されているレーダーがAN/APG-69に換装されているようで、索敵能力その他作戦には支障がない様子であった。
駐機場では整備員が忙しなく動き回り、兵装・弾薬の搭載作業、燃料の給油、機器類のチェックが進められている。彼らは普段から様々な機体を扱っているらしく、バラバラな機種にもよく対応し、整備マニュアル片手に作業を手際よく進めていた。
ヨーコはヘルメットを抱えながら自分の乗機に歩み寄り、機を整備する若い整備士に声を掛ける。が、余程夢中な様子で、周囲の騒音と相まって数度声をかけてようやく気付いたのだった。
「あ! すいません、全然気づかないで」
「いいのよ、調子は?」
「出来る限りの調整はしました。脚の方は今やってますが、動翼の方は済んでいます。お気に召すかどうかは飛んで動かしてみない事には、ですが」
「充分よ。ありがとう」
レオは面を喰らった。この基地に降りてくる者達は不調機・損傷機ばかりで精神的に余裕が無い状態が多く、正規軍でさえ整備が終われば最低限のやり取りの後は例も言わずに飛び去るのが常だった。着陸してきた後の態度を考えれば、傭兵達が礼を言う事などありえない話であった。
それだけではない、ヨーコが他と違うと感じたのは、着陸時の所作や整備員に対する気遣いだけでなく、自身の乗機をまるで我が子か、大事な身体の一部かの様に撫でていた部分もある。
戦闘機に限らず、大なり小なり兵器という物は道具であり消耗品だ。粗末に扱えば報いを受けるのは事実だが、溺愛する程の物でもない。ヨーコが駆るミラージュF-1も、初飛行から半世紀以上が経過したロートルで、マーケットには遥かに上のコストパフォーマンスを誇る機体が転がっている以上、何か特別な愛着があるでもなければあのような行動はしないだろう。
しかしパーソナルマークも、特別な塗装も無い、外板でさえ継ぎ接ぎがある、あからさまに間に合わせのその機体に愛着があるようには思えない。であればなんだ。戦闘機そのものに対する愛着か。
とにもかくにも、ヨーコ・アバークロンビーという人物はその見た目以上に他とは異なっていたのだ。少なくともレオは目にしたことが無く、それは人生も整備兵としても経験の長いグレゴリーも同様であった。
「あの女……」
「曹長、どうしました」
タラップを上がり、ヘルメットを被りコクピットに収まったヨーコを一瞥したグレゴリーが目を細める。何処か思う所があるのか、怪訝な表情のグレゴリーをレオが訝しむ。
「昔読んだ記録で見た事がある……『蒼い瞳の狐』と」
「昔って、いつ頃ですか」
「まさか、とは思うがな。よくある戦場のおとぎ話の類だろうが……」
グレゴリーが口にしかけた所で、火が入ったミラージュのSMR-95のエンジンサウンドにかき消される。整備員の顔に戻ったグレゴリーは、レオを見やると顎で「そら、仕事だ」と示し、二人の整備士は自分たちの仕事にとりかかっていった。
陽が既に山影の向こうへと半分以上沈み、夜の闇が地上から陽の光を追い出す頃、出撃を命ぜられた機がけたたましいエンジン音を響かせながら離陸を待っていた。
手狭なこの基地ではタキシングは一機ずつしかできず、大型機一機を発着させるだけで手いっぱいの滑走路ではフォーメーションテイクオフなど夢のまた夢。空に上がるのは順番待ちであった。
一機ずつ空に上がっては当然時間はかかるが致し方なし、編隊を組むのも空で行うより他は無い。しかし、機体も出身もバラバラな傭兵の彼らだが、空に上がってしまえば飛び方だけはその身に沁みついている。高度、針路さえ決まっていれば自然と編隊を組めるのだ。
そうでありながら、傭兵どもというのは地上にあっては口喧しい物である。
《おらぁ、チンタラしてんじゃねえや。さっさと上がりやがれ!》
《やかぁしいやクソボケ、てめぇの機よりはスムーズに上がれんだコッチはよ、黙って俺の尻を拝んで順番待ちしてやがれ》
《煩いヨ、君達。最後尾にはレディが控えているんだ。お行儀良くしたまえ》
指揮所のスピーカーから流れてくる罵声にダリルは目頭を押さえる。想像はしていたがやはり粗野で粗暴な連中の集まり。これを今から指揮するわけだが、果たして上手くいくかどうか。
一日に数機が数度そこら訪れ、去っていくだけの退屈だが気楽な日々の業務に航空部隊の指揮が加わる。それも問題児が集まったような連中の寄り合い所帯だ、これからの日々を思うと今から頭と腹が痛くなりそうな思いであった。
四機が空へと舞い上がり、指示された高度で編隊を組んで最後の一機が上がってくるまで空中待機する。滑走路で一時停止したヨーコは離陸前の最終チェックを済ませ、スロットルを押し込む。
アフターバーナーに点火したエンジンノズルから光輪を帯びた炎が突き出し、機が加速を始める。Gによってシートに身体が押し付けられるが、ヨーコにとってそれは不快感などではなく、空へと飛びあがる高揚を孕んだものだった。
滑走路を走り、やがて機が空へと浮かび上がる瞬間の重力から解放されたあの浮遊感。この瞬間がヨーコは好きだった。
「離陸した」
《了解、高度10000ftまで上昇し、針路を235に取れ》
スティックを倒し、機首を指定された方位へと向け、先に上がった僚機たちがいる方向へと向かいつつ高度を上げる。
幾許もなく僚機たちの隊列に加わったヨーコらを確認した管制官が背後で控える指令を一瞥、視線に気づいたダリルは言葉を返すでもなく頷いた。
「各機、高度制限を解除する。行ってこい、幸運を」
《オーケィ、預金口座から俺達の給料降ろして帰りを待ってな》
五機の機影は太陽が沈み、陽光の残滓によって地平が赤く縁取られた方角の空へと飛び立っていった。




