37 死の町
「な、なんじゃこりゃーー!」
驚きの光景に思わず叫んでしまったが、辺りに漂う腐臭に慌てて呼吸を止めた。
二度目の人生で第二次世界大戦を経験した私だからわかる。これは死肉の臭いだ。
(『聖結界』!)
無詠唱で聖女のスキル【聖結界】を発動すると、身体の周りに結界が張られ新鮮な空気が確保された。私は聖女ではないことになっているので【聖結界】が使えることは内緒にしないといけないのだが、背に腹は代えられないよね。
町の中は淀んだ空気で満たされていた。辺りには蠅が飛び、空には烏が群れ、地面にはおびただしい数のGと鼠が走り回っている。
(うわあ…鳥肌立った~)
そんな中、鎌や鉈、剣などの武器を装備した町民が、獲物を探し歩いていた。
「ねご~、ねごはいねがーー」
「出てこいやぁーー!ぶっ殺してやるぜぇ」
「ねこちゃあ~ん、どこお~?」
「ほぉ~ら、ごはんだよぉー、出ておいで~」
小魚を手に、鼠の糞だらけの地べたに這いつくばって探す者までいる。にゃん吉が言っていたが、これではまるで『猫狩り』だ!しかしなぜこんなことが起きているのだろうか?
町の中を見渡すと、元気に狩りをしている者だけではなく、ぐったりと倒れている者もいるようだ。今回の荷運び依頼の中身はポーションと聖水だった。今、この町で起こっているのは何らかの病気であることは間違いない。
なんだか悪い予感がする。猫のことは気になるが、今は薬を届けるのが先だ。私は大急ぎで依頼元のギルド支部に向かった。
この町の冒険者ギルドは、受付カウンターと買い取りカウンターがあるだけの、こぢんまりした建物だ。私の他に冒険者の姿もなく閑古鳥が鳴いていたので、すんなりと受付することができた。
今回の依頼はポーション50本と聖水50本の運搬だ。依頼主の薬師ギルド員と一緒に、瓶に割れがないかを確認後、ハンコをもらって成功報酬の銀貨5枚(五千レア)を受け取り依頼完了となった。裏口から木箱が運ばれて行くのを見届け、やっと肩の荷が下りた。
受付のお姉さんと買い取りのおじさんが暇そうにしているので、この町の状況について聞いてみることにした。
「この町で何があったか教えてもらえませんか?あ、これお茶菓子ですぅ」
魔法の袋からズラートルが焼いたクッキーを出すと、お姉さんが大喜びでお茶を入れてくれた。丁度10の鐘が鳴ったので休憩ってことでOKらしい。
「外から来たら気になるわよね?…臭いでしょ?」
「ええ、まあ…」
「最近、謎の病気が流行っておってな。人がバタバタ死んどるんじゃ。火葬が間に合わんし、町長んとこで死んだ猫が山積みじゃしのぅ…」
「猫?」
「ええ。町長が言うには、この病気の原因は猫なんですって!町長の娘さんが猫に咬まれた傷が元で亡くなったのよ。そのあとお世話係のメイドも亡くなってね…」
「だから御触れが出たんじゃ!『ネコを駆逐せよ。死体を持ち込めば一匹あたり五千レアで買い取る』とな。確か半年くらい前かの?」
「そうそう、それからかな?ここ最近急に病気で倒れる人が増えたのよね~」
話を聞いていて、何かが引っかかった。猫の咬み痕でかかる病気は確かにある。以前ネカラアクが熱を出したアレだ。しかし、人から人に伝染はしないはずだ。むむむ?と唸っていると、足元に鼠が寄って来た。どうやらクッキーの匂いにつられたらしい。
「ひいっ!あたし鼠苦手なのよっ!ねえ、最近なんだか鼠が多くない?虫も多くなったよね?何かの虫に足を刺されて痒くって困っちゃうわ…」
「そりゃあ当たり前だ。猫がいねえんだからのう。そういや、わしも足を虫に喰われたわい」
二人のやり取りを聞いて、欠けていた謎のピースがかちりとはまった!原因は猫じゃない。鼠だ!
そして、それは放っておくと大変なことになる!
「二人とも、虫刺され痕を見せて。私、浄化の魔法使えるから痒みを消せるよっ!」
「え?あなた教会の子よね?確か五千レアかかる治療でしょ?」
「私はもう教会の子じゃないし。お金なんて取らないよー」
「ありがと~、じゃあ、お願いしてもいいかしら?」
「ありがとうな。お願いしますじゃ」
二人はお礼を言いながら患部を露出した。足首のあたりがぽつぽつと点状に赤くなっている。
浄化をかける前に、二人には内緒でこっそりと【鑑定】をかけた。
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【 備 考 】 ペスト菌感染症(潜伏期)
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予想通りの結果だった!ペストと言えば、前世の中世ヨーロッパで人口の1/3が死に絶えたという、別名・黒死病だ!
ペスト菌に感染した鼠についたノミを媒介にし、文字通り鼠算式に増えて行く感染症。そして人が刺されると感染するのだ。鼠につくノミは人にはつくが猫にはつかない。しかも猫は鼠の天敵だ。猫がいれば防げたパンデミックだったのだ。
私は動揺を隠し浄化作業に移った。
「で、では、浄化しますね。『浄化』!もういっちょ『浄化』!どうです?痒くなくなりました?」
「わぁ、痒みも腫れもひいてるわ。ありがとうっ」
「わしもじゃ。ありがとうのう」
「いえいえ、痒いのは嫌ですもんねぇ~」
再度、こっそり鑑定をかけてみたところ、備考欄の表示はきれいに消えていた。良かった…。
二人にはペスト菌のことは伏せておいた。よもや死の病にかかっていたなんて知りたくなかろうて。
「では、私にできることがあるかもしれないし、町長の所に行ってみます」
「ええ、気をつけてね」
「助かったよぉ」
にゃん吉との約束を果たすため、いざ町長邸へ…!




