14 閑話1 ある殺人鬼の話1
グロ注意です。
これは、凛花の父、県警の捜査一課長・長谷川十三(56)の話である。
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●事件翌日 早朝
私は庭の片隅に穴を掘っていた。
傍らには立派な桜の木が満開の花を咲かせている。
ザッ…ザッ……
少し掘りすぎただろうか?
いや、二人分だ、まだ足りないな。
ザッ…ザッ……
無心で掘り進めていると、後ろから声をかける者がいた。
隣家とは200M以上離れているポツンと一軒家なのに、誰だ!?
「おや、十三くんでねえか?穴なんか掘って、何してるだ?」
隣家の、お節介で有名な角田の爺さんだ。こんな朝っぱらから、暇か?
「娘の卒業記念樹を植えようと思ってね…」
私の横には、小さな桜の苗木が置いてある。
「おー、凛花ちゃんは東大さ合格したんだと?おめでとさん。そういえば十三くんも卒業記念樹を植えてたのう。その桜だべ?大きくなったのー」
「まあ、38年も経ちましたし。土が良いのでしょうね……」
土が良い。当然だ。桜の木の下には死体が埋まっているのだからな。
「おう、ここらは山からの腐葉土で肥沃だからな!おや?そういえば奥さんと凛花ちゃんはどしたん?おらんのか?」
「ええ、娘の進学を機に妻子は東京に住むことになりまして。昨夜東京へ発ちました」
「十三くんは県警の警部さんだから行けんのかあ、一人で大変じゃの?」
「ははっ…ずっと単身赴任ですから平気ですよ。あと4年で定年なので、そしたら迎えにでも行きますよ」
「おう、がんばりや~。わしはこれからゲートボールなんじゃ。十三くん、またのー」
角田さんは嵐のように去って行った。彼に予定があって良かった、あの爺なら『わしが植えといてやる』とか言い出しかねんからな。
さてと、家からアレを運んで来るとしよう。
重いからな、分割しておいて良かったよ。
1時間もかからず、大きな桜の木の横に、小さな桜の木が並んだ。
我ながらいい仕事をした。
あとは、引っ越しの荷物を東京に置きに行き、アパートの大家と隣人に挨拶だ。
大家には二拠点生活になると伝え、緊急連絡先に私の携帯番号を教えておけばいい。そして非番の日には、時々郵便物のチェックに向かおう。
私は軽トラに荷物を載せ、高速道路を使い一路東京へと向かったのだった。
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●翌日、県警 捜査一課
私は娘の卒業式と、妻子を東京に送り届けるために休暇を取っていた。
実際は違う目的だったのだが、偽装のため東京土産も用意している。
「みんな、おはよう!2日も休んですまなかったね」
「あ、チョーさん!お帰りっす。それ土産っすか?」
「凛花ちゃんの代表スピーチはどうでした?」
「課長!その頬の傷はどうしたんですか?夫婦喧嘩?もしや、警察官あるあるで離婚危機!」
「いや、これは実家の物置で古釘に引っ掛けてしまったんだよ。離婚じゃなくてただの別居だからな?遠距離になっただけで今までと同じだ。妻と娘は無事に東京に送って来たよ。ほれ、お土産だ!」
私は机の上に何箱もの『東京ばな●』を積み上げた。
「あざーーーす!」
「わーい、ありがとうございます」
「さすが、チョーさん」
「「「課長、大好き~!(棒)」」」
餌につられて他の課の者や署長まで寄って来た。
おかげで話題を逸らすことに成功したわけだが。
「ところで署長、私がいない間に何か事件はありましたか?」
「いや、何もなかった。平和なもんだよ。ただな……この時期だからね、隣の県警から例のビラが届いた。各交番にも貼るよう言われたよ」
差し出されたのは、39年前に隣県で起こった『さゆりちゃん行方不明事件』のビラだった。
事件があったこの時期に、毎年新しく刷られたものが届くのだ。
■■ 探してください ■■
『写真』
田中さゆりちゃん(当時11歳)
身長 145cm 体重40kg
服装 茶色のセーター、Gパン、ピンクの靴、キテ●ちゃんの髪留め
1987年(昭和62年)
3月●日午後5時頃
●県A市の自宅から、1km離れた祖父母宅へ向かう間に行方不明になった模様。
現在の年齢は50歳。
情報をお持ちの方は、●県警・捜査一課までご連絡ください。
TEL ***-***-0110
■■■■■■■■■■■■■■
ビラには当時の顔写真と、髪留めの拡大写真。AIによって作成された現在の顔の予想図がプリントされていた。
私は昔を思い出し、思わず眉間にしわが寄ってしまった。
「あれ?チョーさん、この事件担当していたんすか?」
「お前な~、私を何歳だと思ってるんだ?その当時は高2だぞ。その翌年に警察官に採用されたからよく覚えている。もっとも他県の事件だから管轄外だけどな」
「え?チョーさん高卒だったんすか?叩き上げの刑事!カッコいいっす!」
「そう言うお前、大卒ならもっとしっかりしてくれよ?始末書、まだ書いてないだろ。AI使うなよ?」
「うえ~い……」
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【さゆりちゃん行方不明事件】
私にとって忘れられない事件だ。
全てはそこから始まったのだから………
●39年前
1987年(昭和62年)
当時高校2年生だった私は、文武両道。東大合格も間違いないと言われ、教師からもお墨付きをもらっていた。
しかし、我が家は既に父を亡くし、山奥の一軒家に貧乏な母と二人暮らし。
今で言う『親ガチャにハズレた』という状態だったのだ。
母からは進学は諦めろと言われ、少々腐っていた時期だった。
忘れもしない3月●日
その日は、県立高校の卒業式だった。
わが県立山奥高校は創立2年。我々が一期生であるため卒業式などない。
普通に授業を受け、半ドンで自宅に帰っていた。
母は畑にでも行っているのか不在だった。
そこで目に入ったのが、庭に停めてある母の軽自動車。
男子高校生にとって魅力的なシチュエーションだ!
誰もが盗んだバイクで走り出したいと思うお年頃なのだから。
もちろん運転免許は持っていない。だが、運転の仕方くらいは知っている。
ちょっと借りてドライブに……それが間違いだったのだ。
順調に山道を走り1時間。山を越え、県境を超え●県に入っていた。
夕方が近づき、あたりは特有の視界不良の状態になっていた。
そろそろ戻った方がいい。引き返そうと一瞬わき見をした。
その時、小学生くらいの女の子が車道に飛び出してきた!
「危ないっ!!」
慌ててブレーキを踏んだが間に合わなかった。
コツンと少し当たっただけだったが、少女は倒れて動かなくなった。
駆け寄ると、怪我もなく気を失っているだけのようだった。
救急車を呼ぶか?
いや、無免許運転がバレてしまう!
私は少女を抱き抱え、車の後部座席に横たえた。
その時、ぱちりと少女が目を覚ましたのだ!
「ひっ!いやーっ!はなしてぇーだれかあああーーーむぐぐ」
私は咄嗟に少女の口を押えていた。
いやいやと、なおも暴れる少女。
私は必死に暴れる少女を押さえつけ……
……気がつくと、私は少女の首を絞めていた。
すでに息はなかった。
苦痛に歪んだ顔、見開かれ血走った目。
酸素を求め開かれた口からは涎が垂れていた。
そして、だらりと弛緩した下半身から滴る水。
車内に充満する尿臭………
私は、人を、殺してしまった!
後悔と恐怖で体が震えた。
いや、それだけではない。
死体の醜態を前に、私は性的に興奮していた。
その事実が恐ろしかったのだ。
私は周囲を確認し、ブレーキ痕や車の破片が落ちていないか調べた。
軽く当たっただけだったので、車体の破損はないようだ。
そのまま車を走らせ、1時間後には自宅に戻った。
母にはすべてを打ち明けた。出頭するつもりだった。
「だめ!黙っていなさい!お母さんが何とかするから!」
母は強かった。あろうことか風呂場で少女の体を切り刻んだのだから。
それを見届けた私も普通ではないのだろうが。
遺体は小分けにして、父が使っていた狩猟用の冷凍庫に詰め込んだ。
そうだった、母も狩猟免許を持っていたのだ。
幼い頃、熊の解体を見せてもらったことがあったのを思い出した。
車の方だが、傷がないのは確認済みだ。
あとは後部座席の汚れた部分を洗浄することで何とかなった。
もし車を処分などしたら、かえって足がつくというものだ。
…こうして、私と母は共犯関係になった。
危惧していた警察の『さゆりちゃん捜索隊』だが、隣県の、尚且つ山を越えたここまで来ることはなかった。
それからひと月…
新年度になり、私は高校3年生になった。
「長谷川くん、進路は決まったかね?教師としては進学してほしいのだが」
「先生、俺は警察官になろうと思います!」
「そうか、君なら大丈夫だろう。5月には一次試験があるからしっかり頑張りなさい」
「はい!」
私は警察官になることに決めた。
元々、憧れがあった。刑事ドラマは好きだったし、火サスの殺人事件は興味深くて興奮した。
まさか、死体に欲情するとは思ってはいなかったが。
警察官になれば死体を扱うことも多いだろうという、不純な動機である。
そして、無事に県警の警察官採用試験を突破したのだった。
●1988年(昭和63年)3月●日
『第1回 県立山奥高校卒業式』
私は卒業生代表に選ばれ、立派にスピーチをこなした。
皆から称賛を浴び、制服の胸のボタンは下級生たちに引きちぎられた……
卒業式を終え、卒業記念に貰った『桜の苗木』をだいじに自転車のかごに入れ家まで帰り着いた。
ザッ…ザッ……
山の中の一軒家、その広い庭の片隅に穴を掘った。
少し掘りすぎたかもしれないが、大は小を兼ねるからいいだろう。
…その時、背後に人の気配を感じた。
隣家の角田のおじさんだ。隣家といっても200Mは離れているのだが。
「おや、十三くん、穴なんか掘って何してるだ?」
「こんにちは角田さん。卒業記念樹を貰ったから植えようと思ってるんだ」
「おお、今日は卒業式だったね、おめでとさん!まだ小さい苗木じゃのう。でっかく育つといいな!十三くんは村を出てお巡りさんになるんじゃったか?頑張れよー」
「はい、頑張ります!」
「おう、じゃあのー」
角田のおじさんはそのまま去って行った。暇か?
狩猟用冷凍庫の中のものは、事件から一年間、私の卒業式の日までそのまま保管していた。
貰えることが判っていた卒業記念の『桜の苗木』とともに埋める、偽装工作。
それが母と立てた計画だった。
私は冷凍庫から小分けにされたそれらを運び、穴に放り込んだ。
そして誰にも疑われることなく、桜の植樹は完了したのであった。
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それから私は警察官として真面目に働いた。真面目さと死体を見ても動じないことから、県警の鑑識課に配属され、司法解剖のため病院に赴くことが多くなった。
そこで出会ったのが、当時看護師をしていた妻だ。
お互い仕事一筋で晩婚だったためか、中々子宝に恵まれなかった。
娘の凛花が産まれたときは嬉しくて涙が止まらなくなったものだ。
歯車が狂ったのは、母が認知症になってからだった。
絶対に施設には行かないと暴れまわり、そして口走ったのだ、桜の木の秘密を……!
凛花には知られることは無かったが、妻には知られてしまった。
凛花のために口外はしないと約束させたのだが、母の死後離婚を切り出された。
当然と言えば当然だ。通報されないだけ良かったのだろう。
そう思っていたのだが、やはり信用できない。
私は温めていた殺人計画を実行した。
何も知らない凛花には可哀想なことをしたが、何故か以前から凛花を見ると殺したい衝動に駆られることが多かった……謎である。
凛花の最期の姿…
思い出しただけでゾクゾクするよ。
「クフフフ……」
今、私の目の前には、大きな桜と小さな桜が並んでいる。
桜の木の下には死体が埋まっている。
その事実は誰も知らない………




