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菓子増ましかと三時のおやつ  作者: 闍梨
第二章 部活崩壊編
42/42

四十一枚目

「あらぁ、菓子増の幼馴染はヨーグルトは苦手だぁの?」


 陽気な男の子がパッケージに描かれている、白が際立つ飲むヨーグルトを僕に差し出しながら、彼女は首を傾げる。


「いけないだぁね〜。人間、中身が大切だというだぁに、菓子増の幼馴染は腸内環境を清浄化だぁよ」


「生憎だけど、僕は空腹でヨーグルトを飲むと気分が悪くなってしまうたちでね」


「あらあらぁ? そうだぁね、外見に似合わず体内は貧弱なんだぁね」


「僕の外見に、そんな頑丈そうなイメージが湧く黄巻さんの方が異常ですけどね」


「マキマキさんでいいだぁよ。菓子増の幼馴染。しっかし、変な巡り合わせもあるものだぁね」


 ボサボサの髪をかきあげながら、マキマキさんは遠くを見つめる。


 芒野と別れたのは、終業式が始まってすぐだった。『うわ! 今日は会長に続いて僕も挨拶があるんだった!』と急いで彼は屋上から退散した。

 それから、僕は体育館から聞こえてくる校長先生の話をボンヤリと聞き(とはいっても、室内から漏れてくるマイクを通した音だったので聞こうと思う方が無理な話なのだが……)

 まぁ、そんな感じに、ぼんやりボヤボヤと一学期を終える式を遠巻きに過ごしている最中に、彼女はやってきたのだ。


「しっかし、さみしーだぁね」


「いきなり何ですか?」


 驚き、というよりは反射的に、僕はマキマキさんに訊き返してしまった。マキマキさんは「たはは」と快活に笑いながら言う。


「いやぁ、学期終わりはいつもセンチになっちゃうだぁよ」


「へぇ……何かあるんですか、過去に」


「んー。たはは! 特に何も無かっただぁね。よく考えると」


「よく考えてから口を開いたらどうですか? 適当も度が過ぎると犯罪ですよ」


 僕はマキマキさんの発育のいい太腿から目線を逸らして、体育館の方へ向き直る。


「出た出た! お得意の『悪口』だぁね! たははは!」


「悪口は専門外ですから、そう取られたなら謝りましょう」


「いや、いいだぁよ。ちっとばかし、からかいたかっただけだぁよ。ところで、菓子増の幼馴染」


 そう言って、僕の隣に腰を下ろしながら、マキマキさんはニヤリと笑う。


「菓子増はどんな感じだぁよ?」


 漠然とした質問に、正直返す言葉が見当たらず、僕はマキマキさんの言葉を反芻する。


「どんな……感じ?」


「ああ。菓子増。菓子増ましかだぁよ。んん?」


「どんな感じも何も、変わりませんよ。あいつは」


「ありゃぁ? おかしいだぁね。菓子増、全く懲りてないみたいだぁな」


 マキマキさんの「懲りてない」というセリフに僕は少し、反応してしまった。

 指が、耳が、瞼が、口が、自然に、反応していた。


「どういうことですか? 貴女は、一体ましかに何をした……いや、しているんですか」


 マキマキさんは目を細め、口角を上げ、怪しく笑いながら、僕を見下すように応えた。


「調教だぁよ。悪い、いうことを聞かない犬は、人に飛びかかる犬は、足を踏んで教えなくちゃならないんだぁよ」


「調教って、何故」


 間髪を入れず、マキマキさんは言う。少し、声も大きくなってくる。


「なぁぜ。だってぇ? たはは! いい加減にしろよ。菓子増の幼馴染!」


 マキマキさんは僕の近くに寄り、胸ぐらをつかんで自分と目を合わせるため、僕をひょいと持ち上げた。


「あいつは、あっしと一緒の教室に居るだけで歯痒い存在なんだぁよ。だから、あっしの思うような人間にしてやろうってことだぁよ! いいか? 菓子増の幼馴染。問答無用の菓子増ましかは絶対に全ての物をメチャクチャにする。正義だろうと、悪だろうと、正しかろうが、間違っていようが


 --全てを、否定し、我を通す。


 問答無用ノーユーズってのは、そういうモンなんだぁよ」


 問答無用。

 全てを、否定し、我を通す。

 ましかが? そんな事、あっただろうか。いや、あったな。確かにあった。幼稚園の時も、小学校の時も、中学校に上がってからも……確かにあいつは問答無用だった。

 だけど--


「だからって、マキマキさんが……ましかを、いじめてもいい理由にはならない。これは、絶対……です」


 少し宙に浮いたまま、僕はマキマキさんに反駁した。マキマキさんを見下すような形になってしまっていたため、マキマキさんを沸騰させるのに時間はかからなかった。


「あっしに……セッキョウする、なぁぁああああ!」


 刹那、吹き飛ぶ。

 古くから伝わるギャグに、『布団が吹っ飛んだ』なんてものがあったけれど、いまいちイメージも湧かないし、よく分からないギャグだなぁ。と考えたりしたこともあった。だが、ようやく今、布団の気持ちが分かった。

 僕はマキマキさんに胸ぐらを掴まれたまま、担ぎ上げられ、投げられたのだ。

 吹っ飛んだ先には、先ほど眺めていた、薄いグリーンの柵があり、僕は一命を取り留めたのだが、何にせよ……背中が痛い。

 マキマキさんは、怒りに満ちた表情で僕を睨みつけ、ボサボサの寝癖を震わせながら言う。


「小さい人間が、おっきいあっしに指図するな! あっしは風紀委員だぁぞ! 弱肉をむさぼり、強く食らってきた。そんなあっしに、セッキョウなんて、いい度胸だぁないかぁぁああああああ!」


 殆ど半狂乱なマキマキさんを止める術を、背中の激痛に耐えながら考える。しかし、いい案が浮かぶ前に痛みや恐怖に邪魔をされ、思考回路が停止してしまう。


「うらぁああぁぁあぁあああああ!」


「っ!!!」


 フェンス直撃から一歩も動けなかった僕に、マキマキさんは怒濤の攻撃を繰り出した。土手っ腹から突き上げるように一発、浮いた体を元に戻すように、後頭部へもう一発。間髪を入れずに右側から蹴りが入る。肝臓に重い一撃を喰らい、意識が飛びそうになる。


「出来れば、こんなことはしたくなかったんだぁよ。だけど、だけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけどだけど! お前が! 菓子増の幼馴染がっ! あいつをかばうから! 本当なら、あの時に終わってたんだぁよ! 屋上で番堂と戦わせて暴力沙汰で、ハイ終了〜だったんだぁよ!」


 今、何て?

 番堂と、戦わせて?

 じゃあ、あの嫌がらせの一件から……

 僕は残る力を振り絞り、マキマキさんに言った。


「御乃辻の下駄箱にラブレター形式で手紙をいれたのも……」


「そうだぁよ!」


「ましかのスリッパを来賓用にすり替えたのも……」


「主犯は、あっしだぁよ!」


「切子ちゃんの机に菊の花をお供えしたのも……」


「もちろんだぁよ!」


「鈴白を番堂……さんと戦わせて、暴力沙汰にして部活を潰そうと……」


「見抜かれちゃっただぁね!」


「最後に……もう一つ。僕の机にチョコレート塗りたくったのもお前かぁぁあああ!」


「たーっはっはっはぁ!」


 許すまじ、黄巻真希!

 屋上での決闘の時に、僕は風紀委員は何をしてるんだ。と、心の中で悪態をついていたが、真犯人が風紀委員の人間だったなんて! なんて学校なんだ!


「人をバカにするのも、限度ってーのがあるんじゃないんですか? マキマキさん」


「たはは! 怒ってるのか? 菓子増の幼馴染。だぁけどなぁ、今のあんたに出来る事なんて何もないっ! そうやって野垂れ死んでくのさ! この灼熱の屋上で干からびてゆくのさ!」


 ああ、確かに。

 痛みばかりが先行して、暑さを忘れていた。

 言われると、不思議なもので、物凄く暑く感じてきた。

 マキマキさんは、「じゃあ、気絶しといてくれ、菓子増の幼馴染」と言いながら、ゆっくりと僕に近寄ってくる。



 これから気絶して炎天下で脱水症状を起こし、僕の人生はお終いだ。やれやれ、短い人生だったけれど、以外と終わり際は楽しかったなぁ……。あ、結局部活をやり遂げることもできなかったし、なにをするにも中途半端だったなぁ……。

 あーあ! 生まれ変わったらまたやり直せるかな。あ、待てよ? 僕、人間に生まれ変われるのだろうか。僕は輪廻転生出来るだろうか。うーん。自己判断でも餓鬼道、畜生道が関の山といったところか。

 そうだ。テレビで見たことがある。臨死体験はどの段階で来るのだろうか。聞くところによると、フワッと身体が浮き上がるそうだけれど、なんだかムズムズしそう。

 やり残したことあったっけな? 僕は僕なりにしっかり生きたと思うんだけど……どうだろう。あっ! 死ぬまでにキャビアとフォアグラは食べてみたかったなぁ。どんな味がするのか、きになるところではあったんだよなぁ……。

 ふぅ、少し疲れてきたな。よし、眠ることにしよう。眠ると全てが忘れられる! よし寝よう。すぐ寝よう。

 それでは皆様、


 お休みなさい

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