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享保八年、夏の終わり。小石川の空には入道雲が浮かび、蝉の声が町を包んでいた。
藍風堂の店先には、普段見慣れない光景があった。「閉店」の札が下がり、多くの人が集まっていた。噂は瞬く間に広がっていた。
「藍風堂が閉店だって?」
「借金が膨らんで、もう立ち行かなくなったらしい」
「あんな老舗が潰れるなんて、世も末じゃな」
人々の噂話を横目に、お琴は店の奥で静かに座っていた。彼女の前には、祖父の代から続く藍風堂の看板が置かれていた。古びた木の看板には、藍と風が描かれている。長い歴史を経て、今、その歴史に幕が下りようとしていた。
清兵衛が静かに戸を開けた。
「若様、すべて手配が整いました」
お琴は頷いた。彼女の表情には、悲しみではなく、静かな決意が浮かんでいた。
「ありがとう、清兵衛。長い間、よく支えてくれたね」
清兵衛は深々と頭を下げた。
「とんでもございません。私は若様のお姿を、今こそ誇りに思います」
お琴は微笑んだ。彼女は今朝、店の職人たちに別れの挨拶をし、惜しまれながらも送り出した。藍風堂の技術を学んだ職人たちは、それぞれが新たな道を歩み始めている。
「あの子は、今日も来てくれるかしら」
お琴のつぶやきに、清兵衛は優しく頷いた。
「必ず参られますとも。鈴様は、そういう方でございます」
お琴は窓の外を見た。夏の終わりの光が、庭の木々を金色に染めていた。




