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同じ頃、藍風堂では、お琴が一人、新しい染め見本を前に思い悩んでいた。
「違う、これではまだ足りない」
最近、藍風堂の染めは少しずつ客の評判を落としていた。昔ながらの技法は確かに美しかったが、新しい風を取り入れることができずにいた。
「若様、聞いていただけますか」
清兵衛が部屋に入ってきた。
「何?」
「小石川で『風の染め女』と呼ばれる女性が評判になっておるそうです。その染める布が大変美しいとの噂で」
お琴の表情が曇った。
「その女性の名は?」
「鈴とか申します。火事で家を失いながらも、再び立ち上がったところが人々の共感を呼んでいるようです」
お琴の胸が締め付けられた。妹は苦難を乗り越え、自分の力で生きていた。一方の自分は、父の残した店に頼り、新しい風を起こすことができずにいた。
「清兵衛、その鈴の染めた布を、一つ手に入れてきてほしい」
清兵衛は驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「かしこまりました」
お琴は窓の外を見つめた。春の風が桜の花びらを舞わせていた。
「鈴……あなたはやはり、父上の娘なのね」
そのつぶやきは、誰にも聞こえなかった。ただ風だけが、お琴の言葉を受け止めたかのように、静かに障子を揺らしていた。




