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火事から半年が経った頃、鈴の仕事場を訪れる客の中に、不思議な男がいることに気づいた。いつも遠くから彼女の仕事を見ていて、何か買うわけでもなく、話しかけるわけでもなかった。
「あの人、誰だろう?」
鈴が茜に尋ねると、茜も首を傾げた。
「分かりません。でも、いつもお母様の仕事を見ています」
ある日、鈴は思い切ってその男に声をかけた。
「いつも見ていただいて、ありがとうございます。何かお役に立てることはありますか?」
男は一瞬驚いたようだったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「いえ、ただあなたの仕事ぶりに感心していただけです。『風の染め女』と呼ばれるあなたの評判は、江戸中に広まっていますよ」
「そんな大げさな」
鈴は照れながらも、嬉しさを隠せなかった。
「あなたの染める布には、魂が宿っている。それは稀有な才能です」
男はそう言って、小さな包みを鈴に渡した。
「こちらは、珍しい染料です。遠い国から取り寄せたもの。あなたならきっと、素晴らしい色を引き出せるでしょう」
鈴が礼を言おうとした時、男は既に立ち去ろうとしていた。
「あの、お名前を」
男は振り返り、微笑んだ。
「私ですか? 名乗るほどの者ではありません。ただの風のような男です」
その言葉に、鈴は先日の火事の救助者を思い出した。
「もしかして、あなたが『藍の風』?」
男は答えず、ただ微笑んだ。そして、人混みの中へと消えていった。
鈴は不思議な男から受け取った包みを開けた。そこには見たこともない色鮮やかな染料があった。その瞬間、彼女の創作意欲が燃え上がった。
「茜、新しい染物を始めましょう」
鈴の目は輝いていた。その瞳には、強い決意と創造への情熱が宿っていた。




