11
火事は鎮火したが、鈴たちの住んでいた長屋は完全に焼け落ちていた。彼女たちの持ち物も、ほとんど灰になっていた。鈴はわずかに残った染料と道具を抱え、放心状態で焼け跡を見つめていた。
「お母様、どうしましょう」
茜の問いに、鈴は答えられなかった。これからどうすればいいのか、まったく見当がつかなかった。
「どうしたらいいのかしら……」
鈴が呟いたとき、一人の老婆が近づいてきた。鈴は見覚えがあった。長屋の向かいに住んでいた老婆だ。
「鈴さん、無事で良かった」
老婆は安堵の表情を浮かべた。
「おばあさん、あなたも無事で……本当に良かった」
鈴は老婆の手を取った。命があっただけでも、奇跡だった。
「鈴さん、ほら、これを使いなさい」
老婆は鈴に小さな袋を渡した。鈴が開けると、中には金貨が入っていた。
「これは……どうして?」
鈴は驚いて老婆を見た。老婆は優しく微笑んだ。
「火事から助けてくれた方からです。あの方は『藍の風』と呼ばれておる。困った人を助ける侠客さ」
「『藍の風』……」
鈴はもう一度、その名前を口にした。藍と風。それは彼女の人生に常にあった二つのもの。父の営んでいた藍風堂の名前にも込められた思い。
「でも、なぜ私に?」
「さあ、それは分からん。でも、あの方はあんたの才能を知っているようだったよ。『あの女の染めた布には風が宿っている』と言っておった」
鈴の胸に、感謝の念が広がった。見知らぬ恩人への、そして運命への。
「ありがとう……伝えてください。必ずこの恩は返すと」
老婆は穏やかに頷いた。
「あの方に会うことがあれば、伝えておくよ」




