まᘄჳ੭ੇぉ団子 三
「鏡谷くん、まず試してみ。たこ焼き、豚肉……」
「 “つかまえた” 」
何ごともなかったように、スッと視界が開ける。
「見え」
涼一は達成感に満ちた声でつぶやいた。
自身の手のひらが目に飛びこむ。
運転席を降りたところで、土屋がこちらを見ていた。思いだしたように運転席のドアをバンッと音を立てて閉める。
「まじこれか? 目隠しが取れるキーワード」
「もうちょっとほかの言葉もためしてもらいたかった……」
土屋がざんねんそうに言う。
「遊んでんじゃねえっての」
涼一は吐き捨てた。
「まあこれで運転以外は何とかなるか」
自身の手を二、三度くるくる回してながめる。
「んでもきょうはうちに来な。から揚げ食べるんでしょ?」
土屋がそう返してカバンの中をたしかめる。
「つかまっちゃった――」
どこからか子供のような声がする。
「ん?」
涼一は声のしたほうを向いた。
なにかが、すばやい動きで背後を走り去る。
「なに」
土屋が同じ方向を見た。
「何か走って行かなかった?」
「犬? ネコ? 霊的なもの?」
「日本語しゃべってたから、たぶん霊的なもの」
周囲を見回す。
なにもいない。
駐車場の周囲に植えられたキンモクセイが風にそよぐ。
「鏡谷くんが見失うような霊的なものだと、ちょっと見つける自信ないんだけど」
土屋が遠くを見渡す。
「俺が居場所いうから、おまえ羂索で捕獲しろ」
「いまは行員さんからあずかってないって」
土屋がそう返す。
「このまえはじめてお借りしたけど、あれ怪異が解決するといつの間にかなくなってるんだな」
言いながらゆっくりと周囲を見回す。
「まあ、仮に銃刀法違反に問われても証拠物件が消えて不起訴になりそうなのはありがたいけどな」
涼一は答えた。
われながら、ありがたいの価値観がもはやズレてる気がする。
「さがしててもしょうがなくね? 目隠し解除の方法も分かったし、いったん中に行って休憩しよ」
涼一はカバンを持ち直した。
なにげに車のサイドウィンドウを見やる。
「うわっ!」
涼一はつい声を上げた。
車のサイドウィンドウに非常に奇妙な顔が映りこんでいる。
顔の大部分を占めている水中メガネのような大きすぎる目。
下顔面に開けられた口らしき箇所は、コンパスで描いたようにまん丸い。
額と目のまわりには、びっしりと古代の文様のようなものが描かれていた。
古代っぽいもようをつけた防毒マスク。そんなふうに連想する。
あきらかに人間の顔ではない。
「土屋、なか」
涼一は早口で告げた。
土屋が、体をかがめてガラス窓ごしに後部座席をのぞく。
奇妙な顔は消えていた。
社員食堂の向かい側にある、自販機とベンチソファの置かれたエリア。
昼ごはんの時間にはまだ早いので、涼一は土屋とともに缶コーヒーを飲んで時間をつぶしていた。
「──あ、さやりん?」
土屋が爽花からの通話に応じる。
「こんどこそ会話なんかしねえからな」
涼一は缶コーヒーを口にした。
「先生だいじょうぶだった? ──え? ABC予想と宇宙際タイヒミュラー理論? 鏡谷くんに聞いて」
「だから、こっちに振んな」
涼一は吐き捨てた。
土屋がスマホを耳から離す。
「なんかABC予想と宇宙際タイヒミュラー理論ググったら、わけ分かんなすぎてムリだって」
土屋が言う。
「平気。たぶん先生もムリ」
涼一はそう返した。
「なにそれ。すげえもん知ってんじゃないの、鏡谷くん」
「世界中で数人くらいしか理解してないっていわれてんのと、ABC予想の証明がまだ確定されてないってのは知ってる。――べつの宇宙のべつの数学的構造でつないでやるやつですよねーマルチバースのやつですよねーとか言っとけばヘーキヘーキ」
「──だってさ、さやりん」
土屋がそう話をつづける。
ややして、また耳からスマホを外した。
「 “りょんりょんは、まえにもポワポワなんとか言っていじわるしたあああ” って泣いてる」
「ポワンカレ予想だろ」
涼一は顔をしかめた。
「つかおまえ、さっきからお団子にかけてんのって何か用あんだろ。本題いいの?」
「ああそれ。──さやりん、泣いてるとこ悪いけど」
土屋が切りだす。
「りょんりょんが泣いてるときはどうすんのって? ──見ないふりして放っとくかな」
「何の質問だよ」
涼一は顔をしかめた。
「よしよし? ──しないと思うな」
「おまえよく、くだんねえ質問に一個一個答えるな」
土屋が、スマホを耳から離して時刻を見る。
ていねいに応対してやりたいのかもしれんが、こっちはそれほど暇じゃない。
「んでさやりん、ごめん本題なんだけどさ。──目隠し鬼に関連した妖怪か八百萬の神か、怨霊か。そういうのいるかSNSで聞いてほしいんだけど。おねがいできるかな」
土屋が宙を見上げてから、こちらを見る。
「特徴は脚が速い子供。男の子か女の子かは不明。──あと奇妙な顔? 異様にデカい目と、まん丸い口と顔中の文様?」
土屋が確認するような目線を送ってくる。
涼一はうなずいた。
「古代っぽい文様」
「──古代っぽい文様」
土屋がそう復唱した。




