ᑐかまɀた 二
「とりあえずつぎに見えなくなったら、たこ焼きと豚肉と塚間エターナルって言ってみない?」
アパート二階の共同通路。
土屋が玄関に鍵をかける。
涼一は、その横で宙を見上げてネクタイを直した。
「なんだそのクソ間抜けな呪文みたいなの……」
顔をしかめる。
「どれかが当たりならラッキーじゃん。最悪また見えなくなっても危険だけは回避できるでしょ」
土屋が家の鍵を通勤カバンにしまう。
「俺も風呂んとき鏡谷くんのあそこさわるの何だし」
「そこは自分でやるって言ってんじゃん」
さきほどから聞こえていたスニーカーらしき足音が、ピタッと止まる。
奥の部屋から出てきた学生ふうの女子三人が、手前で立ち止まった。
スッと横によけてやると、三人そろって目をまんまるにしてこちらを見上げて通りすぎていく。
涼一はスラックスのポケットに手を入れて見送った。
「学生?」
「ちかくにグラフィックデザインの専門学校あんの」
土屋が答える。
女子三人が階段のほうに踏みだしたのか、階段のゆれる音が聞こえる。
「まってまって、あの二人なに? お泊りしたの?」
「知んなかったー。こんどからチェックしとくぅ」
「あそこがなに?」
そんな会話が聞こえてくる。
「無言でこっちじーっと見て通りすぎて、通りすぎたらいきなりワイワイってOLも女子学生も同じなのな」
「女子さんたちに言わせると、男のほうがやってること学生も社会人も変わらんらしいけど」
土屋が階段のほうをうかがう。
女子グループのすぐうしろを行くのも気まずいので、彼女らが階段を降りてアパートの敷地出入口のほうまで行くのを待つ。
「行こか」
土屋が通勤カバンを持ち、背中を押す。
「おう」
押されて二、三歩脚を進めたものの、涼一は立ち止まって背後を見た。
「いい。さき行け。見えてるし」
「霊障解除の手がかりあっても、いきなり見えなくなるって一瞬あぶないことあるじゃん。とくに階段とか」
たしかにそうだが。
運転はこの件の解決までムリだなと涼一はため息をついた。一秒でも十数メートルは進むからヤバすぎる。
階段にさしかかると、土屋が二の腕をつかんできた。
横にぴったりと肩をつけ、こちらよりも慎重に降りる。
「男二人だと階段の幅せめえ……」
「しかたないじゃん。こっちは鏡谷くんが踏みはずした瞬間にささえなきゃだし」
「あー……」
だよなと思う。
つぎの瞬間に同じくらいの体格の体重をささえなきゃならんと考えながら階段降りるのも、すごい緊張感だろうなと想像する。
「お世話かけまーす」
涼一は軽口ふうに返した。
「いやいや。鏡谷くんはあばらにヒビ入れてくれた人だし」
土屋が返す。
こいつ根に持ってんだろうかと涼一は眉をよせた。
「歩調あわせたほうがいいのかな。一、二」
土屋が一段ごとに号令をかける。
「……一、二」
涼一はしかたなく号令を復唱した。
「一、二」
「へえへえ……一、二」
言っているうちに、この号令がまた変な呪文みたいなことにならんだろうなという懸念が頭に浮かぶ。
いまのところは黒い鉄骨の段も、その下のコンクリートの基礎もはっきりと見えるが。
「一、二」
「……一、二」
いつもの三、四倍くらいの時間をかけて階段を降りる。
健在なときならこんなん急ぎ足で駆け下りるのにともどかしくなるが、さきにイライラすべきはつきあっている土屋のほうかと思い気持ちをおさえる。
ようやく基礎部分まで降りてそのさきの砂利の地面に踏みだした。
「悪り。あと車んとこまでだいじょうぶ」
土屋の腕をふりほどく。
「うん」
土屋が通勤カバンをさぐり、車のキーをとりだす。
「んじゃ乗って」
そう言い、スタスタと自身の自家用車のほうに向かった。
「おう」
カバンを持ち直して、早足であとを追う。
アパートの敷地出入口のほうを見やると、さきほどの女子三人が付近の建物のかげからこちらをうかがっている。
まだいたのかと涼一は眉をひそめた。
何やっとんじゃ。
「まってまって。腕組んで出勤」
「……お泊りしたんだよね」
土屋の自家用車のドアを開けて、涼一は助手席に乗りこんだ。
「自分らだってうち二人はお泊りしてんじゃねえか。社畜のお泊りがめずらしいか」
涼一は吐き捨てた。
「まっすぐ会社でいい? それとも途中どっか寄る?」
土屋がエンジンをかける。
「コンビニでコーヒー買いたい」
涼一はシートベルトをしめた。
「おけ」
土屋がギアをドライブに入れ、ウインカーを出す。
車を発進させてアパート敷地の出入口を通る。女子三人が、なぜかスマホを手にして目で追ってきた。




