85、超人対決①
奥に陣取っていた一岡玲が立ち上がり、近づいてくる。十五メートルほど手前に立ち止まると、両手を顔の前で交差させ、息を吐き出しながら拳を腰の位置に下ろす。息を吸いながら再び両手を前に交差させ、同じ動作で息を吐き出す。空手の『息吹』と呼ばれる呼吸法を始めた。
すると驚くことが起こる。一岡の背後に浮かんでいた鬼オーラが真っ二つに裂け、凶悪オーラが出現したのだ。立派な角のある雄鹿の頭部に、首から下は毛に覆われた、筋骨隆々の男の姿。身長三メートルはあるその凶悪オーラは、死神が持っているような大鎌を手にしている。驚いている私を見てニイと笑う。自分の存在を認識している、私のことが珍しいのだろう。しかしすぐに視線を白龍に向けると、大鎌を強く握りしめ、戦闘モードに入っていった。一岡のこれまでの武勇伝を思い出した。一人で百人相手にケンカに勝っただの、プロレスラーくずれの用心棒三人組をボコっただの、大げさに盛ったものだと思いこんでいたが、どうやら本当らしい。一岡はこの鹿頭の凶悪オーラから、人間離れをした力を与えられ、普通の人間では生涯到達できない強さを手に入れているのだ。不良の世界で『無敵』を誇っていたのも頷ける。
息吹をキッカケに、凶悪オーラにすることに成功している一岡。金色の目をしている本人はオーラが見えないので、凶悪オーラという外部から、力が与えられていることを知らない。自分の内部から、本来眠っている力が沸き上がっていると勘違いしているようだ。
突如突進した一岡が、十五メートルあった距離を一気に詰め、常人の肉眼では捉えられないパンチ、キックの連続攻撃を開始した。一発一発の威力は強烈で、格闘技有段者程度なら体ごと吹っ飛ぶ破壊力だ。それを私は軽くあしらっていた。数メートル離れ、距離を取った一岡が驚く。
「俺の攻撃をかわしたのは、お前が初めてだ」
空中では一岡の凶悪オーラが大鎌を振り回しているが、白龍は龍の世界でも速さを誇っているので、軽くかわしている。落ちていた金属バットを拾った一岡が、飛びかかりながら私の頭部めがけて水平に振り切る。超高速のバットを左腕一本でブロックすると、バットがぐにゃりと曲がる。白龍と繋がっている透明な膜が私の全身を包み、それがどんな衝撃も吸収するので平気だ。私の右前蹴りが、一岡のみぞおちに決まると、五メートル後方にあるコンクリートの柱まで吹っ飛ばした。したたかに体を打ちつけ、常人なら後頭部や背骨が折れてもおかしくない衝撃だったが、一岡も鹿頭と繋がっている黒っぽい半透明な膜が、全身を覆っているので無傷だった。すかさず突進して私が渾身の右ストレートを一岡の顔面に見舞うが寸前でよけられ、右の拳がコンクリートの柱に数センチめりこむ。瞬時に私の背後についた一岡が、バックドロップをする要領で十メートルほど後方に私の体を投げ飛ばしたが、宙返りで着地してやった。見物している半グレたちが、息を呑むほどの超人バトルを繰り広げていたが、白龍の方が鹿頭オーラより数段上なので、結果、パワーもスピードも上回っている私が、一岡を追い詰めだした。




