84、スピードスター③
倒れた十人のうちで意識のある者の、呻き声だけがこのコンクリート空間の中で聞こえてきた。金属バットを持った十人の男達、リーダーの一岡、ナンバー2のパウロ、その後方に控える三十人ほどの半グレ、全て無言だった。唖然としてこの理解不能の現実を見つめている。パニックに近い。こんな華奢なモデル体型の女の子が、たった一人で刃物を持った屈強な男達を、わずか数秒で撃沈させるなんてあってはならないのだ。
人類最高の身体能力の持ち主達を以ってしても、百メートルを走る最速タイムは十秒をやっと切るぐらいである。白龍の力を借りた私なら、本気を出せば一秒かからない。しかも楽勝で。自らの筋肉の力を駆使して動作する通常の人間と違って、白龍という巨大エネルギーの力を注入されて動作する私との違いが理解出来ない限り、この謎は解けないだろう。
私は朝のジョギングを終えた市民ランナーのように、屈伸運動をさわやかにおこない、私を見ている十人の金属バットの男達に手を差し伸べる。そして指でクイックイッと手招きしてこう言った。
「まだ、やる?」
私はゆっくりとファイティングポーズを取り、反応を持った。男達は、自分がからかわれていることを理解すると、険しい表情で睨んできたが、飛びかかってはこなかった。足が硬直しているのだ、恐怖で。
「もういい!」
私の位置から三十メートルは離れているのに、一岡の声は、コンクリートに反響してよく聞こえた。相変わらずソファに座ったまま、大きく足を開き、右膝に右肘を乗せ。その手に頬をついて、私を無表情に見ている。
「パウロ、倒れているヤツを回収させろ」
ナンバー2に命じると、それまで隣のソファに控えていたパウロが立ち上がり、背後の三十人ほどの半グレを手招きすると、こちらに近づいてくる。十人の金属パットの男も合わせて、四十人ほどの男に、倒された十人の男達の両手足の一本ずつを持たせて、ソファの脇まで運ばせていった。その時私を一瞥していたが、その眼は明らかに警戒していた。切れ者のナンバー2には、この美少女が怪物にでも映ったらしい。失礼しちゃう。男達は回収を終えると、ソファの後ろに戻って整列している。半グレたちと私との間に、三十メートルほどの誰もいない空間が広がる。
「お前、人間か?」
リーダー一岡が呼びかける。
「そうよ、人間よ。軍需産業が秘密裏に作り出した殺人兵器だとでも思った? バッカじゃない? こんなカワイイ殺人兵器、いる訳ないじゃない」
私は一岡を指差すと、こう言い放ってやった。
「だ、か、ら、私に勝てっこないんだから、尻尾巻いて逃げていいんだよ」




