74、出席停止③
学年ナンバー1の優等生はそう言い放った後、冷静に言葉を続ける。
「一斉指導の件についてですが、学校教育法に反しているだけでなく、憲法にも反しています。日本国憲法第二十六条『すべての国民は法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する』。この中に書かれている『能力に応じて、ひとしく』の意味は、平成十五年二月十三日に作成された衆議院憲法調査会の資料によると、『教育を受けることによってその人としての能力を向上せしめうる資質をもちながら、その資質とは関係のない他の事情によりそれらが妨げられることがあってはならないことを意味する』とあり、また『国民が経済的事情のため現実に教育を受ける機会をもらえないことのないよう、国が積極的に措置を講ずる責務を有する』とも書かれています。つまり、一斉指導によって授業についていけない状況が作られたことで、個別指導なら能力を向上せしめうる資質をもっている生徒が、それを妨げられているというこの現実は、あってはならないということです。そして一斉指導で授業がついていけなくても、塾など通うことで追いつくことを前提になされている現在の授業のあり方は、塾に通う事の出来ない経済事情のため、現実に教育を受ける機会をもらえない生徒にとっては、明白な憲法違反です。日本国憲法第九十八条にはこう書かれています。『この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない』と。つまり、憲法違反をしている校長先生らは我々生徒に対して、命令や処分をしたとしても無効になるのです」
いや正直私は松本に見とれていたね。だって松本は片手に生徒手帳を持ってはいたが、一顧だにせず、完全に暗記して話しきったのだから。恐るべき頭脳。学年ナンバー1に君臨し続けるだけあるわ。顔面蒼白で、なにか言おうにも言葉が出てこない校長を尻目に、全校生徒の多くは飛び跳ね、手を振り上げ、ロックフェスの熱狂的な観客のように盛り上がる。
「松本さん素敵〜〜〜!」
という下級生女子たちの黄色い歓声。
「いいぞ松本、よくぞ言った!」
という不良生徒のダミ声。あらゆる賞賛の声が体育館に響き渡り、それはやがて、
「憲法違反! 憲法違反! 憲法違反!」
とひとつの言葉に集約され、ほとんどの生徒が声を合わせて、シュプレヒコールを引き起こした。教師たちは慌てて拡声器を使って、
「静かにしろ」
と怒鳴っているが、生徒たちの六百人以上の圧倒的な声量の前にかき消されてしまっている。一斉指導は、優等生たちにとっては、とっくに知っている事を聞かされる足踏みの時間で前へは進めず、普通の生徒、不良生徒の多くにとっては、ついていけない授業の、理解不能な呪文を聞かされ、精神を傷つけられる不毛の時間であり、被害者という面であらゆるタイプの生徒が一致団結していた。特に長年教師に見捨てられ続けたおちこぼれの生徒たちは、個別指導によって『学び喜び』を知ってしまったのだ。
これは文部科学省が実施させている教育システム、その手足となって盲目的に働いている教師たち大人に対して、子供たちが三行半の絶縁状を叩きつけた反逆行為なのだ。それは校長をひどく恐れさせた。こんな事が教育委員会に知られること、何よりそれが他校にも伝染していき、それを止める事が出来なかった責任を取らされることが恐くて仕方ないのだ。自分の立場を失脚させるようなことは、芽のうちに完全に潰さなければならない。個別指導のおかげで、全ての生徒の学力が日々向上することなど眼中になかった。目の前の生徒たちが、分からない授業でどんなに傷つけられようが知ったことじゃない。何よりも大事なのは校長としての自分の立場なのだ。日本中の子供たちを傷つけ続ける一斉指導という組織暴力を、組長のごとき校長が、しゅくしゅくと実行するだけなのだ。教育の名を語る思考停止の暴力団。




