一人目
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません
一人目:アデルバード・レバンス
当時五歳の私が真っ先に思いついたのは“心の傷を癒してあげよう大作戦”だった。
下心があるためとても良心が痛む作戦ではあるのだが、一番確実で、一番行動を疑われない作戦である。問題はそのターゲットなのだが、それは思いもよらない形で出会うことになった。
この世界にも孤児というものは多く、身分関係なく理由があって捨てられた子がほとんどだ。
私の領地では両親が手を尽くしているおかげで比較的良い待遇を受けられているが、一歩別の領地へと赴けば凄惨な目に合う子たちも多いという。
だから領地の境にある村でアデルバードに出会った時は衝撃を受けた。
あの時ばかりは何も考えず、ただ助けたいという意志のみで身体が動いていた。
瘦せこけた身体に止まりそうな浅い呼吸、今にも光を失いそうな瞳。
鳥につつかれていたのが人だと分かった時の背筋がゾワリとした感覚は今でも忘れることが出来ない。
路地裏に倒れていた彼を見つけ両親と共に領地の病院へ駆け込んだ。
移動中も治癒魔法や保温魔法、前世での記憶を頼りにした手当を行ったおかげかどうにか一命をとりとめることが出来た。あまりにも年齢に見合わない行動をしてしまったので両親には不思議に思われたが本で読んだと乗り切った。
土や埃を落とし身体も綺麗になると、その髪色を見て両親は隣の領主の子供ではないかと疑った。
栄養が行き渡っていないためパサパサではあるが、領主の髪色と似ておりこちらもあらぬ疑いをかけられても困るため、本人から説明があるまでは髪色を変えることにし様子を見た。
あんな状態でも生きる気力はあったようで日を追うごとに出来ることが多くなっていった。
私は発見者と言うこともあり、心配で毎日様子を見に行っている中でどうにか会話が出来ないかと負担にならない程度の声掛けをして帰ることを繰り返していると、ある日掠れた声で感謝を述べる言葉が聞こえてその場で泣き崩れてしまった。急に泣き出した私に本人も施設の人も驚き迷惑をかけてしまったことを覚えている。
手厚い看護と若さゆえの回復の早さから話せるまでになると本格的に身支度を整えた。
伸びきった髪は揃えられ、今だ細かな傷は目立つが少しは太くなった手足に綺麗な服を着せるとどこかの令息のように見える。両親もいる中で一度髪色を戻し説明できる範囲で自身のことを問えば、予想していた通り隣の領主の子供だったようだ。しかし生まれは複雑で所謂庶子らしい。屋敷を追われた母と二人で暮していたが、その母も厳しい環境で過ごすことが出来ず亡くなり、生きる気力を無くしたまま彷徨ってあそこで力尽きていたようだ。
本来なら領主のもとへ返すのが義理だろう。庶子とはいえ家督を継ぐ権利を持った子だ。
しかし追い出された背景を見ても酷い扱いを受けるのは目に見えており両親も頭を抱える。
大人たちが話すのを不安げに見ていると袖が引っ張られる感覚に視線をやればひどく怯えた状態のアデルバードと目が合った。自分の処遇がまたしても勝手に決められようとしている、またあそこに戻るかもしれない、外に追い出されるかもしれない、そういった不安を感じ取ったかのように彼は目に涙を浮かべていた。
「……貴方はどうしたい?」
「レイラ……?」
「貴方が希望したことが確実に叶うかどうかは分からない……私は大人じゃないからそんな権限もない、でも貴方にも意志があるでしょう?こうしたいっていう意志が」
「……」
「そうだな、先ずはお家に帰りたい?」
両親は静かに私たちを見守り、周りから見られていることに気づいた彼は暫くこちらを見つめた後に小さく首を振った。
「……本当の身分を偽ることになってもいい?」
領主の庶子ということを隠し、別の人物として生きることは出来るのか。
今思えばそう歳も変わらないこどもになんてことを聞いているんだとは思うが、前世分の記憶があるのでどうしても思考回路が大人よりになってしまう。
言葉の意味を理解したのか、していないのか、この質問には躊躇いなく頷き私の手を取った。
「え?」
「……名前」
「名前……?あ、教えてくれるの?」
「ううん……君が付けて、新しい僕の名前」
「ぅえっ?!」
自分の子供でもないのに名前を付ける機会なんてペットを飼う時以外ないシチュエーションだろう。
流石に困って辺りを見渡すが、やり取りを見守っていた両親は微笑ましく見ているだけで手を貸そうという気配がない。もしかして私は何かを試されているのだろうか。
(……いや、これはもしかしてチャンスなのでは)
ここでふと忘れかけていた目標を思い出した。
目の前には私を恩人と思っている、訳アリだが貴族の血を引いた歳の近い少年がいる。
自ら接触してきたことや、名前を付けて欲しいと言ってくるあたりすでにここまでの好感度は高いはず。
ならばこの子を育てればいいのではなかろうか。
「……アデル」
「……?」
「アデルバード、貴方の名前よ」
繋がれた手を握り返し微笑めば、きょとんとした顔をした後に彼も笑みを浮かべる。
今はまだ頬がこけているが、健康になったらかなりの美男子になるだろう。
余程嬉しかったのかそのまま抱きついてきたので身体を受け止める。しかし次の瞬間には父によってアデルバードがつまみ上げられ引きはがされた。
「それは早い!!それにしても君の処遇をどうしようかな……手っ取り早いのはうちの養子にしてレイラと兄弟になる事だけど……」
「……!」
兄弟という単語に反応したアデルバードが慌てて身を捩る。父の手が離されると何やら小さな声で話し込みはじめた。
「えっ!?うーん……ふ、複雑だなぁ……」
「……お父様?」
「んー……わかった、親戚の籍に入れてもらおう……こちらで面倒はみるから多分大丈夫だろう」
何の話をしたのか、父がそう締めくくるとアデルバードはきっちり腰を折ってお礼を言った。しかしその後すぐにふらついてしまい父が彼を抱き上げる。
「まだまだ療養が必要だね……手続きはこちらでしておくから君はもっと元気になりなさい」
「レイラ、私たちも今日はここまでにしましょう」
母が私の手を取り出入口へと向かう。
私は振り返って父の腕の中にいるアデルバードにまたねと声をかけると彼は小さく手を振ってくれた。
その後順調に回復した彼は後継が居なかった親戚の養子となり私と一緒に屋敷で過ごすことになった。
養父母との関係も悪くなく、月に何日かは我が家に滞在し交流を深めているようだ。
アデルバードは何もしなくても私を勝手に慕ってくれているようで、手を握りくっついて歩く姿から弟のように思っていたのだが、後日自分より二つ年上だと知り衝撃を受けた。栄養が十分でなかった環境で育ったため私とそう変わらないが今後あっという間に抜かされていくのだろう。将来が非常に楽しみである。
………
母が生きている間は幸せだった。
女手一つで育ててくれた母から自分の生まれを聞いた時、怒りと罪悪感と悲しみでどうにかなりそうになった。だっておかしいだろう。勝手に手を出して子が出来たら堕ろせと迫り、追い出されるようにして家を出た母は余裕のない中一人で僕を生んだ。僕が居なければもっと別の生活があったかもしれないと思うこともあった。けれども望まないことをこれ以上しなくて済んだと笑う母にこれ以上の不幸を経験させたくはなかった。幸いにも僕は母に似たようで誰にも悟られることなく暫くは過ごせていたのだが、領主と同じ髪色のせいで出自を疑われることも多くなった。その度に否定していたが嫌でも領主を思い出させるこの髪が嫌で草花で染めたこともあった。
結局その場所に居づらくなった僕たちは転々と場所を移り、その最中に母は体調を崩した。無理もない、僕を育てるために朝から晩まで働いていたのだ。体調を崩さない方がおかしなものである。自分でお金を稼ぎたくてもこの年では大した仕事は出来ず、辛うじて一食分の食事代が稼げる程度だった。
自分の方が辛いというのに何度も何度もごめんねと謝る母の姿が今でも目に焼き付いて離れない。
ついに母の命が事切れると、暫くはその場から動くことが出来ずうずくまったまま何日かを過ごした後、空き家だと思って様子を見に来た村人に発見され母は埋葬されることになった。どうにか息があった僕は水と食料を分け与えられ待つように言われる。けれども母が埋葬される光景を見たくなかった僕はその食料を持ったまま当てもなくその場を離れた。
そうして彼女に拾われたのだ。
質素だが質のいい服に身を包んだ小綺麗な女の子。霞む視界の中で彼女の手が触れたところから感じる温かさに救われたのを覚えている。次に目を覚ました時には心配そうにのぞき込む女の子と、彼女によく似た二人の大人が僕を見下ろしていた。全員が安堵したような表情を浮かべたのをみてすぐにまた意識を手放した。
体力も回復し、どうにか歩けるようになると自分の生い立ちについて話すことになった。
今後の僕の処遇を決めるのだろうと直感的に分かり、助けられた恩を返すためにも嘘偽りなく全てを話した。スコット夫妻は情に厚く、どういう風に転んでも悪いようにはならないだろうと思っていたが、心の奥底にあった不安をレイラーニに指摘され、そのまま彼女の問いかけに応えるように自分の意志を伝えていった。
アデルバードという新しい名前を賜り、その瞬間から僕の世界の中心は彼女になった。
彼女の一番傍に居られるように、全てのものから守れるように、今度こそ自分の手からすり抜けないように、新たな決意を胸に彼女を抱きしめた。
お読みいただきありがとうございました。




