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▶アデルバード・レバンス③

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません



「……レイラ」

「……」

「レイラ、約束は約束だよ」

「約束、したけどぉ……!!」


私は今非常に困っている。

後日会う約束を取り交わし私の屋敷の応接室に彼を通したのは良い。

きっと試合のお祝いのことだろうと当たりを付けて様々なパンフレットやカタログを携えて応接室に向かうとアデルは控えていたメイドを下げ誰も部屋に通さないように告げる。誓って父の意向に背くことはしないという誓約書まで渡して二人きりの部屋が閉じられた。


そこで怪しいことに気づけばよかったものの危機感のない私はウキウキとカタログを並べる始末。

隣に並んで座ったアデルにどれがいいとカタログを開いて振り向けば困った顔をして、気持ちは嬉しいけどとカタログが閉じられた。


「僕のために色々と準備してくれてありがとうね」

「ううん、一人で突っ走っちゃった……じゃあ改めて何がいいの?」

「……レイラに、もう少し触れてほしくて」

「……ん?」

「今日一日僕の言うことを聞いてほしいなって」

「……え????」

「大丈夫、おじ様に怒られない程度のお願いしかしないから」

「……ちょ、まっ……!!!」


お祝いを渡すと言った以上、そして物ではなくていいと答えてしまった以上私に拒否権は無かった。

そして今、私は彼に横抱きに抱えられながらお菓子を手ずから食べさせてほしいとねだられている。

所謂あーんというやつだ。


机の上に並べられたチョコを手に取るまでも時間がかかり、そしてそれを運べば終わるのだが甘ったるいアデルの声と瞳に上手く身体が動かない。


「……溶けちゃったね」

「……っ?!」


私の腕に手を添えるように持つとそのまま手を動かして自分の口元へと運んでいく。指先に触れた柔らかいものにぎゅっと目を閉じるものの、舐めとるような感覚に反射で手を引こうとするが腕を持たれているために下げることも出来ずそのまま終わるのを待った。少し身体を動かした彼が指先に再び触れて布で擦る感覚に漸く目を開ける。どうやら指先を拭いてくれているようで少しだけ肩の力が抜ける。目が合うと口元に笑みが浮かべられるだけで何も言わない彼にまた顔に熱が集まった。


「次はレイラの方から抱きしめて欲しいな」

「……調子乗って……覚えておきなさいよ」


一度横抱きから解放され彼の座るソファの前に立たされる。軽く足を開いた彼の間に居るので手を伸ばせば簡単に抱きしめることは可能だ。中々踏み出せない私を挑発するように彼は私の手を取って掌に唇を寄せる。見上げるような視線に身じろぎするものの思い切って彼に抱き着いた。


首に腕を回し恥ずかしさから力が入るがアデルは何とも思っていないらしく私の腰に手を回した。中腰の態勢が思ったよりも辛く体勢を整えようとソファに片膝を載せると何故か彼がびくりと身体を揺らす。彼が後ろに身体を下げたことで膝のあたりにスペースが出来両膝を乗せた。


「……ちょ、っと、この体勢はまずいかも」

「……自分で誘導したくせに」

「分かって言ってるの?それとも無自覚?!」


慌てふためいたアデルが私を引き剝がし隣に座らせる。やっと一息つける状態になってテーブルに乗ったティーカップに手を伸ばした。羞恥やら何やらで喉が渇く。


「……満足した?」

「……まぁ、少し……」

「少し?!これで!?」


両手で顔を覆い点を見上げている彼に問いかければ絶望的な回答が返ってくる。これ以上何を求めているというのか。自分だって余裕はなさそうなのに、と恨みがましく睨んでいると覆った手を戻してこちらを見るアデルと目が合った。


「……ねぇレイラ、おじ様はどこまで許してくれると思う?」

「……何の話?」

「……次が最後のお願いだよ」


最初の質問の意図は分からないまま、最後のお願いという言葉に内心ガッツポーズをする。今後は軽率な発言を控えようと心に誓い彼からの言葉の続きを待った。しかし彼は黙ったままソファを降り膝立ちになる。身長差があるため膝をついた彼との目線はさほど変わらない。近づいた距離にドキリとしているとアデルが私の手を取り包み込む。


「……レイラからお祝いのキス、欲しいな」

「…………っ!!!!!!」


キスという言葉に先程の父がどこまで許せるかという言葉が結びつく。

婚約しているのだし、きっとキスくらいは何ら問題ない。それに最悪バレなければいい話である。

私だって前世の記憶があるとはいえ今は年頃の乙女である。好きな人とのそういうことが気にならないわけではないのだが。


私が固まっている間にアデルは私の両手を自分の頬に添えそれを自分の手で支えるように包み込む。

ダメかな、と首を傾げる動きも声も、今の私には届いていない。


目の前の光景にぐるぐると目が回る。

お祝いをしたい気持ちはある。自分から言いだしたことでもあるし、だから今までの無茶ぶりにもどうにか出来る範囲で応えてきた。ならばきちんと最後まで祝ってあげなければ。


「……なんてね、流石にそれは……!」

「……」


何かを呟いた彼の唇に自分のそれが当たる。

柔らかさと少しだけ甘さを感じてすぐに離れようとするが僅かに隙間が出来た後再び塞がれた。

予想外のことに驚いて身を引こうとするがいつの間にか頭の後ろに回された手がそれを良しとしなかった。繰り返されるその行為に息が持たなくなり呼吸のために口を開ければぬるりとした何かが入って口を閉じることが出来なくなる。


漏れる吐息と微かな水音が耳に届き、苦しさも相まって勝手に目尻に涙が貯まった。

どれぐらいそうしていたのか分からない、恐らく数分にも満たないはずなのに身体の力が抜けた私に気づいたアデルが漸く顔を離した。心臓が早鐘を打ち滲む視界の中、見たことのない彼の表情に戸惑いが募る。彼はしっかりと私を抱きしめ、互いに息を整えるように短い呼吸を繰り返した。


「……ごめん、止められなくて……嫌じゃなかった……?」

「ん……」


頭がぼーっとして身体に力が入らない。嫌という気持ちは無かった、驚きや戸惑いの方が強かっただろう。どうにか頷いて返事をするとよかったという声が耳に届いた。


「……あの、レイラー……ニ、さん……いい加減顔を見せてはいただけませんか……?」


徐々に自分が何をしたか、彼に何をされたかを認識し始めた私は先程のアデルのように両手で顔を覆いソファの隅に丸まった。アデルはそんな私の傍に腰かけあやすように声をかけてくる。


「……ほっぺとかおでこでいいのならそう言いなさいよ」

「その……まさか口に来るとは思わなくて……それにレイラなら恥ずかしがってしないだろうなって……」

「私……凄い勇気振り絞ったのにぃ……」

「わー!!!待って!!泣かないで!!何でもする!!何でもするから!!」


理由が分からないが涙が滲む。決して嫌ではなかった、そう言った行為があることも知っていた、予期せぬタイミングでそれが起き、心構えのないまま自分の恥ずかしい姿を見られたことがきっと今の私の涙の理由なのだろう。


私が泣き出すのではないかと気が気じゃないアデルにゆっくりと身体を伸ばして顔が見えないように抱きついた。何かを察したのかあやすように背を撫でる彼にしっかりとくっつく。


「……これ言うと怒られる気がするんだけど……その、凄い可愛かったから気にしなくていいと言うか……」

「……その前置きが出てくるなら私が怒るだろうことも想定済みよね?」

「……まぁね、でも僕だって余裕なかったしお互い様じゃない?どんな顔してたか分からないし……」

「……むかつく」

「なんで?!」


自分の顔の良さが分かっていないというのも問題だ。あの顔のどこが悪いというのだろうか。言葉につられ思い出すように先程のアデルの顔を思い描いて自爆する。私に見せるいつもの優しい笑顔とも、他人に見せる無表情とも違う、見たことのない男の人の表情だった。


お読みいただきありがとうございました。

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