▶アデルバード・レバンス②
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません
「うわ、凄い人」
「ちょっと、もっとしっかり手を握っててよ!はぐれたら終わりよ、これ!」
今日私はシュリーとともに騎士団主催のお祭りに来ていた。
アデルにはお祭りの最中は一緒に過ごすことが出来ないので来なくてもいいとは言われていたのだが、騎士として働く彼の姿に興味が湧いて行くことに決めた。私一人では心配なのか両親か友人と一緒ならと渋々了承を貰い、暇を持て余していたシュリーを誘い今に至る。
お祭りの目的としては第一に騎士の募集、第二に資金の調達(スポンサー集め)、第三に騎士の人脈作り……という名の婚約者探しということらしい。そのため模擬戦のような華々しい催しもあれば、家族や子供向けの体験コーナー等もあったりする。
「レバンス卿は何に出るんだっけ?」
「模擬戦には出るみたい、後は裏方って言ってた」
「じゃあもうその場所に行きましょうよ!人多すぎ……!」
「あれ、スコット嬢?」
人込みに参っているシュリーを庇いながら移動していると聞きなれた声が聞こえてくる。
振りむけばハピルがこちらに手を振っていた。
「お疲れ様です、ハピルさん……炊き出し、ですか?」
「お久しぶり~、そう、こういう食事をしていますってのを知ってもらうためのね……あ、アデルバードと婚約したんだってね?おめでとう」
「そうなんですね、あ、ありがとうございます」
「アイツも忙しくて今どこにいるかは分からないんだよね……っと、隣のご令嬢は……」
「あ、友人です……残念ながら婚約者がいます」
私の言葉に後ろでこちらの様子を窺っていた何人かが肩を落とす。その光景にハピルがこら、と一蹴した。
「模擬戦観に来たの?」
「はい、それに出るのは聞いたので」
「じゃあそこまで案内してあげる……隣のお友達が限界そうだし」
「……わぁ」
視線を横にずらしたハピルにつられて隣を見れば限界を迎えそうなシュリーと目が合う。恐らく人に酔ったのだろう。ただ案内してもらうのも忍びなく二人分の炊き出しを購入して私たちはその場所を離れた。
「……ごめん、ありがとう」
「ううん、連れてきたの私だし」
ハピルの誘導の元無事に会場まで辿り着いた私たちは椅子に座ってシュリーの回復を待った。炊き出しを買った時に冷たい水を貰ったので彼女の首筋に当てていると少しは持ち直したようだった。
「……それにしても騎士って人気が凄いのね……若い女性ばかりじゃない」
「ね、やっぱりかっこいいからかな」
「確かに……無駄に顔がいいわよね」
「無駄って……」
まだ試合まで時間があるというのに数か所ごとに固まって若い令嬢たちが椅子を占有している。
私もシュリーも自分の婚約者以外には興味はないが、顔の良し悪しは分かっているつもりだ。そして騎士団はタイプが様々のイケメンの宝庫である。
「……レバンス卿の人気も過ごそうね」
「やっぱりそう思う?」
「学校に居た時でさえあんな感じだったのよ?そこに騎士という職に加え正装じゃない、黄色い声が今から聞こえるようよ」
「だよねぇ」
「まぁ、あの方も貴女以外眼中になさそうだから心配しなくていいと思うけど」
にやりと笑う彼女に肘で小突き返す。正直なところアデルが他の女性とどうにかなる心配はしていない。ただどうしても私以外に彼を応援する人はいるだろうし、近付いてくる人もいるだろう。その光景はあまり見たくはない。
「試合まであとどれくらいだっけ?」
「うーんと、半刻ちょっと」
「私のせいで時間持て余しちゃってごめん」
「気にしないで、それより具合悪くなってたならもっと早く言ってよ」
「……言う元気も無かったと言うか……」
「まぁ気づかなかった私も悪いけど……時間もあるしゴミ捨ててきちゃうね」
「……一人で大丈夫?」
「シュリーこそ、さっき通ってきた通路にあったからすぐ戻るよ」
「気を付けてね」
シュリーに見送られ来た道を戻るように進んで行く。
無事にゴミを捨てて戻ろうと踵を返した時に思いっきり何かにぶつかった。
反動でよろめいたがしっかりとした腕に支えられる。
「ご、ごめんなさい!」
「すみません!」
互いに反射で謝るとどうやら相手は騎士団の人間らしく、正装しているのできっと模擬戦の参加者であろう。
「あ、動かないでください……髪が」
「え……あ、引っかかってますね」
離れようとしたが引き攣るような痛みを感じて周りを見ると装飾の小さなチェーン部分に髪が引っかかっていた。私より早く気づいた彼が丁寧に外してくれたおかげで髪を切らずに済み改めて謝罪とお礼をしようと顔を上げた時、思いっきり後ろに手を引かれ背中をぶつける。何事かと事態を確認するより早く、肩の後ろから手を回され抱き留められた。
「あー待て待てアデルバード、不可抗力だし、お前の婚約者なの知らなかったし、理由もある」
「……ったぁ……ってアデル?後ろにいるのアデルなんですか?」
両手を上げている騎士が私の言葉に頷くので、どうにか顔を動かすと見慣れた顔と髪が目に入る。
しかし彼はそのまま微動だにせず手を離す気もなさそうだった。
「ちょっと、アデル」
「いいか、俺と彼女はお互い不注意でぶつかって偶々俺の服に彼女の髪が絡まってしまったんだ。それを解き終えたところでお前が来たわけ」
「本当だからね、ゴミを捨てて周りを確認せずに振り向いた私が悪いの」
「……わかった、突然申し訳ない」
私たちの説明を聞き終え周りの状況を確認すると漸く納得がいったのか拘束が緩くなる。しかし離れることはなく戸惑っていると目の前にいる騎士が面白そうに笑ってアデルの肩を叩いた。
「今度の飲み会、果実酒お前のおごりな」
「……二杯までだ」
「お、太っ腹……では婚約者のお嬢さん、ぶつかって申し訳ありませんでした」
「あ、こちらこそご迷惑おかけしました」
すれ違うように立ち去った彼の足音が聞こえなくなって私は漸くアデルの腕から解放されたが今度は正面からしっかりと抱きしめられる。人目もあり騎士だけでなく一般の人が往来する場所での抱擁に一気に恥ずかしさが募った。
「アデル!ちょっと、こんなところで……!」
「……うん、ごめんね」
「……さっき言ったのが全てだからね?ぶつかって髪が絡まって解いてもらった、以上」
「分かってる……でも、分かってても嫌なものは嫌だ」
「……何もないのに?」
「……何もなくてもだよ」
ぎゅうと籠められる腕の力にそれ以上の言葉を発ることはなかった。
しかしやはり人の目が気になって彼の背中に手を伸ばし軽く叩く。
「これから模擬戦でしょ?準備もあるだろうし、私も観てるから頑張って」
「どの辺で観てる?」
「この通路出て右側の、下から二段目のエリア」
「わかった……いいとこ見せなきゃね」
そう言って漸く離れたアデルは当たり前だが正装で、初めてみる彼の騎士としての姿にむず痒い想いが込み上げる。恐らくこれがときめいているということなのだろう。
「……」
「……レイラ?」
「……いや、かっこいいなって」
「えっ?!」
思わず素直に口にすれば予想外の返答だったのかアデルも狼狽えるように戸惑いの言葉を発す。互いに照れていると会場の方が段々と賑やかになっていることに気づいて顔を上げた。
「アデル、頑張ってね、応援してる」
「ありがとう、頑張るね」
前世で読んだ物語ならここでキスの一つでも贈るのだろうけど、それが出来ない私は言葉だけの応援を贈る。もし優勝でもしたら、その時は何かお祝いをしてあげようと思いながらアデルと別れ席に戻った。
模擬戦は中々に白熱した試合が多く、刃を潰してあるとはいえ見た目は本物の剣と変わらないのでこちらの緊張感も高まってくる。いつの間にか私もシュリーも勝負の行く末を固唾を飲んで見守っていた。
暫く観戦した後アデルの名前が呼ばれ入場口に視線を送る。
先程までと同様に会場からは令嬢からの歓声が上がった。少しだけその声量が大きく聞こえるのは気のせいと思いたかったが隣のシュリーの人気者ねという言葉に現実を受け止める。
声援には目もくれず目の前の相手だけを真っすぐに見つめているアデルに、どうか怪我をしませんようにと胸元で両手を組んだ。
「……何も心配いらないんじゃない?」
「いや、油断できないけど……大丈夫そう……?」
試合は危なげなくアデルの勝利で終わった。素人目から見ていても受け流しが上手いのが分かり、模擬戦らしく華やかさはあったがこちらが心配になるような出来事は何一つなかった。
あまりの優雅さにぽかんとしていると会場を見渡すように首を動かしたアデルと目が合ったように感じる。彼が微かな笑みを浮かべると周りから黄色い声が上がった。
「……凄い人気ねぇ」
「あは、は……」
アデルの視線に手を振って返すと小さく頷いて会場から出ていった。
優勝まであと三試合これが続くのかと思うと少しだけ気分が重くなる。
思った以上にアデルが注目されていることを面白くないと思っているらしい。
そんな私の気持ちなど関係なく試合は進んで行きあっという間に決勝戦となった。
勿論アデルは勝ち進み決勝戦の舞台に立っている。
「……勝ったら何をしてあげるの?」
「えっ……シュリーなら何してあげる?」
「わ、私に振るの?!」
「シュリーだって似たような場面があるかもしれないでしょ!」
「多分無いわよ!……でも、私なら……うーん……相手が好きなものを贈るかしら、少しいいやつ」
「お互いのこと何でも知ってるもんね……」
「い、いいのよ!それ以上言ったら怒るわよ!」
「もう、いつになったら貴女の惚気話が聞けるのよ……」
「話逸らさないで頂戴!」
「そうだな……本人に聞くのが最適解な気がする」
「……それ、どうなっても知らないわよ」
「?」
怪訝そうな顔をしたシュリーに理由を問おうとする前に試合の開始を告げる音が鳴った。
流石に決勝戦なだけはあり、先程までの余裕はアデルにも無いようだ。
試合の行く末を見守っているうちに自然と祈るように組んだ手に力が入る。
時間にして数分の打ち合いの後、高い金属音とともに勝敗が付いた。
試合後、シュリーが酔わないよう帰る人波が落ち着くのをその場で待っている時に騎士の人から裏に来るように案内役が送られる。先程ぶつかった人だと気付き、試合のねぎらいとお礼を言った。どうやらアデルからの指示らしくその人の後ろに付いて行くと控室のような場所へ連れてこられる。シュリーには別室が案内されるらしく断りを入れ暫く時間を貰うことにした。部屋の中にはいつもの簡素な服に着替えたアデルがおり、私に気づくと嬉しそうに微笑んだ。
「おめでとうアデル!怪我してない?」
「ありがとう、大丈夫だよ」
駆け寄って祝福の言葉を贈れば軽く両手を広げたアデルの腕の中に納まってしまう。今日ぐらいはと素直にその腕に収まり彼の背中に手を回すと何故か戸惑ったような声が上から降ってくる。
「……ご褒美?」
「あ、何か欲しいのある?お祝いに何でも買ってあげる!」
「いや、今の状態が……それって、物じゃなくてもいい?」
「うん?いいけど……私があげれる範囲のものにしてね?」
「大丈夫、レイラがいれば問題ないから」
意味深な言葉と笑みに首を傾げるものの、今度教えるねとはぐらかされしっかりと抱きしめられた。
お読みいただきありがとうございました。




