▶アデルバード・レバンス
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません
「……付いてきてくれてありがとう」
「ううん、私も気になってはいたんだ」
私たちは馬車に乗りアデルの母親が埋葬されている墓地へと向かっていた。
隣に並んで座る彼は緊張しているのか膝に置いた手に力が入っていたので上から手を添えればひやりとした感覚が伝わってくる。ありがとうとお礼を言って彼は絡めるように手を繋ぎ直した。
………
学校を卒業後、私はアデルの求婚状を父に渡した。
父からアデルの養父母に伝えられ、そこからアデルに伝わるまでに間隔が空いたらしく突然家に彼がやって来た時は心臓が飛び出るかと思った。正式に婚約者として会う機会がまさかこんなに急にやってくるとは思わずどういう態度をとっていいのか分からないでいると、何も言わずに近づいた彼にしっかりと抱きしめられる。騎士団から直接来たのか簡素な服を着た彼は騒ぎを駆けつけた父に引きはがされるまで私から離れようとしなかった。
「……ごめん、急に来ちゃって」
「ううん……いや、驚きはしたけど」
いくら婚約者とは言え節度を保てと言う父からの言葉にアデルが逆らえるはずもなく、僅かに扉の開いた応接室でテーブル越しに向かい合って座っている。
謎の緊張感に苛まれそわそわと手に持ったティーカップに口を付けているとアデルに名前を呼ばれる。
「……本当に僕でいいの?」
「……まさか、嫌だった?」
「そんなわけない!違う、そうじゃなくて……君が僕を選んでくれるなんて夢見てるのかと思うぐらい幸せで……確認しないと不安で……」
騎士団でトップの成績を修めている大の男が小さくなりながらこちらの意向を確認する姿にあまりにもギャップを感じてにやける口をどうにか戻す。私がよく知っているアデルはこちらの方なのだが、幼少期とは違い見た目との差が激しすぎる。ティーカップをテーブルに戻しアデルに隣に来るようにソファを叩いた。
父との約束が頭を過ったのか最初は渋っていたが少し悲しげな表情を作ればすぐに隣にやって来た。そのままアデルの肩に寄りかかるように身体をくっつける。
「……レイラ……!」
「お試し期間にもっと凄いことしてたじゃない」
「!!!待って、それ以上はここで言わないで!!おじ様に殺されたくない……!!」
「ふふっ、冗談だよ……お父様もこのぐらいのことで怒ったりしないわ」
揶揄うようにそう告げればアデルも少し肩の力が抜けたらしい。これぐらいは許してくれるかな、と間に置かれた私の手を握った。
「……そういえばよく騎士団抜け出せたね?」
「……」
「……アデル?」
「……」
「……まさか……無断で抜け出した……?」
「……怒られる覚悟も罰を受ける覚悟もしてるから大丈夫」
「そう言う問題じゃないでしょ?!何悠長に構えてんのよ!?」
「さっきも言ったでしょ、確認しないと不安だったんだよ」
慌てる私を他所に静かにアデルが呟く。思いの外真剣な眼差しに何も言えなくなってしまう。
「いきなり養父から手紙が来たかと思えば君との婚約が認められたって内容で、でもレイラ……スコット家からは何も連絡がないし、ぬか喜びもしたくなくて、直接確かめに……気づいたら飛び出してた」
「……」
「レイラに会って、今までとは違う君の態度と……おじ様の言葉に、本当だったんだって確信が持てた」
握った手はそのままに彼はソファから降りて床に膝をつく。そのまま私の手の甲に唇を寄せると泣いているような、笑っているような表情を浮かべて甘く優しい声で私の名を呼ぶ。
「君に命を救ってもらった時からずっと僕の特別な人だった……二度と僕は君を危険な目に晒さないし、何があっても君を守る……だから、僕の隣で一緒に同じ時を歩んでほしい」
「……ずるい」
「え……?」
「なんでそんな恰好なのにかっこよく見えちゃうのよ!」
「えぇ……?いや、でも確かにこの格好でする事じゃなかったかも……やり直し……」
「……しなくていいよ、答えは変わんないから」
アデルとの付き合いも十年を超える。その間ずっと彼は私のことを想ってきてくれたのだ。
身を乗り出しアデルの首に手を回すと危なげなく支えられる。
「ありがとうアデル……これからもずっと、よろしくね」
「……こちらこそ、僕を選んでくれてありがとう」
立ち上がったアデルが私をそのまま抱き上げる。
見下ろすような形になると二人で微笑みあった。
その後騎士団に帰ったアデルはしっかりと説教を喰らい、罰として一週間の雑用を命じられたそうだ。
………
「……着いたみたい」
馬車がゆるりと停まり御者が扉を開く。
先に降りたアデルの手を借りて外に出ると静かな空間が広がっていた。
墓地の手前までしか行けないらしくここからは歩くことになる。
簡素な黒いドレスに動きやすいブーツを選んだのは正解だったようだ。
御者にはここで待つように伝えアデルに手を引かれ墓地を目指す。
チラホラと道沿いに墓石が現れ、その中を進んで行く。彼女の墓石は突き当りを右に曲がったところにあるらしい。アデルを引き取ると決めた時両親がこっそりと彼の実母について調べたらしく、きちんと埋葬されたことは確認できたようだ。
アデルは中々訪れる勇気が出ず、今回を機に墓参りを決め私に相談を持ち掛けた。勿論二つ返事で了承し現在に至る。
「……あった」
「……マリア、さん」
小さな石に刻まれたマリアの文字。平民出身の彼女は理不尽な目にあいながらもアデルを生み、一人で育てあげた。あんな目に合わなければ彼女はまだ生きていたかもしれない、けれどもあんなことが無ければ私はアデルに出会えていない。矛盾する気持ちを抱えながら私は用意していた花束を墓前に供えた。
「……母さん……」
両手を組み祈りを捧げていると隣に並んで立っていたアデルが小さく呟いた。きっと伝えたいことが沢山あるだろう。計り知ることが出来ない想いを昇華させるためにも私は一歩下がった。
「アデル、私そこの木の陰に居るから」
「……ありがとう、少しだけ、待ってて」
「……ゆっくりでいいよ」
アデルに場所を譲り少し離れた大木の陰に背を付ける。
微かに聞こえる声には聞こえないふりをして私は目を閉じた。
「レイラ、お待たせ」
「ん、お話しできた?」
「うん……全部、話してきた……最後に君を紹介したくて」
どれくらいそうしていただろうか、迎えにきたアデルに再び手を取られ墓前に戻る。
先程より綺麗に整えられた墓石に再び祈りを捧げた。
「……母さん、僕婚約したんだ……さっき言った僕の命を救ってくれた子だよ」
「……初めまして、レイラーニ・スコットと言います……直接お会いできないのが残念ですわ」
この世界に写真や動画と言ったものはない。近しいものでは魔法を使った映像再生等はあるがまだ魔道具化されていないため、基本的には肖像画が一般的である。しかしそれも貴族以上しか普及しておらず、きっと彼女の姿を示すものはこの世には存在していないのだろう。
「レイラだけには、母さんがつけてくれた僕の本当の名前を知っていて欲しいんだ」
「……いいの?」
「うん、すっかり今の名前に慣れちゃったから変な感じだけどね……僕の名前はアミアス、心の奥にでも閉まっておいてくれたら嬉しいな」
「……愛されたもの、か……貴方は沢山の愛情を貰っていたのね」
「……そうだね」
何かを懐かしむような微笑みにそれ以上私は何も言えず、代わりに彼の手を取った。
そのまま静かに時間を過ごした後、また来ることを告げ墓地を後にする。
どうか私たちの行く末を見守ってほしいと彼女に願いながら。
お読みいただきありがとうございました。
全5話の予定です。




