お試し期間【ダニエル】
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません
一ヶ月が経ち、次はダニーの番であったのだが私自身の気持ちの切り替えのために三日ほど猶予を貰った。あの馬鹿げた提案をした私を全力で止めて欲しい。乙女ゲーでもあるまいし、気持ちはそんなに簡単に切り替えられないのだと知った。しかし始めてしまった上、全員と誠実に向き合うためにもこの猶予は必要であった。
「ごめんね、急に日程遅らせて」
「気にしないでください、改めて今日からお願いしますね」
ギルと同様迎えに来てくれたダニーと一緒に登校する。
側近としての仕事も忙しいはずなのにいったいどこでこの時間を確保しているのか。
「あぁ、今だけは側近の仕事を最小限にしているんです……殿下に婚約者を口説き落とすまではそちらを優先でいいと言われているので」
「なっ……?!」
求めていた答えが返ってきたので口に出ていたのかと焦ったが、それ以前にその内容に驚きが勝った。
「で、殿下に話してあるの……?」
「えぇ、快く送り出してもらえました」
にこりと笑う彼にそうなんだと棒読みで返す。まさかこんなとんでもない事情を一国の王子が知っているとは思うまい。殿下からの私の印象は最悪ではなかろうか。
「そう言うわけですので時間のことは気にしないでください……ボクのことを気遣ってくれたのでしょう?」
「……そう?でも無理はしないでね」
「えぇ、それに今のボクの優先順位はレイラが一番上ですから」
嬉しそうに微笑む彼にそれ以上何も言えなくなる。
それ以降はいつもと変わらない、他愛もない話をしながら一日が過ぎていった。
数日過ごして分かったのだがダニーは人の目をかいくぐるのが上手く、自然と私の傍にいる時間が長かった。
校内では疑われないよう接触を控えめにするようにお願いしていたが、作業の延長で一緒にご飯を食べたり、さりげなく手伝いを頼まれて同じ時間を過ごしたり、その間で人目が無ければしっかりと自分をアピールし私を褒めてくる。慣れているのか、器用なのか、最早感心するほどの手腕である。
「……なんか慣れてる?」
「…………え?」
今日も今日とて成り行きで一緒にお昼を食べているのだが思わず口にした一言にダニーは食べていたサンドイッチをボトリと落とした。幸い籠の中に入りサンドイッチは無事だったがそのまま固まった彼の顔色が赤くなったり青くなったりしている。
「ど、どうしたの……?大丈夫……?」
「あ……い、嫌でした、か?馴れ馴れしくし過ぎました……?」
不安がありありと見える彼の様子に何も考えずに言った一言が原因だと考えなくても分かり、どうしようかとこちらも狼狽える。彼は膝に置いた籠を避け私の手を両手で握った。
「誓って……!誓って、レイラ以外の人と関係があった訳ではありません……!ボクは、彼らと違い気軽に貴女の家に行けるような関係性ではないので……どうしても一緒に過ごせる時間の長い学校で距離を縮めたくて……!!で、殿下にご教授いただいた知識で……貴女との時間が取れるようになったので……つい……それだけなんです……!」
「ご、ごめん!こっちこそごめん!違うの、別に慣れてることを指摘したかったわけじゃなくて!私の中のイメージと雰囲気が違かったから気になっただけなの……!」
眼鏡の奥に光るものが見えて後悔が一気に押し寄せる。
どうにかダニーを落ち着かせると先程の発言の中で気になる事を聞いてみることにした。
「殿下にご教授いただいた知識って言うのが、貴方の今までの行動ってこと?」
「はい……さりげなく自分の傍に居させるためのやり方だそうで……」
ダニーの話を聞く限り、本当に殿下が助言した通りに行動しただけだった。そこに元来の器用さや自身の落ち着いた言動も相まって私は慣れているように見えてしまったのだろう。この歳でそんなことを知っている殿下も、自然にそれが出来てしまうダニーにも末恐ろしいものを感じてしまった。
「……分かった、改めてごめんね、別に今までのダニーが嫌とかじゃなくて純粋に疑問に思ってしまったの……あまりにもスマートだったから」
「……それは、上手くやれていたということでしょうか?」
「うん、びっくりするぐらい自然だった」
「……でもこのボクのことはあまり好きではなさそうですね」
「そんなことは……多分慣れてないだけだと思う」
私の言葉に下を向いた彼は何かを決意したようにまた顔を上げた。
「レイラ、次の休日ボクに時間をくれませんか」
「えっ?いいよ、予定もないし」
「ありがとうございます……もっとボクらしく貴女にアピールしたいと思います」
笑う彼に先程までの落ち込んだ様子はなく安心するとともに、何があるのかと次の休日に思いを馳せた。
「いらっしゃい、お会いできて嬉しいわレイラーニさん」
「お初にお目にかかりますルーペン侯爵夫人、レイラーニ・スコットと申します……ダニエルさんにはいつもお世話になっており……」
私は何故かダニーの屋敷で彼の母親と対面していた。
表面上取り繕ってはいるが笑顔が引き攣っている彼の様子からこの鉢合わせは予想外だったらしく、私も急なことで挨拶が正しく出来ているのかが不安でたまらない。しかしこちらの心配をよそに彼女はにこやかに話を続ける。
「そんなに畏まらないで頂戴……貴女には感謝しているの、この子がまた自分らしく過ごせるようになれたのは貴女のおかげなのだから」
「え……あ、いや」
「入学してから暫くの間は本当に辛そうで……髪を切ったり眼鏡をかけたりして漸く落ち着いたみたいだけど塞ぎこんじゃってね……そんな時に貴女に出会って……ふふ、楽しそうに貴女のことを話すのを……」
「お母様!!もういいでしょう!ボクたち行くところがあるんです!!」
「あら、ごめんなさいね……また会えると嬉しいわ、いつでも来ていいからね」
「は、はい……ありがとうございます……」
別れの挨拶もそこそこに私の手を引っ張るようにして歩き出したダニーの背を追いかける。一度振り返れば笑顔でこちらに手を振って彼の母が見送っていた。
屋敷の前に付けていた馬車に乗りこむとダニーが私に頭を下げる。
「すみません……!まさか母がいるとは思わず……」
「ううん、びっくりしたけど挨拶出来て良かったよ……事前に知ってたら尚よかったけど……」
「その……あんまり母が言ったことも気にしないでいただければ……」
「……私のことをどんなふうに話していたかだけは気になるんだけど」
「うっ……決して変なことは……素敵な女性に会えたと、伝えただけです」
「へ……」
顔を染めながら言う彼につられて私の頬も熱くなっていくのが分かる。
すんなり教えてくれるとは思わなかったがまさかそういう言い回しが返ってくるとは思わず、完全に面食らった私はそのまま黙ってしまった。
「……もしかして照れてますか?」
「……ちょっと予想外の返答だったから……」
私の様子に気づいたダニーが指で頬に触れ、漏れた声にそちらに視線を動かす。
「なんで笑ってるの」
「……いえ……ちゃんとボクのことを意識してくれているんだとわかったら嬉しくて」
先程まで同じように顔を赤くしていたというのに、この一瞬で彼には余裕が生まれたようだ。嬉しそうに細められた瞳に見つめられるのがくすぐったく視線を逸らして話題を変える。
「そう言えばどこに向かってるの?」
「領地にある植物園です……今日は定休日なので貸してもらいました」
人目もないですしのんびりしましょう、という彼に頷いて暫く馬車に揺られた。
お読みいただきありがとうございました。




