7話 狂人令嬢
数日後。ヒルデ嬢から問い詰められるも、証拠不十分で私を訴えることはできなかった。
彼女のあの悔しそうな顔。思い出すだけで口角が上がってしまう。
窓際で羽を休める小鳥を見つめながら、優雅に紅茶を嗜む。すると、ノックの音が数回聞こえた。
「ペリュン嬢、少しいいですか」
自室の扉が開き、銀髪が向こう側から覗く。私は紅茶のカップを置いてから、椅子の上で足を組んだ。
ルシオンはそれを了承と捉えたのか、部屋の中に一歩踏み入った。
「何の用です?」
「社交界が荒れているので何とかしろ。と、オルヴィエ殿下から手紙が届きました」
殿下の名前が出た瞬間、私は額に手を当てた。
(何よ、もう婚約破棄したんだから関係ないじゃない)
ルシオンは空気を読んだのか読んでいないのか、少しだけ首をかしげている。
「荒れてるって、どういう風に?」
「リリアーナ嬢に嫌がらせをし、婚約破棄で箍が外れた"狂人令嬢"が暴れている。と」
ふぅん、と鼻を鳴らしてから、ルシオンを一瞥した。
「狂人令嬢、ねぇ。私にぴったりですわ」
思わず、喉の奥を震わせて笑いをこぼした。
——いいじゃない、狂人。
何をしても「そういう人」で済むなんて、こんなに便利な肩書きはありませんもの。
私は椅子の上で足を組み替え、頬杖をついた。それから、ルシオンにこう問いかける。
「ねえ、ルシオン」
「はい」
「狂人って、どこまで許されると思いまして?」
彼は視線を天井に移し、少しだけ考える素振りを見せた。数秒の間があってから、いつも通りの声で答える。
「許されません」
「そう、許されないのね」
椅子から身を乗り出すと、ルシオンはまた首を傾げる。
「ですが、止めるのが俺の役目ですので」
「……そう」
私はすっと立ち上がり、スカートの裾を払った。心臓が妙に高鳴っている。
「じゃあ決めましたわ」
「何をですか」
一拍間を空けてから、演劇のように宣言する。
「私、狂います」
「すでに狂っているかと」
「……うるさいですわね!!」
びしっと指を突きつけても、ルシオンは微動だにしない。その反応が気に入らなくて、私はさらに声を張り上げた。
「いいこと? これから私はもっと、もっと! 誰も止められないくらいに暴れますわ!」
「了解しました」
淡白な反応に、私はがくっと肩を落とした。
「止めなさいと言っているのよ!」
「……止めるのか止めないのか、どちらでしょう」
「両方ですわ!!」
自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。でも、それすらどうでもよくて。
私はくるりと踵を返し、扉へ向かって歩き出す。
「さて、何から壊しましょうか」
「物理的な破壊は推奨できません」
「比喩ですわよ!」
勢いよく扉を開けて、蝶板が軋む音と共に振り返るそこには、いつも通り無表情の男がいて。
——だからこそ、やりがいがある。
「ついてきなさいな、ルシオン」
「監視ですので」
「それ、便利な言葉ですわね……」
呆れ半分、笑い半分でそう言い捨てた。それから私は、声高らかに宣言する。
「狂人令嬢、本日より本格稼働ですわ!」
——その直後。
「まずは何をされますか」
ルシオンが私の宣言などなかったように、そう問いを投げてきた。
(雰囲気もへったくれもありませんわね……)
「ではまず、世界を揺るがす第一手を」
「はい」
「——お昼寝! まずは英気を養うわ!」
「了解しました」
——こうして、狂人令嬢の華々しい第一歩は、盛大に毛布へと沈み込むことで幕を開けた。




