↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/15

6話 光るキノコ


 ——その日の夕方。私はヒルデ嬢の屋敷まで向かった。といっても、近くまで馬車を走らせただけだが。


 手には麻袋が二つ。音を立てないようにして、屋敷の裏手に回った。


 裏手の塀には小さな穴があるのだ。草で覆われていて、警備も誰も気づいていない。


 私はそこから庭園に侵入した。服が枝に引っかかるし、虫は飛んでくる。快適な侵入ではなかった。


 隅っこにある草の影で、私はじっと機を待った。笑いを抑えるのに必死になりながら。


 やがて、日が沈んで辺りが完全に暗くなった。私は麻袋の紐をほどく。


 そして——おもむろに光るキノコを取り出した。


「ふふふ……幻想的にしてさしあげますわ……」


 庭園の土を掘って、キノコを突き刺して。ちょうどいい距離で地面を光らせていく。


 やがて、三分の一ほどが青白く光り始めた。花や草が照らされており、なんとも幻想的な風景が出来上がっている。


 次の穴を掘って、またキノコを植えようとしたその時——


「ペリュン嬢」


 錆びついたブリキのように振り返ると、そこには何故かルシオンが立っていた。


「何故ここにいるの……!?」


 小声でそう問いかけても、返事は帰ってこなかった。もう慣れたものだ。


「バレたら大変ですよ」


「バレなければいいんですのよ」


 キノコを地面に突き刺しながら、私は不適な笑みを浮かべる。


「それに、キノコを植えたくらいでは何も罰はありません。むしろ、私のセンスに感謝すべきですわ」


 そう言うと、ルシオンはゆっくり口を閉じた。諦めたのかと思い、私はまた土をいじり始める。


 しばらくの沈黙があってから、何かあたたかいものが頬に触れる感覚。


 横を見ると——ルシオンの手の甲が、私の頬に触れていた。


「……な、何ですの?」


「土がついておりました」


 彼は無骨な指で、頬の土をそっと拭ってくる。


(強面のくせに、こういうところは気を遣うのね)


 何て言えばいいのかわからなくて、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

「……別に、気にしなくてもよろしくてよ」


 そう言って顔を背けると、ルシオンは何も言わずに手を引いた。妙な沈黙が落ちて、夜風の音しか聞こえなくなる。


 ——なんだか、調子が狂うわ。


「それより、まだ終わっておりませんの」


 気を取り直すように、私はスコップを地面に突き立てた。ざく、ざく、と土を掘っていく。


「手伝います」

 

「結構ですわ」


「ですが」


「結構ですわ」


 ぴしゃりと言い切ると、ルシオンはそれ以上何も言わなかった。


 *


 ——数分後。気づけば彼は、無言で麻袋を持っていた。


「……何をしているの?」


「落としそうでしたので」


「余計なお世話ですわ」


 そう言いながらも、私はキノコを植える手を止めない。


 ——そして、最後の一本を地面に突き刺した瞬間。


「完成ですわっ……!」


 庭園のあちこちで、ぼんやりと光が灯っていた。青白く、淡く揺れている。


 花々の間を縫うように、幻想的な景色が広がっており、私は満足げに息をついた。


「綺麗ですね」


 ルシオンがぽつりと呟く。思わずそちらを見ると、彼は相変わらず無表情のままだった。


 でも、その黒曜の瞳が少しだけ輝いている気がして。


「……そうでしょう?」


 私は少しだけ、胸を張ってふんぞり返った。


 そのとき——


「な、なんですの、これは!?」


 屋敷の方から甲高い悲鳴が上がった。続いて、慌ただしい足音。


「出ましたわね」


 私はにやりと笑って、屋敷の音をよく聞いた。こちらへ向かってくる気配。


「逃げますよ」


「ええ、わかってますわよ!」


 踵を返して走り出した瞬間、ドレスの裾が枝に引っかかった。


「ちょっ——」


 バランスを崩した私の身体が傾いていく。次の瞬間、腕をぐいっと引かれた。


 ルシオンが強引に引き寄せて、そのまま私を抱き上げる。


「は!? 何を——」


「時間がありません」


 彼はそのまま軽々と塀の方へ走っていく。振動がお腹に響いてビリビリする。


「降ろしなさい!」


「無理です」


「無理ではありません!!」


 短いやり取りの間にも、背後から声が近づいてくる。


 来た時と同じ穴を抜け、外へ出た瞬間——ようやく私は地面に下ろされた。


(乗馬よりも怖かったわ……)

 

 私の呼吸が少しだけ乱れている中、ルシオンは平然としていた。予想はできていたけど。


「……成功ですわね」


「はい」


 返ってくるのはいつも通り、淡々とした「はい」だけ。


 けれど——


「綺麗でした」


 私はその言葉を受けて、ルシオンをチラリと見た。彼はいつもよりほんの少しだけ、柔らかい表情をしていた。


「……当然ですわ」


 私は鼻を鳴らして顔を背け、停めてある馬車の方へと歩き出した。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。