6話 光るキノコ
——その日の夕方。私はヒルデ嬢の屋敷まで向かった。といっても、近くまで馬車を走らせただけだが。
手には麻袋が二つ。音を立てないようにして、屋敷の裏手に回った。
裏手の塀には小さな穴があるのだ。草で覆われていて、警備も誰も気づいていない。
私はそこから庭園に侵入した。服が枝に引っかかるし、虫は飛んでくる。快適な侵入ではなかった。
隅っこにある草の影で、私はじっと機を待った。笑いを抑えるのに必死になりながら。
やがて、日が沈んで辺りが完全に暗くなった。私は麻袋の紐をほどく。
そして——おもむろに光るキノコを取り出した。
「ふふふ……幻想的にしてさしあげますわ……」
庭園の土を掘って、キノコを突き刺して。ちょうどいい距離で地面を光らせていく。
やがて、三分の一ほどが青白く光り始めた。花や草が照らされており、なんとも幻想的な風景が出来上がっている。
次の穴を掘って、またキノコを植えようとしたその時——
「ペリュン嬢」
錆びついたブリキのように振り返ると、そこには何故かルシオンが立っていた。
「何故ここにいるの……!?」
小声でそう問いかけても、返事は帰ってこなかった。もう慣れたものだ。
「バレたら大変ですよ」
「バレなければいいんですのよ」
キノコを地面に突き刺しながら、私は不適な笑みを浮かべる。
「それに、キノコを植えたくらいでは何も罰はありません。むしろ、私のセンスに感謝すべきですわ」
そう言うと、ルシオンはゆっくり口を閉じた。諦めたのかと思い、私はまた土をいじり始める。
しばらくの沈黙があってから、何かあたたかいものが頬に触れる感覚。
横を見ると——ルシオンの手の甲が、私の頬に触れていた。
「……な、何ですの?」
「土がついておりました」
彼は無骨な指で、頬の土をそっと拭ってくる。
(強面のくせに、こういうところは気を遣うのね)
何て言えばいいのかわからなくて、一瞬だけ言葉に詰まった。
「……別に、気にしなくてもよろしくてよ」
そう言って顔を背けると、ルシオンは何も言わずに手を引いた。妙な沈黙が落ちて、夜風の音しか聞こえなくなる。
——なんだか、調子が狂うわ。
「それより、まだ終わっておりませんの」
気を取り直すように、私はスコップを地面に突き立てた。ざく、ざく、と土を掘っていく。
「手伝います」
「結構ですわ」
「ですが」
「結構ですわ」
ぴしゃりと言い切ると、ルシオンはそれ以上何も言わなかった。
*
——数分後。気づけば彼は、無言で麻袋を持っていた。
「……何をしているの?」
「落としそうでしたので」
「余計なお世話ですわ」
そう言いながらも、私はキノコを植える手を止めない。
——そして、最後の一本を地面に突き刺した瞬間。
「完成ですわっ……!」
庭園のあちこちで、ぼんやりと光が灯っていた。青白く、淡く揺れている。
花々の間を縫うように、幻想的な景色が広がっており、私は満足げに息をついた。
「綺麗ですね」
ルシオンがぽつりと呟く。思わずそちらを見ると、彼は相変わらず無表情のままだった。
でも、その黒曜の瞳が少しだけ輝いている気がして。
「……そうでしょう?」
私は少しだけ、胸を張ってふんぞり返った。
そのとき——
「な、なんですの、これは!?」
屋敷の方から甲高い悲鳴が上がった。続いて、慌ただしい足音。
「出ましたわね」
私はにやりと笑って、屋敷の音をよく聞いた。こちらへ向かってくる気配。
「逃げますよ」
「ええ、わかってますわよ!」
踵を返して走り出した瞬間、ドレスの裾が枝に引っかかった。
「ちょっ——」
バランスを崩した私の身体が傾いていく。次の瞬間、腕をぐいっと引かれた。
ルシオンが強引に引き寄せて、そのまま私を抱き上げる。
「は!? 何を——」
「時間がありません」
彼はそのまま軽々と塀の方へ走っていく。振動がお腹に響いてビリビリする。
「降ろしなさい!」
「無理です」
「無理ではありません!!」
短いやり取りの間にも、背後から声が近づいてくる。
来た時と同じ穴を抜け、外へ出た瞬間——ようやく私は地面に下ろされた。
(乗馬よりも怖かったわ……)
私の呼吸が少しだけ乱れている中、ルシオンは平然としていた。予想はできていたけど。
「……成功ですわね」
「はい」
返ってくるのはいつも通り、淡々とした「はい」だけ。
けれど——
「綺麗でした」
私はその言葉を受けて、ルシオンをチラリと見た。彼はいつもよりほんの少しだけ、柔らかい表情をしていた。
「……当然ですわ」
私は鼻を鳴らして顔を背け、停めてある馬車の方へと歩き出した。




