5話 ヒルデ嬢
次の日のこと。私が昼食後の紅茶を楽しんでいると、メイドの一人が慌てて駆け寄ってくる。
「ヒルデ様が来ております」
その名前を聞いた瞬間——私は顔をしかめた。しわしわになるくらい。
「何故彼女が来ているの? 私のこと嫌いでしょう、ヒルデ嬢は」
「そ、それが——」
メイドが理由を言い終える前に、廊下の方から甲高い声が聞こえてきた。
「ペリュン嬢、いらっしゃるのでしょう? 会いに来てさしあげましたわ!」
(うるさいわね……)
ヒルデ嬢の声に続いて、くすくすと数人が笑っている気配がした。取り巻きも連れてきているらしい。
「応接室にいるのよね? 今から行くわ」
「か、かしこまりました」
ぬるくなりかけた紅茶を飲み干してから、私は立ち上がってドレスの裾を直した。
部屋の扉に手をかけた瞬間——
「いだっ!!」
向こう側から勢いよく扉が開けられて、私は額をぶつけてしまった。鈍い音が廊下に響く。
「あらぁ〜! ごめんなさいね、気づかなくって!」
ヒルデ嬢とその取り巻きたちが、赤くなった額を見て笑っている。ノックもしないで開けたくせに、反省している様子はない。
「……本日はどのようなご要件で?」
「ああ、そうでした。婚約破棄されたと聞いて、慰めに来ましたのよ」
(嫌な女すぎるわね)
引きつる口角を必死にキープしながら、彼女たちの話を聞いているフリをした。実際は、言葉が右から左に流れている。
「嫌がらせで王子殿下との婚約破棄だなんて、格が落ちましたのね」
限界を迎えようとしたその時——令嬢たちに影が差した。
「きゃあっ!?」
ルシオンがすぐ後ろに立って、令嬢たちをじっと見つめている。私はついに何かの糸がプチッと切れてしまった。
「ルシオン、いきなり後ろに立つのはおやめなさい!」
「……すみません」
謝ってはいるけれど、彼は一歩も引く様子がない。むしろ、私の後ろに移動してきて、完全に背後を取る形になる。
——鬱陶しい。けれど同時に、妙に頼もしい位置でもあった。
「あら……従者をつける余裕はまだあるのね?」
ヒルデ嬢が扇子で口元を隠しながら、値踏みするようにルシオンを見た。
「いいえ、私の監視役ですわ——残念でしたわね」
私は一歩前に出る。
「ノックもしない、事前に手紙も送らない。礼儀がなっていませんわね」
「な、何ですって……!」
「事実でしょう。今日はお帰りになってくださるかしら? うるさくて耳がちぎれそうですので」
ヒルデ嬢たちは納得いかない様子だったが、
「調子に乗らないことね、一人じゃ何も価値がないくせに」
と言って去っていった。
「……大丈夫ですか」
ようやく静かになった廊下に、ルシオンの低い声が響いた。私は振り返って彼を見る。
「何がよ」
「あの方々、香水がきつかったので」
私は目を見開いて絶句した。慰め……この男がそんなことするわけないが、少しでも期待した自分が馬鹿だった。
「……そうね。少し痛い目を見ないとわからないわ、ああいう手合いは」
「痛い目、とは」
ルシオンの問いかけに答えず、私はそのまま歩き出した。すでに心の中で答えは決まっている。
「内緒よ」
作戦は今夜決行する。絶対に後悔させてやる。
その思いを胸に、私は作戦の準備をしに温室へと向かった。
——ああ、夜になるのが楽しみね。




