3話 監視役
会場への道を戻っていき、城の廊下を歩いていく。半歩後ろをついてきている彼は、前しか見ていなかった。
「あなた、名前は?」
そう言えば聞いていなかったと思い、私は立ち止まって問いを投げた。少しの沈黙があってから、彼はようやく口を開く。
「何故です」
返されたのはそのひと言だけ。肝心の名前は教えてくれなかった。
「……ナゼデス、って名前じゃないでしょう。質問に答えてくださる?」
「ただの騎士ですので、名乗るほどではないかと」
会話が噛み合わないことに、私は額を抑えて盛大に息をつく。それから彼を見上げて、
「じゃあ私から名乗りますわ。私はペリュン・マルフレナ、伯爵家の長女です」
と自分から名乗った。彼は一瞬考えるような間を空けた後、小さな声で名前を言った。
「……ルシオンです」
その名前を聞いた私は、俯きかけていた顔を上げて彼をまじまじと見た。
ルシオン。その名を聞いた瞬間、どこかで耳にした記憶が引っかかった。——確か、奴隷上がりで騎士になったとかいう。
「なるほど、それであんなに強かったんですのね」
「……はい」
ルシオンはそれ以上語らず、私から目をそらした。
(まあ、語りたくない部分もあるでしょう)
私はそのまま何も言わずに歩き出す。半歩後ろをルシオンがついてくる。
先ほどと変わらない陣形だけど、空気が少し重く感じた。踏み込みすぎたかもしれない。
会場に戻ると、真っ先にオルヴィエ殿下が駆け寄ってきた。彼は怒りと困惑が綯い交ぜになったような、微妙な表情をしている。
「ペリュン! 勝手にいなくなるなんて……!」
こうなるから、ここに戻りたくなかったのに。ルシオンに目配せすると……彼は私を置いて壁際に行ってしまった。
(薄情者……)
「外の空気を吸うことの何がいけないのですか。それに、もう殿下との婚約は破棄しています」
「なっ……」
「つまり、あなたが何を言おうと私の勝手ですわ」
殿下がたじろいでいる間に、私は料理の並べられた机の方へ向かった。
周りの貴族たちは皆、軽蔑を超えて恐怖を感じているらしい。顔が引きつっている。
料理を吟味していると——机の上に飾られた薔薇が目に入った。上品な白色の花弁が、照明の光を受けて透けている。
「ちょ、ちょっとペリュン! 装飾をいじらないで!」
私が花瓶を持ち上げて移動させていると、オルヴィエがおろおろと周りをうろつきはじめる。
「こちらの方が美しいと思いません?」
白色の薔薇を並べ替えて、完璧に美しいと思える状態まで修正していく。殿下はそれを見て口を開いたが、何も言えなかったらしい。
「全く、誰です? こんな飾り方をしたのは。この花の魅力が半減していますわ」
向こうでリアーナが顔を真っ赤にして震えている。ああ、彼女が装飾を考えたのか。
と——
「ペリュン嬢」
またあの低い声がして、眉を寄せながら振り返った。案の定、そこにはルシオンが立っている。
「おやめください」
逃がさないでもなく、拘束するでもない、曖昧な力で。ルシオンは私の手首を掴んだ。
「嫌よ、やめないわ」
そう毒を吐いても、彼は表情を全く動かさない。真顔のまま、私の手をそっと引いた。
「棘で手が傷ついてしまいます」
手元を見てみると、水滴ともう一つ——小さな赤い線があった。
ルシオンは水滴を払うように私の手を撫でてから、紺色のハンカチを乗せた。
「……あ、ありがとう」
彼は小さく頷いてから一歩下がる。場の雰囲気は少々おかしなものに変わっていた。
その空気を、立ち尽くしていたオルヴィエが割った。
「ペリュン、君に——監視役を一人つけることにする」
「……はい?」
王子殿下はいつもそうだ。おどおどしているかと思えば、嫌な言葉を的確に言ってくる。
「待ってくださるかしら、何故監視役を」
「君が何をやるかわからない。だから監視する」
(せっかく解放されたのに……!)
「嫌です。私、危険なことはいたしませんもの」
私は腕を組んでそっぽを向いた。完全に拒否する態勢に入る。しかし、彼のひと言で全てが覆される。
「証明できないだろう。だから——ルシオン。今日からペリュンの監視役を命ずるよ」
——は??
「……俺、ですか」




