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12話 調子が狂う


 嵐のように来て、嵐のように去った父上。そんな波乱の日であっても、お日様は沈んでまた昇る。


 翌日になり、私は朝日を浴びながら目を覚ました。誰もいない広い部屋で、大きなあくびを一つ。


 それから立ち上がろうと横を向いて——


「おはようございます」


「ぎゃ!!」


 ルシオンの顔面が、私のすぐ横にあった。


「なんなんですの! レディの部屋に勝手に入って、寝起きの顔まで見て……!」


「すみません」


 私は髪の毛で顔を隠した。鳥の巣みたいになっているが、顔を見られたことの方が恥ずかしい。


(……ん?)


 私は、ふと思ってしまった。


「ルシオン」


「はい」


「あなた、まさか——あくび、見た?」


 赤毛の防壁越しに、ルシオンへそう問いかけた。彼が首をかしげる気配がする。


「はい、見ましたが」


「破廉恥!! この破廉恥騎士!!」


 枕やクッションを手当たり次第投げつけた。どうやら彼には、乙女心というものが全くわからないらしい。


「は、破廉恥……」


「そう! とっても破廉恥だわ!」


 顔が、主に頬がとんでもなく熱い。そもそも、あくびだけでなく寝顔も見ていた可能性がある。


 女性の寝室に無断で入るなんて、ルシオンの思考回路はどうなっているというのだ。


 と、ヤケクソになっていると——クッションが一つ、ルシオンの顔面に直撃したらしい。ボフッ、という柔らかい音がした。


「んぶっ」


 私は髪の毛から顔を出してみる。案の定、顔がクッションになっているルシオンがそこにいた。


 クッションが重力に従って、ずるっと落ちた。彼はパチパチと瞬きを繰り返している。


「……ふ、ふふっ」


 ハトが豆鉄砲を食らったようで。いや、実際にはクッション鉄砲だけど。


 それが、ちょっとおかしくて。


「……何故笑うんです」


「だって、だって……あははっ……!」


 私は笑った。おなかを抱えて、涙が出るほどに。淑女とはほど遠いような、そんな笑いだった。


(こんなに笑ったの、いつぶりでしょうね)


 ふと、ルシオンが黙っていることに気づいた。不思議に思い、そちらを向くと——


「ペリュン嬢」


 珍しく、ルシオンの表情が動いていた。


 眉をきゅっと寄せて、少し頬をぷくっとさせて。拗ねた子どもみたいになっている。


「ルシオ——」


 私が彼に話しかける前に、彼の手の方が先に動いた。私の頬に、あたたかくて少し硬い感触。


「……えっ」


 ルシオンの手のひらが、私の頬に触れていた。


「やっと、顔を見せましたね」


「ちょっと、何して……」


「寝起きでもお綺麗ですね、ペリュン嬢は」

 

 私は石像のように固まった。頬に触れている彼の手が、今は冷たく感じる。これは……私の頬が熱すぎるのね。

 

「……あなたねぇ」

 

「はい」

 

「朝から、そういうことを平然と言うのはおやめなさい」


 彼にそう言うと、また首をかしげて不思議そうにする。

 

「何故ですか?」

 

「何故って……」


 何か言おうとして、何も出てこなかった。こういう時、どう返すのが正解なのだろう。

 

 昔なら、淑女らしく微笑んで軽く受け流していた。けれど今は——

 

「……調子が狂いますわ」


 結局、出てきたのはそんな一言だけだった。


「それは、申し訳ありません」

 

「本当にそう思っていらして?」

 

「はい」


 まだ少し頬が膨れている。普段の無表情からは考えられない、子どもみたいな表情。なんだか、そんな顔を見ていると……心がむずむずする。 

 

「では、その顔をやめなさいな」

 

「……どんな顔ですか?」

 

「……もうっ! 知りませんわ!」


 私はルシオンの手の中から抜け出した。そして、跳ねるように布団から飛び降りる。

 

「今日は何かしますわよ!」

 

「何を?」

 

「ふっふっふ……」


 私は声高らかに、彼へ告げる。


「——ボートですわっ!」



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