05話 忘れていた真実 ②
伸ばした手が届くその前に。
「おまたせ、今日は焼き魚定食。ご飯は大盛りにしといたから。ゆっくり食べて」
笠井ばあちゃんがトレーに乗せた定食を僕の前に置く。
そのタイミングで、朝霧めぐみはアルバムをすっと引いた。
僕が睨み返しても、素知らぬ振りで、「ばあちゃん。僕には?」と言う。
「あんたは、さっき食べたでしょ」
と言って、笠井ばあちゃんは離れていった。
「とりあえず、食えよ。温かいうちが一番美味い」
「言われなくても」
割り箸を手に、食べ始めた。
美味しいはずの焼き魚も、店自慢の味噌汁も喉を通るだけで、味覚は感じられない。
感じるのは、彼が椅子の横に置いたアルバムに持っていかれていた。
「ゆっくり食べなよ。喉に詰まらせるよ」
言われ直後、咳込んだ。
無理に飲み込んだご飯が喉に詰まった。
「ほら、お茶。卒業アルバムは逃げないから。落ち着きな」
そう言いながらコップにお茶を注ぎ、「ほら」と言う。
彼の手から強引に奪い取ると、一気に飲み干した。
ボルテージは、収まるどころか激しく燃えたぎる。
「食べている間に、一つ話をしよう」
彼は、テーブルの下で足を組み直し、椅子に背を深く預けた。
「いらない。黙ってろ」
「おいおい、つれないこというなよ。だったら、聞き流してくれ」
口角をすっと上げると話し始めた。
「朽木静香。琴音ちゃんのお姉さんだ。どうして未来に行きたかったか、知ってる? どうせ、会ったんだろう? 理由を聞いたかい?」
僕は箸を動かすだけで、無視をした。
三が日、静香さんは僕の元の家に住んでいた。
今思えば、偶然なんかじゃない。
そこで見つけた金属の爪切り。
これも必然だったのだろう。
「琴音ちゃん、交通事故で亡くなったんだ。中学三年生の時だったよ。季節外れの大雪に、凍結した路面でスリップした車に突っ込まれてね。数年ぶりの大雪だった。慣れないドライバーは、運転操作を誤ったらしい」
僕は一瞬、箸を止めた。
それだけだった。
なんとなく、理解していた。
それでも言葉に出されると、頭で理解していたものが心に突き刺さる。
「あら、リアクション薄いね。まあいい。それでね、琴音ちゃんのお姉さん——静香さんが僕に言ったんだ。『妹が生きている未来に行きたい』ってね」
箸の先から、焼き魚がこぼれ落ちた。
見過ごせなかった。
「適当なこというな。静香さんが、言うわけ……」
「ん? 最後が聞こえなかったけど?」
心当たりが無いわけではない。
静香さんに会った時、彼女は幸せそうだった。
彼氏さんと一緒に住んで、妹のことも話していた。
「嘘かどうかは、僕を信じてもらうしかない。第一、僕が嘘をつく理由がない」
「……っ」
腹立ち紛れに席を立つと、食べ終わったトレーをカウンターに戻した。
「ばあちゃん、ごちそうさま」
「はーい。お腹いっぱいになったかい?」
「美味しかったです」
席に戻ると、お茶を再び一気飲みしたあとに、手を突き出した。
「見せてくれ」
いいよ、と気軽に応えるその態度が、気に触る。
僕が嫌がることを知っている。
口を真一文字に結び、罵声が出ないように堪えた。
「彼女のページは……。余計なお世話だった、すまない・自分の目で確かめてくれ」
彼を無視してページをめくる。
クラスの集合写真、その次がクラスの顔写真。
たぶん、どのクラスにも、居ないはず。
素早くめくると、終わりの方にあった。
『メモリアルページ』
三年生の生徒全員が写った写真。校舎の上から、中庭に向けて取られていた。
一人ひとりは小さいが、僕はすぐに見つけ出した。
息を飲む。
分かっていたこと。
それが目の前に、現実として横たわる。
周りは大人びているのに、一人だけ時間が止まったままの別枠写真。
そこには、笠井淳子の顔写真があった。
「ね、言ったでしょ?」
悔しいが、朝霧めぐみの言ったことは正しかった。
彼女を元に戻すことは出来ない。




