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03話 賄賂の大切さ

 

 デッサンを描きながら、大須賀乃愛が口を開く。


「先輩、どうして朽木先輩と仲が悪いんですか?」


 喋るか、描くかどっちかしなさい。

 といえば、きっと喋る方を取る。

 言わなくてもそうするだろうけど。


「去年、朽木先輩の意見を無視して絵を完成させて、それでね」

「ふーん。それは前に聞きましたけど、そんなことで怒ります?」

「さあ、ね。僕は知らないよ」


 くるっと椅子を回して、背後にいた僕に向き直る。


「さては先輩。朽木先輩に」

「なんだよ」


 彼女は目を細める。


「お菓子あげてないでしょ?」

「はぁ?」

「まったく、女心を分かってない。朽木先輩って甘いもの大好きなんですよ。ちゃんと買って渡してください」


 ちょっと驚いた。

 ゴミ箱にお菓子の箱が入っていたのはそれでか。

 大須賀乃愛は、手伝ってもらう代わりに賄賂を渡していたわけか。


「今度しておくよ」

「じゃあ、私の分も買ってくださいね」

「はいはい。さあ、手を動かさないと終わらないよ」

「はーい」


 再び椅子を回すと、描き始めた。


 彼女が今、手を動かしている絵は、9月の文化祭で展示する作品。


 題名は、積乱雲の切れ間から差す光線。

 重く垂れ込めた雲の隙間から、海面に向かって幾筋もの光が突き刺さる「天使の梯子」。


 どうやら構図を決めかねているようだった。

 さっきから同じところを行ったり来たりしている。

 天使の梯子で思いつくのは、海を背景に、という感じだろうが、普通過ぎると却下された。


「暗雲からの光り、っていうのが嫌なんだね?」


 大須賀乃愛は、キャンバスに向いたまま、「そうなんです。ありきたりな気がして」とペンをぶらぶらとさせる。


「ありきたりは嫌なの?」

「うーん。私、先輩みたな絵が描きたいんです」


 彼女は、ペン先を天井付近に飾られた一枚の絵を指す。


「羽を休める薄紅色の蛾。古びた漆喰の壁に、本物の標本のように静止した、繊細な鱗粉を持つ蛾」


 題名と説明文を読み上げてから、


「相沢先輩の絵、素敵ですよね」


 ひとり頷きながら、


「一見すると怖いイメージだけど奥が深いっていうか、色使いもバッチリ! 先輩って部屋もそうだけど、モノクロ好きなんですよね。私もこんな絵が描きたいです。先輩、アイデア下さいよ」


 もう泣き事かい。


「まだ夏休み前だよ。今から根を上げてどうする」

「えー、だって私、来週からピアノのコンクールの練習しなくちゃいけないんですよ」


 僕は、ため息をついた。


「じゃ、どうして立候補するの。むちゃくちゃだな」

「だって……」


 再び椅子をくるりと回し、こちらに向こうとするのを、手で押し返してキャンバスに向かわせる。


「それに、朽木……先輩が描いてくれた構図はどうするの?」

「そこなんですよね。ちょっと私の趣味じゃないっていうか。波長が合わないっていうか」


 黙っていたら、まだ続きそうだったので、口を挟んだ。


「海底都市に、上から下まで貫く一本の光の柱。大小さまざまな魚が泳いで、背景は暗めにしておけば光の柱も上手くんじゃない?」

「やっぱり先輩凄いです! 私のイメージとぴったりです。それ、頂きます!」


 急にペンを走らせはじめた。

 現金なやつだ。


「じゃ、それで構図ができたら、呼んで。外にいてるから」

「はーい」


 キャンバスに向かって返事をする彼女を置いて、部屋を出た。



 僕は急ぎ足で、奥の書庫を目指す。

 ここには歴代の卒業アルバムが保管されている。

 普通なら、カウンターで手続きが必要だが、文化祭の手伝いという名目で、誰もいない図書室に入ることが出来た。

 ある意味、大須賀乃愛に感謝だ。


 書庫の年代を遡る。

 すぐに見つかり、


「あった」


 前回、閲覧を希望したが、カウンターで断られたことを思い出し、誰もいないのに口をきつく閉じた。


 引き出しをあけて、目的のアルバムを探す。


 1989年、彼女は一年生。

 探すのはそれから三年後の、1991年。

 年代順に並べられた卒業アルバム。

 背表紙から、目的の……。


「ない?」


 1990年と1992年。

 その間が抜けていた。


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