17話 はじまりの場所
自転車を取り、必死に漕いた。
頬に流れては、暑さで乾く。
行く場所は決まっている。
確信はない。
でも確実にいる。
「あいつはいつだって例外だったんだ!」
少し考えれば分かったのかも知れない。
僕がもう少しだけ冷静でいられれば。
そう思うと悔しくて、涙がこぼれる。
店が見えた。
おばさんが、店の前を掃除している。
「お、おばさん。あの……」
「こんにちは。あら、ひとり? 淳子と一緒だと思ったのに」
自転車を降りて、息をつく。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「今、店に誰かいますか?」
「今? 誰もいないわよ。お昼前だからね」
見れば引き戸には、まだ準備中の文字。
「そ、そうですか。それじゃ入り口のテーブルにいつもひとりで座っている男の人、見ませんでしたか?」
「入り口のテーブル? ああ、彼のことね。今日は、まだ見てないけど」
おばさんの説明で、確信に変わる。
今日は、ということはいつも来ているということ。
彼はこの世界、過去の世界にもいる。
やっぱり、朝霧めぐみだ。
「太郎ちゃん、目が赤いわよ。あっ、淳子に虐められたの?」
僕は慌てて目を擦り、「ち、違います。埃が入って」それで、と誤魔化した。
再び自転車に跨ると、「また来ます」と言い残し走り去った。
残りは一つ。
頭上から容赦なく陽が降り注ぎ、影を消す。
すべてが照らされ、輝く中を、僕は前に進んだ。
いくつかの角を曲がり、見えてきた。
真新しい団地が並ぶ。
その一角に僕の家がある。
階段を駆け上り、ドアに手をかける。
鍵は閉まってないはず。
ノブを回すと、簡単に開いた。
無言で玄関に入る。
爪切りの暖簾。
廊下に飾られた異質な暖簾が、来るものを足踏みさせる。
なのに、僕は踏み込んでしまった。
それすら、彼が仕込んだ罠だったんじゃないかと、疑ってしまう。
「いらっしゃい。待ってたよ」
僕と同じ声が、ダイニングから聞こえた。
無言のまま、靴を脱ぎ、歩く。
はじめてこの家を訪れた時と同じだった。
四角い箱。
その何もない空間に、彼はひとり、窓に向かって座っていた。
「やあ、早かったね」
僕はつかつかと近づき、座っている彼の胸ぐらを掴んだ。
「どういうつもりだ!」
怒りが押さえられない。
でも、暴力は嫌いだ。
それでも許せない。
人の気持ちを弄びやがって。
今すぐに、こいつの顔を殴りたい。
初めて感じるこの怒りに、僕の腕は震えた。
「まあ、落ち着けって。話を聞いた後でも、殴れるだろう?」
いつも彼だった。
のらりくらりと躱す。
彼は僕の手を握ると、元に戻した。
「ほら、座りなよ。懐かしいだろう」
従うのは癪だったので、壁に背を預けて立った。
「理由をいえ」
「言葉が少ないね。わかったよ。君には聞く権利があって、僕には話す義務があるからね」
朝霧めぐみ——彼の口から信じられない言葉が飛び出した。




