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15話 嬉しさと、危機感

 

 夏。

 蝉が鳴いている。


 このまま、別れるわけにはいかない。

 もうこれしかない。


「ぼ、僕も協力するよ」

「はぁ? 協力ってなに?」


 そう、彼女の傍に居る方法はひとつ。

 彼女の絵の制作に協力する。

 爪で描く絵は、自分の爪だけは時間がかかる。

 今からだと、ぎりぎり間に合うかどうかだ。


 十本より二十本。

 その方がいいに決まっている。

 そして、僕の爪が混ざることで、違う効果が生まれるはずだ。

 ひとりじゃない。

 僕がいるのだから。


「君、名前は?」


 いつの日か、耳にしたフレーズ。

 込み上げる熱いなにかを抑えつつ、


「あ、相沢太郎です」

「相沢……相沢くん」


 少し遅れて二度繰り返し、僕から視線を外してこう言った。


「うん。あと一つで完成するわ」


 全く同じだった。

 デジャヴでも既視感でもない。

 あの頃の、僕たちの出会いを完全再生していた。


 それと同時に、完成するという言葉に、血の気が引いた。


 九月まで、あと二ヶ月。

 まだ時間はあったはずだ。


 一緒に入れるという嬉しさと、危機感を同時に感じ、握ったハンドルが汗ばんでいた。


 無言のまま歩いた。

 否定も同意もない宙ぶらりんのまま、学校に着いた。


 僕の知らない高校。

 高校名は知っている。だが、校舎はまるで違っていた。

 木造建築で、正門から眺める限り、校舎の数も多く見えた。


「自転車は駐輪場に置いて来て。その辺に置くと怒られるから」


 指を指された先に、屋根付きの自転車置き場が見えた。

 正門は開け放たれ、守衛もいない。

 昔のセキュリティに首を傾げながら、自転車を置き、彼女の元に戻った。


 遠くから運動部の掛け声が聞こえる。

 この時代、汗をかいても、水を飲めなかったんだっけ?

 根性と気合で乗り切る。

 精神論が第一だった世界だ。


「ほら、ぼーっとしてないで。行くよ」


 彼女は僕の手をスッと取る。

 一瞬、引きそうになったが、そのままでいた。


 再び込み上げるあの日の思い。

 手をつなぎ歩いた日々が、もう懐かしさに変わろうとしている。


 僕は歯を食いしばり、表情を見られないようにうつむいた。


「ちょっとここで待ってて。鍵取ってくるから」


 どこかの校舎。

 三階まで上がったのは覚えているが、建物自体が変わっているので、何処に居るのか分からなかった。


 奇数の階というだけで、ムズムズするのは過去でも同じだった。


 ひとり、廊下で待つ。

 歩けば軋む床。

 鉄を使っているのは窓枠くらいで、あとは全部木製だった。


 不思議と暑くはなかった。

 理屈は分からないが、コンクリートとは違うことだけは分かる。


 廊下側の窓を開ける。

 蝉の鳴き声に負けじと、運動部の掛け声と吹奏部の楽器が、耳に飛び込んできた。


 少し落ち着きを取り戻し、ふと考えた。


 時代は違っても、日付と時間は、おそらく同じ。

 変わっているのは、状況。

 なぜ僕は、父と母が出会う遥か前に戻ったのか。


 しかも中学生。


 あれこれ考えているうちに、ある仮説に行き着いた。


「もしかして、僕の心象が、世界に影響している?」


 そう考えれば納得もできる。

 時間を遡るうちに、僕は無意識に願ったのかも知れない。


 父と母が離婚する前に、戻りたい、と。

 離婚して、はじめて失った寂しさ。


 そう言えば、朽木静香も未来に願った。

 妹が生きている世界をと。


 散らばった点がゆっくりと集まりだした。


 風に当たりながら、遠くを見つめた。


「お待たせ」


 背後から声が聞こえて、振り向いた。

 ドアに鍵を入れて、開ける。


 最初に感じたのは、油絵の絵の具の匂いだった。


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