13話 三人家族
トーストとハムエッグ。
朝食の母の定番。
数年ぶりの手料理を食べたというのに。
「意外と冷めてるんだな」
感傷も感慨も、食器の汚れと共に流れていく。
ダイニングテーブルで、時間を潰す。
今後の行動予定が、頭に入ってこない。
やることは決まっているのに、体が動こうとしない。
蝉の声が、騒音レベルにうるさかった。
「昔って、蝉も元気だったんだ」
一度、部屋に戻って確かめた。
教科書も、名札も、健康診断の紙も、すべてが僕を中学生だと示していた。
ぼーっとする頭に、容赦なく叩きつけてくる鳴き声を聞いているうちに、ふと視線が落ちた。
テーブルの上。
「あ! これだ」
目に入った、五百円硬貨。
手に取った瞬間、体が動き出す。
部屋に戻ると、急いで着替えて飛び出した。
当時は一戸建てに住んでいた。
ガレージに行くと、無意識に自転車に跨る。
笠井ばあちゃん。
離婚後に父と二人で引っ越した先で、通うはずだった定食屋。
なぜそうなるかは、考えなかった。
中学生の僕が、高校生に出会うには、これしかない。
同じ名字に賭ける。
蒸し暑い夏。
僕は、希望を胸に風を切っていた。
町並みは、いつかテレビで見た風景。
ノスタルジックとは思わないが、懐かしさのような雰囲気は僕にでも感じた。
古いのと違う。
コンクリートではない、温かさ。
暑いはずの空気も、嫌じゃない。
「あった!」
この時代、店の佇まいは風景に調和していた。
自転車を止めて、駆ける。
引き戸には、準備中の札。
構わず手を掛けた。
「ばあちゃん!」
立ち漕ぎできたせいで、息が上がる。
前かがみのまま叫んだ。
両手を腰に当てたときだった。
下げた視線の先に、足元が見えた。
あ、しまった。
謝ろうとしたが、遅かった。
「だれが、ババアだよ。少年!」
顔を上げた先に、見慣れた面影があった。
「お、おばちゃん、じゃないよね……?」
「あなた、さっきから失礼じゃない? ババアの次は、おばちゃんだって?」
第一印象は、最悪の部類に入るだろう。
レッドカードを通り越して、炎上級だ。
笠井淳子との出会いは、レベルゼロから始まったのだった。
息を整える暇もなく、彼女がにじり寄る。
「で、なに? 表の札見えなかった?」
上から目線。
え、僕より高い?
まさか、身長まで縮んでいる?
頭を抱える。
おいおい、どこまでリアルに再現してんだよ。
っていうか、1989年。
僕、生まれてないんですけど?
なぜだ、なぜこうなった。
三十八年前に戻った。
成功。
両親が離婚する前。
許容範囲。
父は今、四十六歳。
三十八年前、
「はっ、八歳じゃないか!」
思わず唸った。
時代が錯綜している。
父も母も八歳。僕より年下、小学生?
「ねえ、さっきからなに? 今度は、私が八歳だって? 馬鹿にしてんの?」
「どうしたの? 大きい声出して」
奥から声が聞こえた。
厨房から現れたのは、母と同い年くらいの女性。
今度こそ、見覚えがあった。
「か、笠井ばあ……」
「ん? 誰がババアだって?」
口は災いの元だった。




