11話 なかったことにする
「僕の推理には一点だけで、欠点がある」
朝霧めぐみはもう分かっているのか、頷きも否定もしない。
「それに、これから説明内容は君にしか出来ない。協力してくれる?」
互いの目線が、交差し合う。
蝉の鳴き声も耳に入らないほど、互いに集中していた。
堰を切ったのは彼だった。
「俺は責任取れないよ」
「わかってる」
「わかってるならどうして。他にも方法はあるだろう。俺が目指した世界だって」
僕はゆっくりと首を振る。
「だったら。無理なことをいうな。認められない」
声を荒げるが、僕は揺るがなかった。
彼からすれば、無謀にしか見えないのだろう。
だが、こうなってしまった責任は僕にある。
「観察者のひとりが、過去に戻る」
僕は一度言葉を切った。
「そして、はじまりの絵を——なかったことにする」
僕は口にした。
観察者が二人いるのだ。
絵が原因なら、その対象を除けばいい。
「要するに、猫を救出して、シュレディンガーの犬だか、鳥にするってことだろう?」
「犬も鳥も嫌だけど、そうならない世界を僕は選びたい」
彼女が自殺しない世界を選ぶ。
それが僕の責任で、彼女の幸せでもある。
「わかった。もしそれが可能だとして、どうして俺が出来ると思うんだ?」
「君は、琴音の姉——朽木静香を未来へ行かせた事がある。それも琴音が生きている世界に、静香を送り出している」
「それは、未来だからだ。過去へは一度も」
口に出して思い出したのだろう。
彼に出来ないわけがない。
嫌なだけで、やろうと思えば出来るのだ。
「わかったわかった。俺の負けだ。降参、ギブアップ」
わざとらしく両手を上げる。
しかし、すっと腕を下ろすと、「どうなるか。本当にわかってるだろな」と確認を求めてきた。
「全部じゃないけど、大体はわかっているつもり」
「つもり、だと? ふざけるな!」
彼は立ち上がり、僕に詰め寄った。
見下げた視線を僕は、重く受け取る。
「過去に戻って事実を変えるってことは、今こうしていることも変わっちまうかもしれないんだぞ!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえてるし、頭では理解しているつもりだから」
「ふん、馬鹿な奴だ。自分の幸せを度返しにして、彼女を救うだ? 英雄気取りでご立派だよ」
「うん」
「いいか、お前はそれで良いかもしれんが、彼女はどうする? それで彼女が喜ぶとでも思っているのか? 少しは相手の気持ちを考えたことがあるのか!」
それを言われると、僕は何も言えない。
僕は僕でしかない。
彼女とは違う。
君に言われなくても、何百回、何千回、と考えた。
「それでも、約束したんだ。僕が守るって。彼女を守るって。君も知ってるだろう?」
「……そ、それは」
以前、定食屋で僕は、彼女の前でそう断言した。
朝霧めぐみに、告白だとからかわれたのだが、今は懐かしい。
あの頃は、本当に楽しかった。
彼女と歩いた世界。
今は僕の宝になっている。
「こっちの世界は、君に任せる」
彼は椅子に力なく腰を落とした。
体を曲げて、うつくむ。
手だけをひらひらさせて、わかったの合図。
「分かってると思うけど、時間はそんなにないぞ。過去も今も時間は等しいからな」
「ああ、努力する」
「あと、軽率な行動はよしてくれよ」
「なにそれ」
吹き出しそうになる。
彼の言いたいことは理解した。
ゲームじゃない。
過去で死ねば、今も終わる。
「よし、そろそろ行くか」
僕は最後に、「ありがとう」と言った。
彼は顔をあげて、肩をすくめ、「こっちは任せろ」と一言。
「それと……大須賀乃愛のこともお願いします」
僕は、頭を下げた。
1989年。
笠井淳子が生きていた世界。
僕は彼女のために、世界を変えることにする。




