第52話 神々の帰還①
ヘリは高度を上げて照明弾を発射すると、俺たちに合流地点を指し示した。
「どうする、母さん」
「もちろん行きましょう。あの人が私たちを裏切るはずないもん」
「だよな。父さんがいつ日本に帰って来たのか知らないけど、俺たちのことは海外でも報じられていて戦闘員になったことは知ってるはずだし、警察に騙されて利用されるようなお人好しでもないからな」
「あの人が騙されるって・・・ぷっ!」
腹を抱えて笑う母さんを見て、俺は確信した。作戦を中断して父さんとの合流を最優先とする。
「アリスレーゼ、マリオネットを頼めるか。一時的に敵の足を止めるだけでいい」
「承知しました。これだけの軍勢となると足止めだけでもかなりの魔力を消費しますが、ここで全てを使いきるつもりで行きます」
そしてアリスレーゼが長い詠唱を終えると、その魔法が発動する。
【無属性魔法・マリオネット】
アリスレーゼの身体から発せられた膨大な量の白銀のオーラが敵全体を包み込むと、大挙して押し寄せた雑兵や騎士たち、それにオークやオーガの混成部隊が微動だにしなくなった。
「魔法の持続時間は10分程度。それまでに彼らからできるだけ離れて、合流地点へ急ぎましょう」
「上出来だよアリスレーゼ。みんな行くぞ!」
そこから俺たちは全速力で後退を始めると、照明弾が落下した小高い山を越えて、反対側の斜面を駆け降りていく。
その少し先に広くて平らな草地があり、俺たちがそこへ到着すると、上空で待機していた10数機のヘリが次々と着陸してきた。
その中から出てきたのは、父さんを始めとするスーツ姿の男たちと、なぜか敦史や葵さんたちチームメイト全員で、俺たちの方に駆け足で近づいてきた。
「あれ、みんなも来ていたのか・・・でもこれってどういう状況なんだ?」
父さんはいいとして、やたら強面の屈強な男たちと何人かの老人、そして俺のチームメイトという謎の組み合わせに戸惑っていると、頬を膨らませた母さんが父さんに駆け寄って怒鳴りつけた。
「今までどこに行ってたのよ、あなたっ! 私たちが大変な目に会ってるのに連絡もよこさず、もうっ!」
「すまんすまん。本当はもっと早くお前たちと会う予定だったんだが、忙しくて時間が取れなかったんだ」
「あなたって昔からそう。私たちが今どういう状況になってるのか分かってるの?」
「分かってるけど、キミがいればどんな状況でも大丈夫だって信じていたから。それに例の計画がいよいよ実行に移せる目処が立ったんだよ!」
「例の計画!? まさか・・・ウソじゃないのよね」
「こんなことでウソなんかつくもんか」
「じゃあ、転生者は3人全員揃ったの?」
「いや1人はまだ見つからないが、2人いれば転移が可能になるよう新システムを開発した」
「本当なのそれ・・・やっぱりあなたって天才よね」
俺には二人の会話の内容が一つも理解できなかったが、カンカンに怒っていた母さんの機嫌が直ったばかりか、父さんに抱きついて嬉しそうに甘え始めた。
親のこういうシーンは正直見たくないが、久しぶりの再会だし、まあ仕方がないか・・・。
だが父さんはそんな母さんを無理やり引き離すと、俺たちに近づいて来てニヤリと笑った。
「久しぶりだな瑞貴と愛梨。それから初めましてアリスレーゼ王女殿下」
「お、おう・・・久しぶりだな父さん・・・」
「お父さん! 来るならもっと早く助けに来てよ! 愛梨が死んじゃったらどうするつもりだったの!」
「悪い悪い。だが二人ともここまでよく頑張ったな」
そう言って俺たちの頭を力強く撫でる父さん。
一方アリスレーゼは、戦闘服のスカートを軽くつまんでカーテシーで挨拶をする。
「初めましてお父様。わたくし、元ティアローズ王国第1王女のアリスレーゼ・ステラミリス・フィオ・ティアローズと申します。今は前園家に・・・」
「事情は知ってるよ。公文書を偽造して俺の養女になったこともな」
「それは・・・その」
「はーっはっは!」
急に声が小さくなって申し訳なさそうにするアリスレーゼに、大声で笑う父さんだった。
◇
その時、後ろで控えていた男たちのうち、かなり年配の男が俺たちの会話に入って来た。
「親子の再会はそれぐらいにして、例の計画を早く始めた方がいい。自衛隊の作戦は既に始まっているぞ、小野島室長」
「そうですね進藤幹事長、では早速取りかかりましょう。雨宮主幹研究員、準備を始めてくれ」
「もうっ! せっかくの親子の対面をもう少し見ていたかったのに、男ってせっかちなんだから!」
・・・・・
ええっ!
「ちょっと待てよ父さん。小野島室長ってまさか」
「ああ、俺のことだよ」
「俺のことだよって・・・はあっ?!」
何が何だか、俺は呆気に取られてしまい、母さんや愛梨も完全に言葉を失っている。
UMA室戦闘員の総司令官として今まで指揮を執っていたのが、まさかウチの父親だったとは・・・。
「ていうか、商社マンじゃなかったのかよ父さん!」
「そんなのとっくの昔に辞めたよ。今は警察庁の役人をやっているが、その事とか今から行う計画の話とか色々まとめてお前たちに説明するつもりだった。でもお前たちと会う予定の日はいつもタイミング悪く先生からのレク要求が入ってきてな・・・」
そう言って父さんが後ろの老紳士をチラッと見る。
「うおっほん!」
咳払いをしたその男は、確かにテレビでもよく見る進藤幹事長だった。
そして改めてここにいる男たちを見ると、SPらしき体格のいい男たちに守られるように、俺でも顔を知っている政治家が何人か混じっていた。
特に一番後ろで厳重に守られている人物はまさか。
「黒川総理もこの私も、選挙を抜け出してここに来ている。敗軍の将が敵前逃亡したなどと週刊誌に書かれでもしたら政権奪取に余計な時間がかかってしまう」
「やっぱり黒川総理だ。ていうか敗軍の将って、まさか俺たちがリッターに負けるのか・・・」
俺は思わず声を出してしまったが、進藤幹事長がこちらに向き直ると、柔らかい笑みで答えてくれた。
「初めまして黒髪王子、君たちの活躍はいつもテレビで拝見しているよ。改めて自己紹介させていただくが幹事長の進藤だ。君たちのような若者と話ができて、実に光栄だよ」
「い、いえこちらこそっ! 明稜学園高等部2年A組の前園瑞貴です」
「うむ。君とはゆっくり話がしたいと思っていたが、今は時間がないので手短に答えよう。今日の衆議院選挙は出口調査を見る限り、左派の連立政権が誕生して我々は下野することになるだろう」
「敗軍の将って選挙のことでしたか。でも政権交代が起きれば自衛隊の扱いが変わるってテレビでは言ってましたが、俺たちはどうなるんでしょうか」
「自衛隊の活動を制限することを公約にして彼らは選挙戦を戦ってきた訳だから、リッターは君たち警察が主体となって対応せざるを得ないだろうし、有事法制全般にも制限をかけてくるだろう」
「でもそんなことをしたら、日本が大変なことに」
「そう、日本が大混乱に陥ることは間違いないし、さらに多くの犠牲者が出てしまうことだろう。それに問題なのはリッターだけでなく、周辺国の軍事的挑戦を誘発して無用の紛争を招く恐れがあることだ」
「それって日本の混乱に乗じて、他国が戦争をしかけてくると・・・」
「その危険性が増すのだよ。戦争は絶対にあってはならない事態であり、日本政府は全力でこれを阻止しなくてはならないが、戦争反対と声高に叫んでみたり、軍事的圧力を強める国に融和政策を取ってみても戦争が無くならないことは、歴史が既に証明している」
「じゃあ日本は一体どうなってしまうのですか」
「先の大戦以降、大国同士の戦争が起きていないことは君もよく知っていると思うが、これを成し得たのは皮肉にも大量破壊兵器の登場と、軍事的抑止力による均衡がうまく保たれたことで、戦争がおよそペイしない愚かなギャンブルになったからだ」
「軍事的抑止力?」
「戦争を起こせば途方もないダメージを被るために、戦争を躊躇するという考え方だ。各国首脳が合理的な判断力を持っている限り恐怖の均衡が成立して、結果的に平和が保たれる」
「じゃあ、もし合理的な考え方を持たない首脳がいれば戦争が起きるのでは」
「戦争が起きる可能性が高まるだろう。だから独裁国家は危険なのだが、今のところ各国首脳が損得勘定をちゃんとできているから、ギリギリの所で戦争は起きていない」
「・・・損得勘定。そうか、日本が反撃してこないと分かれば戦争のハードルは大きく下がる。でもその場合同盟国が」
「・・・彼らは今回の選挙結果と新政権の判断を冷徹に分析するだろう。そして自分たちの利益にならない国だと判断したなら容赦なく切り捨てる」
「まさかそんなこと・・・」
「世界はリアリズムで動いている。もちろん綺麗事が大好きな政治家たちは口では日本を応援するだろうが、自国民の支持を失った価値観の違う異国のために、自国の若者の血は流せない。なぜなら次の選挙で負けるからな」
「つまり自分たちを守るのは、最後は自分たち自身」
「残念ながら、その当たり前の事実を忘れているのが今の日本人なのだよ」
「進藤幹事長、準備ができました」
そう言って雨宮主幹が俺たちの近くに持ってきたのは、成人男性の腰ぐらいの高さのある金属製の装置だった。それを研究員たちがノートPCと接続し、手早く設定を入力していく。
そして後方でその作業を見守っていた黒川総理が、周囲の男たちに向けて命じた。
「それでは総理としての最後の大仕事にとりかかるとしますか・・・。自衛隊最高指揮官として命じます、攻撃を開始せよ」
次回もお楽しみに




