第51話 逃亡②
タクシーを数回乗り換え、足取りを消しながら徹夜で移動を続けた俺たちは、翌日の朝にはとある山中までたどり着いていた。
人っ子一人いない山道を、愛梨を先頭にアリスレーゼ、母さん、俺の順に、辺りを警戒しながらひたすら北へと進んでいく。
かなり疲労もたまっていたが、爺さんから聞いた神宮路家の別荘まであと少しの所まで来ており、そのままペースを落とさず先を急ぐ。
時計を見ると朝の10時を回ったところで、アリスレーゼの出頭時刻は過ぎてしまっていた。これで警察は俺たちが逃亡したことを確証し、追手を差し向けてくるだろう。
俺は前を歩く母さんの左手に目を移す。
朝になって気がついたのだが、左手薬指には昔懐かしい指輪が光っていた。
「母さん、それって俺が小さい頃、いつもつけていた指輪だよね。もしかして結婚指輪?」
「いいえ、これは婚約指輪の方で、結婚したら普通はつけないんだけど、この指輪は特別だから今日は久しぶりにつけてみたのよ」
「ふーん・・・それ婚約指輪だったんだ。昔はよくつけてたから、久しぶりに見るとなんか懐かしい気持ちになってきたよ」
「あらそう? うふふ」
そう言って幸せそうに笑う母さんの指輪が、木漏れ日を反射してキラリと光った。
だがこの指輪、高校生になって改めて見ると、子供の頃には気がつかなかった色々な点が気になる。
まずこの指輪は普通のデザインリングとは異なり、何とも言えない神秘的な紋様が描かれている。それにほんの少しだが愛梨や爺さんと同じ赤いオーラが指輪から漏れ出している。
母さんは思念波の才能が全くなかったはずなのに、この指輪って一体・・・。
さらにしばらく山中を歩く俺たちだったが、先頭を行く愛梨が突然叫び声をあげた。
「お母さん! 今から1時間後に、愛梨たちがさっき通った山の入り口に自衛隊が来るよ!」
「自衛隊? それって戦闘ヘリか何か?」
「ううん、愛梨は詳しくないけどこれって戦車かな」
「なんで戦車がこんな山の中に来るのよ。その未来予知って本当に合ってるの?」
母さんがさらに詳しい状況を問いただすが、未来の映像は愛梨にしか見えず、愛梨が理解できないものは相手にも伝えようがない。
そこでアリスレーゼがマインドリーディングで愛梨の頭の中を覗いてみたが、愛梨以上に自衛隊の武装を知らなかったため何の役にも立たなかった。
「全くあなたたちは・・・戦車かどうかはもういいから、自衛隊が何しにここに来たのかわかる?」
「えーっと・・・未来シナリオってたくさんあるんだけど、そのうちの一つに・・・ああっ!」
「どうしたの愛梨ちゃん」
「愛梨たちが逃げていて、自衛隊がその後ろを追いかけて来てるよ!」
「自衛隊がなんで? それってどういう時にその未来が訪れるの?」
「えーっと、このまま真っ直ぐ別荘に向かった先に、自衛隊が先回りしているの」
「まさか、神宮路家が裏切った・・・いいえ警察ならともかく自衛隊が追いかけてくるなんて絶対変よ」
しばらく考えていた母さんだったが、
「でも今は誰にも捕まるわけにはいかないから、とにかく逃げましょう。どっちに行けばいいかしら」
「未来がいっぱいありすぎて、わかんないよ! でも左の方には誰もいないから、そっちがいいかも?」
「左と言うと、つまり西ね。みんなこっちよ!」
GPS機能によるトラッキングや基地局との信号のやりとりから俺たちの位置を特定できないよう、スマホを始めとする全ての通信機器は電源を切っているため、途中のコンビニで買った地図帳を見ながら細い林道を早足で歩いていく俺たち4人。
その間、何度か愛梨に未来予知をしてもらって軌道修正をするが、その度に未来シナリオが少しずつ変化していき、いよいよ全ての道路が自衛隊に封鎖される未来が分かると、山中に逃げ込むしかなくなった。
「これって私たちの居場所が彼らに筒抜けってことよね。どうして分かるのかしら」
母さんがそう言って深刻そうに考え込むが、今さらそんなことを言っても仕方がない。とにかく追手から逃れるためにどこかに潜伏するしかないのだが、
「お母さん!」
「今度は何よ、愛梨ちゃん」
「グランディア帝国の大軍が転移してくるよ!」
「うそ・・・よりによってこんな時に。最悪だわ」
母さんが呆然として足を止めるが、俺はその背中を押しながら愛梨に具体的な未来シーンを尋ねる。
「愛梨、転移場所と規模、種族構成を教えてくれ」
「えーっと・・・場所は愛梨たちの進行方向の先で、規模はとにかくたくさん。種族もバラバラでいつものオークやオーガの他に人間もいるよ」
「つまり俺たちは、前方をグランディア帝国騎士団、後ろ三方向を自衛隊に囲まれてしまった訳だ」
「うん・・・どうしようお兄・・・」
このまま前進すればグランディア騎士団との戦闘は必至だし、かといってどの方向に逃げても自衛隊とは必ず遭遇してしまう。
自衛隊に見つかればまず逃げきれないし、だからと言って彼らと戦っても負けるのは分かりきっている。
つまり現状を打破するためには「たかが魔法で武装された程度のグランディア騎士団」を突破してここから逃げることだが、それでも多勢に無勢で4人が無事でいられる確率は限りなく低い。
だが俺が結論を出すよりも先に、どうやら母さんの作戦が決まったようだ。
「みんな、グランディア騎士団に突撃をかけるわよ」
「やっぱり母さんもそっちを選んだか。でも今回の敵はかなり規模が大きい上に、戦えるのは俺と愛梨とアリスレーゼの3人だけ。だから敵の最も手薄な部分を探してゲリラ戦を仕掛けても逃げきれるかどうか」
「いいえ、真正面から全力で行きましょう」
「はあっ?! うそだろ母さん・・・」
「堂々と、できるだけド派手に攻撃を仕掛けるのよ。そして敵の目を十分引き付けつつ後退し、後方の自衛隊の前まで敵を誘導して両者を戦わせるのよ」
「なるほど、つまり混戦状態を作り出すのか」
「そうよ。その混乱に乗じて、私たちは帝国騎士団を突破し、自衛隊の包囲網から脱出する作戦よ」
「そう言うことなら了解した。愛梨、帝国が転移してくる場所と時間は正確に分かるか」
「これは未来が一つしかないから大丈夫。今が午後の1時ちょうどで転移が始まるのがその30分後。愛梨たちがいるこの場所に自衛隊が到着するのもほぼ同じ時刻だから、ここから徒歩20分の転移地点で敵を待ち伏せして、転移が始まったのと同時ぐらいに騎士団に攻撃すればタイミングが合うと思う」
「了解だ愛梨。その作戦に全てを賭けよう」
俺たちは愛梨が予知した地点に先回りすると、木々の間に身を潜めてその時を待った。
暦の上ではもう冬は到来していたが、地球温暖化の影響なのかようやく紅葉のシーズンも終わり枯れ葉が落ち出した頃で、身を隠すには都合がよかった。
グランディア帝国騎士団の転移地点はそんな広葉樹林が広がる山の斜面だったが、愛梨が予知した時刻になり突然木々が軋み始めると、幹の中央から炸裂した大木が唸りを上げながら回りの木をなぎ倒し始めた。
それが次々と連鎖的に発生し、地獄のような森林爆発の様相を呈すると、轟音とともに山肌から全ての木々が「伐採」されてしまった。
そして土砂や木片、枯れ葉等が大量に舞い散る中、巨大な暗黒球体が出現すると、続々と兵士たちが姿を現す。だがその一番最初に出てきたのは人間で、しかも騎士ではなくただの雑兵ばかりであった。
「あれって、まさか・・・」
俺はすぐにアリスレーゼに確認する。
彼女は既にマインドリーディングを発動しており、敵の兵士たちの思考を読み取っていく。そして、
「ミズキ、彼らはティアローズ王国の臣民たちです。彼らは平民の中でも魔法適性のある者ばかりが選抜された部隊のようで、わたくしを帝国に連れ帰ることを命じられてここに連れてこられたようです」
「・・・俺たちの作戦は、グランディア騎士団に先制攻撃をかけて自衛隊の前に引きずり出すこと。つまり彼ら雑兵は俺たちと自衛隊の両方の攻撃を受ける矢面に立っているわけだ。作戦は中止にするか?」
アリスレーゼは元臣民たちの命を救いたいと考えており、一方でこの作戦を決行すれば彼らの多くは命を失うだろう。それはアリスレーゼも十分理解しておりその上で彼女がどう判断するかだが、
「作戦を決行しましょう」
「本当にいいのか」
「ええ。もちろん救えるものなら救いたいのですが、彼らは既に洗脳されており、わたくしを「救い出す」ため必死に襲いかかって来るでしょう。ですがわたくしは絶対に帝国に行くわけにはいかないのです」
「元臣民の命と引き換えでもか」
「・・・あの時のように、ここでわたくしが自害すれば皇帝の子を産むことなく帝国による世界征服の邪魔をできるかも知れませんが、それでアレクシス皇帝が戦争を止めるとは限りません。ならば、この日本への侵攻を諦めさせるためにも徹底抗戦あるのみ」
「アリスレーゼ・・・」
徹底抗戦なんて勇ましい言葉を使っているが、彼女の顔には苦渋の決断の跡が浮かんでおり、彼女のいた元の世界やこの日本に住む全ての命を天秤にかけて、目の前の彼らを容赦なく切り捨てたのだ。
全ての命は平等に価値があるとされる現代日本では必ずしも正しいとは言えない考え方だが、元ティアローズ王国の正統後継者の彼女の意思に、俺は従う。
「それに今はもう自害など絶対にしたくありません。わたくしはミズキと、そしてみんなと一緒にこの先も生きていきたい。だから・・・ごめんなさい」
「アリスレーゼ・・・よし! それではこれより作戦を決行する。総員、思念波弾発射準備・・・5、4、3、2、1、撃て!」
◇
これまで見たことのないような巨大な転移陣と暗黒球体から、大挙して押し寄せるグランディア騎士団。そんな彼らに対して全力で攻撃を続けながら少しずつ後退し、自衛隊の正面に引きずり込む。
そんな俺たちの擬態作戦はここまでのところ順調に進んでおり、俺とアリスレーゼ、愛梨の3人の攻撃は苛烈を極め、後続の部隊に押される形で最前線に立たされる雑兵たちが次々と倒されていく。
「アリスレーゼ姫様、どうして我々に攻撃を・・・」
「洗脳からお目覚め下さい、姫様・・・」
「この人殺しの魔族どもめ・・・我らの姫様を返せ」
「・・・ティアローズ王国万歳!」
ある者は無念さをにじませながら、ある者は怒りの形相で俺を睨み付けながら、人生の最後の瞬間をこの日本の山中で迎えていく。
なぜこうまでして戦わなければならないのか、彼らが倒れる度に俺の心は折れそうになった。
だがここでもし手を緩めれば、アリスレーゼは帝国に奪われ、俺と愛梨と母さんの3人は酷い殺され方をするだろう。
そう、これは人間の本能に深く刻まれた生存競争であり、生きるか死ぬか、食うか食われるか、生物としてのDNAの命令に基づき、高度な知性を持ち集団生活を営む人類が起こした行動。つまり戦争なのだ。
だから俺は、自分やその家族、そして仲間たちが生き残るために、日本の科学技術の粋を結集して創り出された思念波兵器を使って、異世界からの侵略者であるグランディア騎士団を容赦なく叩き潰す。
「アリスレーゼ! マインドリーディングを使って、自衛隊がこの戦いを検知しているかわかるか!」
「ええ! 彼らは騎士団の転移と同時に戦闘態勢を整えていて、射程圏内に騎士団が入ってくるのをじっと待ち構えています!」
「よし! では俺たちは彼らの砲撃に当たらないように、ギリギリのタイミングで騎士団の中に飛び込む。愛梨は着弾の正確な時刻を予知してくれ」
「了解よ、お兄!」
「母さんは俺のバリアーで守るから、後ろにピッタリついていてくれ」
「ええ頼んだわよ、瑞貴」
そして思念波弾を発射しつつジリジリと後退を続けていたその時、上空に一機のヘリコプターが現れた。
「あれは警察のヘリ! このタイミングでまた厄介なヤツが登場しやがった・・・くそっ!」
愛梨の予知には全く出てこなかった警察の登場に、俺は頭の中で必死に作戦を再構築する。
だが、上空でヘリのドアが突然開くと、中から意外な人物が姿を現した。
「おーいお前たち! 俺だ、父さんだ! 今助けてやるから俺の指示に従え!」
「えーっ! な、何で父さんが警察のヘリにっ?!」
次回もお楽しみ




