神剣の一振りに、値段がつきました
【前回までの人物】
・アルト:白鐘の迷宮を踏破し、神剣ルクシアを持ち帰った探索者。素材を換金し、翌朝は休んでから測量を手伝うと決めた。
・リゼ:鑑定と地図を得意とする同行者。報酬の測距鏡は、見える二点の距離を三十メートルまで測れる。左の掌は療養中。
受け取った六枚を足した袋は、歩くたびに、さっきより少し重い音を立てた。
鎧蟹の依頼を終えた午後、俺とリゼさんは、倉庫の並ぶ通りへ出た。
ミーナさんとは、組合の前で別れている。今日の仕事を一緒にしたからといって、明日からの予定まで三人一組へ変わったわけではなかった。
それでも、また頼める相手が出来た。
俺は、腰の神剣へ手を添えてから、袋の方も、もう一度確かめた。
「今日の六銀、なくなっていませんよ」
「はい。重さを、ちょっと」
「剣だけでなく、そちらも本物だと?」
「そう言われると、だいぶ、嬉しがってる人ですね」
「隠していないので、分かりやすいです」
リゼさんが笑った。
左側を細く編んだ栗色の髪が、頬の横で揺れる。道具入れへ触れるのは、傷のない右手だった。
今日は、神剣で初めて町の仕事を終えた。
昨日までの成果が、次の日の稼ぎになる。その面白さを、俺はまだ、何度も確かめたい。
見慣れた倉庫の軒へ目を向けた時、鉄を擦る音がした。
*
通りの奥で、二人の作業員が、大きな鉄枠の横へ板を敷いていた。
人を閉じ込める檻ではなく、荷を囲って運ぶための枠だ。中古の物らしく、角に古い塗りの跡が残っている。
俺が前に働いていた時にも、こういう物は、簡単には捨てなかった。形が合えば、丈夫な材を使い直せる。
その前に、一人の男がしゃがんでいた。
短い焦げ茶の髪。日に焼けた首。顔を上げると、右の頬に、古い傷が一本見えた。
腕の大型の盾を脇へ立て、片手斧を、自分の足と人の通路から離して置いている。
「すまん。そこ、通るか。今なら、まだ動かさない」
「いえ。俺たちが、少し見ていました。荷の枠ですか」
「買った物だ。隊の荷へ使いたいんだが、横幅が少し大きい。ここの継ぎ目を切って組み直す。店で頼むと、順番待ちで二日だと言われた」
男の目が、俺の腰へ止まった。
すぐ、鞘へ手を伸ばしたりはしなかった。
「それが、白鐘から持ち帰った剣か」
「はい。アルト・レインです。神剣ルクシアで、間違いありません」
「ガレス・ヴァイン。自分の隊で探索をやってる。噂は聞いたが、切る所は見てない」
俺は、その名を聞いて、少し姿勢を正した。
彼がどういう遠征をしているか、全部を知っているわけではない。だが、周りの二人が、自分の荷の続きとして、彼の短い指示を待っている。
盾を持って先へ立ち、帰る荷まで自分で選ぶ人なのだと、その場で分かった。
「俺の斧じゃ、潰して曲げる方になる。お前の剣なら、ここを、真っ直ぐ切れるか」
示された鉄の横桟は、俺の指を何本も重ねた厚さがあった。
俺は枠を見て、奥の作業場を見た。
刃が抜けた先には、誰もいない。だが、そのまま倒せば、隣の材まで巻き込む形だった。
「斬る方は、出来ると思います。ただ、外したあと、こっちへ倒れます。支える所を先に決めてからなら」
「ああ。力比べのために買った鉄じゃないからな。下へ板を入れる所まで待て」
彼は、声を掛ける前に、二人の作業員へ手で場所を示した。
俺の剣を見るために、仕事の順を飛ばす人ではなかった。
*
リゼさんが、図の横へ寄った。
「残す幅は、こちらの印ですか」
「そうだ。俺たちの荷台へ合わせる。こっちは、切り落とす分。二つを同じ所から取らないでほしい」
「見えている点なら、私の道具で距離を見られます。三十メートルまで。……これは、ずっと近いですけど」
彼女は真鍮枠の鏡を、右手で出した。
木の台へ手帳を置く。左の掌を、鉄枠へ押し付けて支えることはしなかった。
ガレスさんは包帯を一度見て、持ち上げる方へは、二人の作業員を呼んだ。
「腕の仕事は、こっちでやる。フェルナさんは、切ったら消える印を、紙へ残してくれるか」
「はい。あとで、同じ幅を作れるように」
彼女が、自分の仕事として頷いた。
俺は、まだ剣を抜かずに待つ。
ガレスさんが指を六本分、順に示した。
「切るのは、六か所。測って残す分と合わせて、六銀で頼みたい。俺の隊の加工代として払う」
「俺が四銀、リゼさんが二銀。切る向きと、残す寸法を見る分で、どうでしょう」
リゼさんは、図と枠をもう一度見た。
俺の提案に、顔を見ずに頷くことはしない。
「私は、その範囲で。鏡で見えない面まで、正しい寸法だったと言う仕事は、入りません」
「それでいい。隠れた所は、枠を動かしたあとで俺たちが見る。二人とも、それで受けるか」
はい、と返した声が重なった。
さっきの鎧蟹の報酬を、また分け直しているのではない。
新しく頼まれた、一つの仕事だった。
*
枠の下へ、乾いた板が入った。
二人の作業員は、荷を支える仕事をしてきた人らしく、片側を持ち上げる間に、もう片方が、手を挟まない方から支えを置く。ガレスさんは枠の重さが落ち着いた所で、皆を外へ下がらせた。
俺は、通路側に、もう人がいないかを見る。
リゼさんは、俺の横より後ろへ立った。
「最初の印は、上の横桟です。右の支えは、その外。そこは、残ります」
俺は頷き、神剣を抜いた。
白い刃へ、軒の間から陽が当たる。
自分で働き、買った装備だけでは、こんな厚さの鉄を斬ろうとは思わなかった。昨日の最深部から、今も腰に持って来られた刃だ。
柄を握る手が、自然に、余分な力を抜いた。
神剣の補助が、振る向きを支える。
だが、残す印と、切ったあとに手を離す場所は、俺が見なければならない。
「ここから、下へ入れます」
「見てる。続けろ」
俺は、剣を振り下ろした。
がん、と弾き返す音は来なかった。
手へ、短く、厚い手応えが残る。
そのあと、白い刃は、鉄の向こうへ抜けていた。
切れた端が、板の上へ、重い音を立てて載った。
ガレスさんが、黙って切り口を見た。
驚いていない顔をしているのではない。
口が少し開き、次に、残った枠の向きを見直した。
「……押し広げても、潰れてもいないな」
「はい。次も、同じ幅の所を」
「待て。切れた側を、先に外す。お前が次へ行く方が早すぎる」
俺は、すぐ刃を下げた。
早く出来ることを、相手が片付ける時間より先へ積んではいけなかった。
俺の剣の先から人が離れているのを確かめ、外した材を退けてもらう。
リゼさんが鏡を向け、残った二点の距離を読む。
「印の内側、残っています。次は、こちらから見える線へ」
俺は、次の一振りへ、足を動かした。
*
二つ目は、横から斬った。
三つ目は、枠を置き直してから。
神剣は、どちらの向きでも、鉄に負けなかった。
歪ませて残したい所まで引っ張ることも、火で熱して塗りを焼くこともない。いま必要な所だけが、きれいな面になって離れた。
俺は、そのたびに、少し笑いそうになる。
厚い鉄が斬れる。
腕の強さを、誰かへ言い張るのではなく、目の前に、斬れた物が残る。
何より、自分が頑張って押し切ったあと、足がふらつく仕事ではなかった。
最後の横桟へ移ると、ガレスさんが、俺の左側を指した。
「そっちは、材の足が一本出てる。回るなら、右からにしろ」
俺は下を見た。
剣を当てる印ばかり見て、敷いた板の外へ残る脚を見落としていた。
右へ回れば、体をひねらず構えられる。
「ありがとうございます。今、刃の方しか見ていませんでした」
「切る方は、俺が教えることがない。でも、そこまで歩く方なら、まだある」
短く言って、彼は通路を空けた。
俺の剣が強いことと、彼の目が先に届くことが、同じ場所で成り立っていた。
教わるのが悔しいより、次に自分でも見つけたい気持ちになった。
六つ目の印へ、白い刃を置く。
振り下ろすと、最後の端が、低く鳴った。
俺は、少し待ってから剣を引いた。
飛ばす光の刃は、一度も使っていない。
普通に振った剣だけで、六つの切り口が、午後の明るさを返していた。
*
ガレスさんは、残った枠を、自分の手で確かめた。
リゼさんの記した寸法と、隊の荷台の幅を、順に見ていく。彼女の鏡の数字だけでなく、実際に載せた時の余裕まで、彼は自分の仕事として見たかったらしい。
枠が収まると、作業員の一人が手を上げた。
ガレスさんも頷き、銀貨を六枚、台へ並べた。
「頼んだ通りだ。四と二。受け取ってくれ」
俺は四枚を手に取った。
さっき六銀を貰って、また四銀。
袋へ入れる前に、どうしても指の間で一度重ねてしまう。
リゼさんも自分の二枚を取り、手帳へ受け取った印を付けた。
「あの。六か所、こんなに早く終わりましたけど」
値段を下げたいわけではなかった。
でも、丸二日待つと聞いた仕事が終わるまで、俺は、息が上がるほども動いていない。
ガレスさんは、枠の方を見てから、俺へ顔を戻した。
「早く終わるから頼んだ。二日待たずに、次の荷を組める。その剣を持ってる奴が、引き受けた分の値だ」
俺は、銀貨を見た。
神剣が自分の物になったというのは、今日、それを使う仕事を、自分で選べることでもあった。
昨日の踏破で貰って終わる強さではない。
「ありがとうございます。次も、切る所が決まっているなら」
「仕事が合えばな。俺も、剣一本で荷の予定を決める気はない」
彼は、そこで初めて、はっきり笑った。
俺も、はい、と笑い返した。
「私、枠の線が、切る前とあとで、同じ所へ残ったのが嬉しいです。庭で測った分が、仕事になりました」
「その紙は、こっちへ貰えるか。次に組み替える時にも使う」
「はい。そのために書きました。私の控えは、こちらに」
彼女が二枚を分ける。
ガレスさんは受け取った紙を、荷の控えへ入れた。
刃が通ったあとに、リゼさんの仕事も、目に見える物として残った。
*
別れる前に、俺は、彼の盾を見た。
大きな表面には、何度も使った傷がある。飾るために持って来た道具ではなかった。
「ガレスさんは、次も遠征へ?」
「その準備だ。帰りに載せる物が増えても、通れる幅を残しておきたい。奥へ行く前から、帰りの荷を考えるのが、うちのやり方だ」
宿場で育ち、先導役だった父にも、帰る道を先に見ろと言われていたという。
俺は、白鐘の三階で見た、地図にない搬送路を思い出した。
剣で開けた所を、次にどう戻るか。リゼさんが、何度も見てくれた道だった。
「アルト。剣は、噂より切れた。道の方は、次に一緒になったら、そっちも見せてくれ」
「はい。俺も、ガレスさんの帰り方を、見てみたいです」
「今の荷の分は、もう見せた。次は、俺が教わる所もあるといいな」
彼は盾を持ち直し、自分の隊の方へ戻った。
俺を見送るために、荷の準備を全部止める人ではない。
でも、次に会ったら、自分の名で呼んでもらえる気がした。
リゼさんと通りへ出ると、俺は袋を持ち上げた。
七十六銀二十三銅へ、四銀。
八十銀二十三銅。
「また、重さですか」
「今度は、増えた方です」
「私も、二銀増えた方なので、今日は、少し良い物を食べたいです」
「賛成です。そこは、俺も、すぐ返事が出来ます」
二人で笑い、宿へ戻る道を曲がった。
*
女主人は、次の一泊も、同じ部屋を使えると教えてくれた。
朝食付きで二銀。
俺は、その場で払った。明日の朝、空いた寝台を探すことを心配しなくていい夜を、自分で一つ増やせる。
七十八銀二十三銅になった袋から、さらに、五銅を出す。
家族へ書いた便りを、宿が預かる町便へ託すための分だ。
「封は、自分で確かめて。次の便へ渡す所まで、こっちで預かる。家へ届いたかは、ここでは、まだ分からないからね」
「はい。お願いします。今日、書いた分も、少し足しました」
「肉の話ばかりじゃないだろうね」
「剣の話も、あります」
女主人が、声を立てて笑った。
母の縫った外套が、まだ破れていないことも書いた。父へ、ちゃんと帰る道を確かめていると書いた。
白鐘の名前と、無事に戻ったこと。詳しく説明出来ない前受けの仕組みを、家族へ全部書き出したわけではない。
それでも、机に置いたままの便りではなくなった。
母が受け取って笑う顔は、まだ見ていない。今日、自分がしたのは、そこへ届く便へ、ちゃんと託す所までだった。
夕食は、豆と麺に、厚く切った肉を載せた皿にした。
六十銅。
リゼさんも自分の皿を、自分の財布から払う。今日は左手で椀を握らず、机に置いたまま、右で匙を使っていた。
俺は、自分の残りを数えた。
七十七銀五十八銅。
一泊分を増やして、便りを出して、肉を食べても、昨日の続きから少し増えている。
「俺、こういうふうに稼げる日が、欲しかったんだと思います」
「剣を使って?」
「それもです。でも、戻って、食べる方を後回しにしなくていい日」
リゼさんが、匙を止めた。
それから、自分の皿へ顔を戻し、肉をひと口食べる。
「では、今は、その続きですね。冷める前に」
俺も、熱い所へ匙を入れた。
神剣は、椅子の横の鞘にある。
次の前受けは、まだ選んでいない。今日、飛ばす光刃は一度も使わず、魔力は八十のまま。リゼさんの傷も、夕食を食べたから治ったことにはならなかった。
それでも、使える物と、頼める相手と、自分で選べる明日の朝が増えた。
口の中へ広がった肉の熱さに、俺は、また少し笑ってしまった。




