↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/32

休んだ翌日は、神剣で小遣い稼ぎです

【前回までの人物】

・アルト:白鐘の迷宮を踏破し、神剣ルクシアを持ち帰った探索者。素材を換金し、翌朝は休んでから測量を手伝うと決めた。

・リゼ:鑑定と地図を得意とする同行者。報酬の測距鏡は、見える二点の距離を三十メートルまで測れる。左の掌は療養中。

 目を覚まして、最初に見たのは、寝台の横の神剣だった。


 ある。

 昨日の夜、自分で置いた所に、ちゃんとある。

 俺は、まだ布団の中で笑ってしまった。白鐘の迷宮を踏破したら返す借り物ではない。今日も、明日も、俺の剣だ。

 窓の下から、パンを焼く匂いが上がっていた。

 王国暦六百二十四年、四月十日。

 足を床へ下ろすと、昨日ほどではないが、ふくらはぎの奥へ重さが残っている。

 今日は、朝から地下へ走らない。

 そう決めた約束も、剣と同じくらい、ちゃんと残っていた。


 顔を洗い、外套の裾を確かめる。

 母の縫った所は、破れていなかった。昨日書いた便りは、まだ机にある。渡したつもりにはせず、鞄の内側へ入れた。

 帰る時、肉の一行だけ見られたら、と思うと少しおかしい。

 剣を持ち、食堂へ下りた。


     *


 リゼさんは、朝食の皿より先に、巻尺を机へ置いていた。


 栗色の編み込みの横で、琥珀色の目が、俺を見つけて明るくなる。左の掌は、今朝も包帯の中だった。


「おはようございます。もう、測る顔ですね」

「おはようございます。朝ご飯は、ちゃんと食べる顔でもあります」


 彼女が皿の方へ手を戻した。

 焼いたパンと、温かい豆の汁。昨日払った二銀には、今日の朝食まで入っている。

 女主人が、俺の前にも皿を置いた。


「中庭は、洗濯の桶より奥を使って。紐を張ったまま、朝の荷を引っ掛けないでね」

「はい。使う分だけ伸ばして、戻します」

「それならいい。剣で庭を広くするのは、なしだよ」


 俺はパンを持ったまま、腰の剣を見た。

 リゼさんが笑い、俺も、そこまでは考えていません、と返す。

 奥まで届く神剣があっても、宿の石鉢を真っ二つにして喜ばれる理由はなかった。


 食べ終え、ゆっくり足を動かしてから、中庭へ出る。

 陽の当たる石には、まだ朝の涼しさが残っていた。

 俺が巻尺の端を柱へ合わせ、リゼさんは鏡を右手で支える。

 窓辺から見た時と同じ、柱と石鉢の間。

 見えている二点の印を合わせると、真鍮枠の中へ細い数字が浮いた。


「八メートル、四十二センチ」

「こっちも、ほとんど同じです。あ、端、そこへ当てるんでした」


 俺が石鉢の張り出した所へ当てていた分を直す。

 数字が揃った。

 リゼさんは、すぐ次の場所へ鏡を向けず、いまの二点をもう一度見た。


「……これなら、崖の向こうへ、端を持って行かなくても」

「届く距離なら、測れるんですね」

「はい。三十メートルまで。向こうの点が、見えていれば」


 彼女は、石鉢の陰へ隠れた小さな桶へ向けてみた。

 こちらからは、縁が見えない。

 鏡は、桶の底まで勝手に透かして教えてはくれなかった。

 彼女はそれも手帳へ残し、見える方へ戻す。

 出来ないことを知っても、嬉しさが減った顔ではなかった。

 使う場所を、もっと具体的に思い浮かべている顔だった。


「今日の地図、一枚目は宿の庭ですか」

「ええ。神剣の人が、巻尺を持った場所も入ります」

「そこ、名前の方でお願いしたいです」

「アルトさんが、石鉢の端を間違えた場所」

「急に、詳しくなりましたね」


 彼女が声を立てて笑った。

 昨日、奥の重騎兵を倒した時とは違う、朝の喜びがあった。

 俺は巻尺を戻し、彼女へ渡した。

 左の掌を使わず道具をしまうまで、端を支えて待った。


     *


 町の組合へ向かったのは、午前を休んでからだった。


 次の迷宮の報酬は気になる。

 だが、リゼさんの掌も、俺の脚も、踏破した瞬間に新品へ戻ったわけではない。今日は、長く奥へ潜る依頼より、地上で終わる仕事を見たかった。

 掲示板の前で、濃紫の髪が揺れた。


「それ、二人で見てる?」


 声を掛けてきた女性は、藍色の短い魔術外套を着ていた。高く結んだ髪の下に、緑の目。指先の薄い手袋で、一枚の札を押さえている。

 俺が頷くと、彼女は札の下半分を見せた。


「採石場の資材庫。鎧蟹が四匹。中を片づけて、管理人に確認してもらって十二銀。私は足を鈍らせる術が使えるけど、殻を割る方は得意じゃない。そこを頼める人を探してた」

「剣で斬る方なら、出来ます。アルト・レインです」

「ミーナ・クラウゼ。……腰の、それが、白鐘で見つかったっていう剣?」


 目が、鞘へ一度落ちた。

 驚いたあとも、彼女は札から手を離さなかった。


「はい。神剣ルクシアです」

「それなら話が早い。けど、切れる向こうに人がいたら止めてね。私、細切れの資材まで片づける依頼は受けてないから」


 あっさり返され、俺は少し笑った。

 剣を見て、全部任せたと帰ってしまう人ではないらしい。

 リゼさんが、札の図へ目を近づけた。


「入口の、こちら側なら見通しを取れそうです。私、地図と距離を見る仕事が出来ます。ただ、左手に傷があるので、荷物や綱の作業は引き受けられません」

「了解。無理に持ってもらって、途中で落ちる方が困る。入口から、私の足場まで見てもらえる?」

「はい。見えている範囲でなら」


 ミーナさんが、こちらを見た。


「三人なら、斬る人が六、術を張る私が四、距離と入口を見る人が二。十二銀を、それで分けるのはどう?」


 俺はリゼさんを見た。

 彼女は、自分の役目の範囲をもう一度読んでから、頷く。

 俺も、お願いします、と答えた。

 同行者の報酬を、俺が代わりに決める必要はなかった。


     *


 窓口の係は、札と登録を並べた。


 灰色の上衣の袖口を留め、資材庫の図へ印を付ける。


「作業員は、外へ出ています。今は、この柵から中へ入らないようにしてあります。四匹は、閉じる前に管理人が見た数です。増えていないかも、入る前に確かめてください」

「終わった確認は、管理人の方へ?」

「はい。確認欄を返してください。資材の持ち出しと、庫の修理は、この依頼には入っていません」


 必要な分を聞き、札を受け取った。

 迷宮の前受けとは違う、地元の仕事だ。

 神剣を手に入れたからといって、入口の核碑以外でも、別の報酬が先に出るわけではなかった。


 出る前に、三人で昼の包みを買った。

 俺は肉と豆を挟んだパンへ三十五銅。リゼさんとミーナさんも、自分の選んだ物へ、自分の財布を開く。

 俺の残りは七十銀二十三銅。

 朝の膳の分を、もう一度払った額ではない。


 町の外れから採石場までは、歩いて二十分ほどだった。

 ミーナさんは、地方で魔術を教える家に育ったという。大きい炎を競うより、味方が踏み込める所を作るのが好きらしい。


「派手に燃やしたら、そのあと入れなくなる物もあるでしょ。今日は、あの資材がまさにそれ」

「俺も、庫の柱は残します」

「よし。初仕事の目標が合った」


 軽い声だった。

 でも、坂道に入ると、彼女は話を止め、風と足元を見た。

 休む時に休み、仕事の場所では、先に歩ける所を選ぶ人だった。


     *


 資材庫は、白い岩壁の下に建っていた。


 戸は半分だけ開いている。

 中には、積んだ板と、縄の巻かれた滑車。床の乾いた砂へ、何本も深い筋が走っていた。

 柵の外で待っていた管理人が、札を見て、入口の方を示す。

 日に焼けた首と、石粉の付いた前掛け。手には、作業員の戻る時に使う鍵の輪があった。

 ミーナさんが図の位置を確かめる間に、俺は中の音を聞いた。


 かり、かり、と硬い物が木を擦る。

 板の陰から、平たい殻が見えた。

 腰ほどの高さに、大きな鋏が二つ。

 鎧蟹は名前どおり、黒い鉄板を重ねたような背をしていた。


「見えてるの、奥に二匹。右の台の下、一匹」

「入口から台まで、十四メートル少し。左側の通路は、板で隠れています。鏡でも、その奥は見えません」


 リゼさんは外の低い石台へ手帳を置いていた。

 鏡を右手で持ち、見える角だけを拾っていく。包帯の掌で道具を握り直すことはしていない。

 俺は、左の通路へ近寄りすぎない所へ立った。

 神剣を、抜く。

 白い刃が、戸口の陽を返した。


「一度、音で出します。人は、全員、柵の向こうでいいですね」


 管理人が、鍵を持つ手を上げた。

 ミーナさんも振り返って確かめ、入口から少し脇へ立つ。


「私は、戸口の内側へ一か所。足を取るだけだから、振り上げた鋏までは止まらない。後ろへ逃げる道は、開けておいて」

「はい。俺は、前を斬ります」


 俺は砂に落ちていた短い木を拾い、剣を持つ手とは反対の手で、戸の枠を叩いた。

 乾いた音が、庫の奥へ届く。

 木を足の外へ置き、空いた手も剣へ添えた。

 左の板の陰から、もう一つ、殻が動いた。

 四匹目だった。


     *


 最初の一匹は、思ったより速かった。


 横へ広げた脚が、砂を跳ね飛ばす。

 ミーナさんの手袋の指が床へ向き、淡い輪を一つ描いた。入口の内側、二畳ほどの砂が、濡れた泥に似た重さを持つ。

 鎧蟹の前脚が沈んだ。

 それでも、大きな鋏は、止まらなかった。


「上、来る!」


 俺は、正面から剣を下ろした。

 鋏が白い刃へ当たり、硬い音を立てる。

 次の瞬間、その音が、途中で切れた。

 黒い鋏の先が落ちる。

 神剣は、そこで止まらず、前へ出た殻まで、斜めに割った。


 手に返ってきたのは、重い石を砕く衝撃ではなかった。

 厚い布を、よく研いだ刃で引き切った時に似た、短い抵抗。

 腰ほどある鎧の背が、俺の剣の通った所から開いている。


「……本当に、斬れる」

「感想、あと! 右!」


 俺は、すぐ顔を上げた。

 二匹目が、倒れた殻の脇を抜けている。

 刃を横へ大きく振れば、戸の柱まで届く位置だった。

 俺は一歩、庫の中へ踏み込み、体ごと向きを変える。

 神剣の補助に任せきりで、足を砂へ滑らせない。

 前に差し出された鋏の付け根へ、短く斬り下ろした。

 もう一度。

 胸の殻が割れ、二匹目が、横へ沈んだ。


 俺の背後で、砂の輪がほどける音がした。

 ミーナさんが、短く息を吐いた。


「いったん切る。次、真ん中へ張る!」

「台の左、今、空いています。奥の二匹は、まだ見えます」


 俺は、斬った方へ足を置かず、空いた床へ移った。

 鋏の届く幅を、鏡が勝手に教えてくれるわけではない。リゼさんは見えた位置を、ミーナさんは自分が使う場所を、それぞれ声にしている。

 その二つが分かれば、俺は、切る方へ体を向けられる。


     *


 三匹目が、砂の輪へ入った。


 脚が沈み、殻の向きが変わらなくなる。

 俺は、鋏の届く正面へ、わざわざ立たなかった。横へ回り、背の継ぎ目を狙おうとして、途中でやめる。

 継ぎ目でなければ、斬れない剣ではない。

 いま、向こうへ誰もいない。

 台の脚にも、柱にも、刃が抜ける向きではなかった。


 俺は、殻の真上から斬り下ろした。

 黒い背が割れ、脚の動きが止まる。

 四匹目が、その後ろで、鋏を持ち上げた。


「最後、俺の方へ!」


 声と一緒に、半歩だけ前へ出る。

 鎧蟹が俺を向く。

 ミーナさんは追い掛ける輪を増やさず、今張っている所をほどいてから、横へ下がった。

 最後の一匹との間に、ほかの人はいない。


 白い刃を、斜めに走らせた。


 鋏と殻が、一度に開いた。

 砂へ落ちる音が、庫の中で何度か跳ね返る。

 俺は剣を戻さず、少し待った。

 四つの背が、動かなくなっている。

 明るい戸口の向こうで、リゼさんの顔が見えた。


「入口は、空いたままです」


 その声を聞いて、ようやく息を吐いた。

 俺は刃を確かめ、周囲へ振り向けない位置で布を当てた。手入れをして鞘へ戻す間も、ミーナさんが庫の奥を見ている。

 光刃は、一度も出していない。

 刃の切れ味だけで、町の依頼を、ちゃんと終わらせた。


     *


 ミーナさんは、庫の外で、手袋の指を広げた。


「いやあ。殻、割れればいいとは思ったけど、割り方が気前いいね」

「柱は、残しました」

「そこは、非常に助かった。十二銀より高い物を、増やしたくないから」


 彼女が笑った。

 額には、細かな汗が浮いている。軽口の間に、しっかり息を整えていた。

 俺も石へ腰を下ろし、腿へ手を置く。地下を歩き通した昨日と違い、短い戦いの熱が、今から脚へ戻ってきた。

 神剣が強くても、俺まで疲れを失ったわけではなかった。


 管理人が、四匹を数え、戸と柱を見た。

 資材の陰も、三人で見える所から順に確かめる。

 すぐ作業員を中へ呼ばず、死骸を寄せる場所と、戻る時の通路を管理人へ渡した。取り残された五匹目は、見つからなかった。

 確認欄へ印が入った。


 リゼさんが、鏡を布へ戻す。


「手、痛みませんか」

「持つ方は右で出来ました。左は、まだ、握らないでいます。……でも、入口だけだから役に立たない、とは思わなくて済みました」

「俺、中へ一歩入ってから、どっちが空いてるか、声で分かったので」

「私も。見えてない左へ、輪を張らずに済んだ」


 ミーナさんが、手袋を外して風へ向けた。

 リゼさんは、二人を見てから、少しだけ頬を緩める。

 俺が強いから、誰もほかに要らない仕事ではなかった。

 それでも、俺の剣があるから、今日、三人で終えられた仕事だった。

 その両方を、素直に喜べるのが嬉しかった。


     *


 町の窓口へ戻ると、係は確認欄を見て、十二銀を三組へ分けた。


「六、四、二で、届け出どおりですね。受け取った方から、こちらへ印をお願いします」


 俺は、自分の六枚を数えた。

 七十銀二十三銅へ、六銀。

 七十六銀二十三銅。

 昨日の魔石を、もう一度売った金ではない。今日、神剣を使って、自分の仕事で得た分だ。

 リゼさんの二銀と、ミーナさんの四銀も、それぞれの袋へ収まった。


「これで、今日は、ちゃんとおいしい物を食べられる」

「俺、昨日も、肉を追加したんです」

「いいね。じゃあ、今日も食べられる仕事をしたってことで」


 言われて、俺は笑った。

 一度贅沢したら、そのあとずっと我慢するために稼いだのではない。

 欲しい物を選べる日を、続けてよかった。


 ミーナさんは、長期の契約は今の所持っていないと言った。

 俺たちも、今日の約束が、そのまま次の迷宮へ一緒に入る約束だとは思っていない。

 でも、また役目が合えば頼みたい、と俺が言うと、彼女は、いいよ、と返した。


「次も、切る物と、残す物が分かる仕事でね。あと、二人とも、名前、そのまま呼んでいい?」

「はい。俺は、しばらく、さんが抜けないかもしれません」

「私もです。でも、呼んでもらう方は、どうぞ」

「了解。じゃあ、アルト、リゼ。また、食べたい物の分、稼ごう」


 濃紫の髪が、通りの方へ揺れた。

 俺たちは彼女を見送り、宿の方へ歩き出す。

 リゼさんは、道具入れへ触れ、俺の腰の剣を一度見た。


「神剣、今日も返さないんですね」

「はい。今日の六銀も、返しません」

「それは、私も、二銀を返す予定はありません」


 二人で笑った。

 昨日の報酬を、今日、使えた。

 今日の稼ぎで、今夜、欲しい物を一つ増やせる。

 次の前受けは、まだ選んでいない。それでも、神剣を持った暮らしは、もう、昨日の続きとして動き始めていた。

認証メールが届くのが遅く、中々ログインできず更新が遅れてしまいました。

大変申し訳ございません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。