↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/28

二つ目の前払いは、守るために

【前回までの人物】

・アルト:白鐘の迷宮を踏破して神剣を得た探索者。次の前受け枠は空いており、鉄牙回廊を次の候補にしている。

・リゼ:鑑定と地図が得意な同行者。左掌は療養中。可視の二点間を測る鏡と、右手で紙を留められる地図板を持つ。

・ミーナ:短期の仕事で二人と組んだ魔術師。次の同行は、日程と条件を改めて相談する約束。

 翌朝の約束を書く時、俺は、集合の場所を二回書き直した。

 四月十二日の午後。

 宿の中庭で使った箒を返し、部屋へ戻ってからのことだ。

 最初は、明日の朝、組合で、と書いた。

 それだけでは、何時に行けばよいのか分からない。時刻を足すと、今度は、入口側なのか町の窓口なのか、自分でも曖昧になった。

 前の人生でも、設備の前、とだけ言われて、違う棟の設備の前で待ったことがある。

 俺は小さく笑い、紙を向け直した。

 十三日の朝八時。町の組合窓口の前。そこで、鉄牙回廊へ行く条件の相談をする。

 参加できるか、返事をください。

 最後の一行を足すと、少し緊張した。

 昨日も今朝も一緒だった人に、また会いたいと、もう一度頼む文だった。

 町の取次ぎへ託す時には、三人で話した場所を指定した。ミーナさんの午後の仕事先へ、勝手に呼びに行くつもりはなかった。

 夕方、了解、と短い返事が届いた。

 リゼさんも、その時刻なら、と頷いてくれた。

 まだ仕事の契約はできていない。

 それでも、朝に空けておく場所が、一つ、三人で同じになった。


 その夜の宿代二銀と夕食六十銅を払うと、財布には九十五銀五十三銅が残った。

 朝食込み。翌朝、同じ分をもう一度数えないよう、俺は帳面の横へ小さく書いた。

 買った灯りは、神剣と当たらない場所へ置いてある。

 寝る前に覆いを開き、明るさを確かめてから閉じた。

 明日、次の迷宮へ行く。

 そう思うと、眠る前の天井まで、少し違って見えた。

 それでも、眠れなくなるほどではなかった。

 次の一日のために、ちゃんと寝ることも、もう一度生きる俺が選びたかったことだった。


 十三日の朝、窓口の前には、ミーナさんが先に来ていた。

 濃紫の髪を高くまとめ、藍の外套を肘へ掛けている。紙を見る緑の目が、こちらへ向いた。

「今日は、場所、間違えなかったね」

「間違えそうな文は、俺が先に書き直しました」

「いいね。待ってる方には、それ、見えないけど」

 彼女は笑い、外套を羽織った。

 リゼさんが、右手で地図板を持ち上げる。

「紙、ずれずに持って来られました」

「左の手は?」

 ミーナさんに訊かれ、彼女は包帯を少し見る。

「まだ、荷物は持ちません。昨日の板が便利でも、治ったことにはしないで行きたいです」

「うん。そこは、そのまま」

 俺は、相談する内容を書いた紙を出した。

 剣を抜く前に、こっちを自分で出せたことが、少し嬉しかった。


「今日は、入口と、戻れる範囲の確認から始めたいです。最深部まで一度に行く約束ではなくて」

 俺が言うと、ミーナさんは頷いた。

「私は、今日は昼過ぎまでなら組める。明日の分まで、先に取らないでほしい」

「分かりました。今日、進めた所を見て、次の相談をする形で」

「戻るって言った人がいたら、足を止めて聞く。それも、入れて」

「はい。剣を持っている俺だけが、進む方を決めません」

 リゼさんが、空いた紙の端へ書いた。

「私は地図と鑑定をします。運ぶ荷の重い方は、お願いします。ただ、何を持ち帰るかは、私も見て決めたいです」

「もちろんです。全部を切って箱へ入れれば売れる、ではないので」

「箱まで切らないでね」

 ミーナさんの一言で、俺の真面目な顔が少し崩れた。

「そこは、切らずに使います」

「昨日、板の角を切る時、楽しそうだったから」

 楽しかったので、否定はしなかった。


 取り分は、持ち帰った物を換金し、その日の三人で合意した共通経費を引いた残りを、俺が二、リゼさんとミーナさんが一ずつとした。

 俺が強い剣を持つこと。リゼさんが地図と鑑定を仕事にすること。ミーナさんが術と、進路を見ながら動ける役を引き受けること。

 誰か一人が欠けても同じ額になる、と決めるのでなく、今日は、その役で組むと話した。

 食べる物の好みや、個人の買物は、自分の財布から。

 大きな出費は、買ってから残りの二人へ割り勘を頼まない。

 ミーナさんは、書いた割合を見てから、俺を見た。

「私の術を使わないで終わる日があっても、同行した分は、この割合でいい?」

「はい。使わないで済んだら、仕事をしていなかったことにはならないと思うので」

「なら、私はこれで。ずっと同じ割合かは、次に組む前に、また話す」

 リゼさんも頷いた。

「鑑定に時間が掛かる物が見つかった時は、その場で伝えます。何でも、すぐ値段が分かるとは言わないので」

「俺も、何でも切るとは言いません。切ってよい物か、先に聞きます」

「いい返事。昨日から、少しだけ上手くなった」

 ミーナさんが、紙の隅を軽く指で叩いた。

 褒められたのが剣ではないのも、悪くなかった。


 鉄牙回廊の入口は、白鐘より低く見えた。

 上へ伸びる石の飾りより、横に重なる暗い梁の方が目につく。風が通ると、奥から短い金属音が返った。

 リゼさんは、入口の陰の手前で止まった。

「ここから先は、私の新しい頁です」

 地図板に留めた紙は、まだ白かった。

 俺は、その言い方が好きだと思った。

 知らない道があることを、失敗ではなく、これから描く場所と言える人だった。

 入口係に三人の名と、今日は短い範囲を見て戻る予定を伝える。

 袖を留めた係員は、こちらの武器だけでなく、リゼさんの左手も見た。

「戻る時も、人数をお知らせください。入口側の広い区画は、通行路を塞がなければ、装備の確認に使えます」

「ありがとうございます。先に、そこで試したい物があります」

 俺は核碑のある方を見る。

 初めて白鐘で触れた時とは、違っていた。

 仕組みを知っているからこそ、今度は、何を選びたいのかを考えて来られた。


 核碑へ手を置くと、刻印板の空いた枠が、薄く光った。

 鉄牙回廊。

 まだ俺が踏破していない、次の迷宮の名前だった。

 前受けできる報酬の説明が、その下に続く。

 守護環。

 前方三メートル以内へ、幅三メートル、高さ二メートルの障壁を一枚。

 最長十秒。再使用まで三十秒。使う力は環自身の蓄えで、神剣の光刃に使う俺の魔力とは別に扱う。

 俺は、まず、前方という字を見た。

 背中も、頭の上も、同時に全部守るとは書いていない。

 動けば勝手についてくる盾でもなかった。

 それでも、幅三メートルの壁のこちら側に、仲間が立つところを想像した。

 リゼさんが紙を描き、ミーナさんが足元を見る。その時間を、俺の剣だけで作らなくてもよくなる。

「何を選ぶの」

 ミーナさんの声に、俺は顔を上げた。

「守る物です。一方向に、壁を置けます」

 リゼさんの目が、俺の手元から、空いた腕へ移った。

「神剣は、なくならないんですよね」

「はい。白鐘を終えて、手元へ残った分は、そのままです。次の前受け枠は、鉄牙を終えるまで、これ一つになります」

 最深部の報酬を、入口で借りる。

 それは、今度も、攻略したことにはならなかった。

 俺は、説明を読み返してから、守護環を選んだ。


 手の上へ、輪が落ちてきた。

 薄い銀の色をしていて、内側の細い筋に、光が静かに溜まっている。

 重さは、思っていたより小さかった。

 俺が目を寄せていると、ミーナさんが、隣で吹き出した。

「また、いちばん驚いてる」

「嬉しいです。まだ、喜び方に慣れてなくて」

「慣れなくても、そのままでいいと思います」

 リゼさんは、俺より輪の縁をよく見ていた。

「でも、着ける前に、こちらの光っている所、見ておきたいです。使った後、変わるかもしれないので」

 俺は頷き、彼女へ見えるように向けた。

 石の中に隠れた真相を、鏡で覗いたのではない。目の前に出てきた装備を、いまの状態から記録する。

 白い紙へ、輪の小さな形が一つ増えた。

 俺は腕へ収め、袖の当たり方を確かめた。

 腰には神剣。腕には、まだ一度も使っていない守護環。

 どちらも、これから進むために、自分で選んだ力だった。


 最初の障壁は、置く位置を間違えた。

 広い確認区画で、通る人のいない方へ向けたつもりだった。

 青白い面が、音もなく、俺の一歩前へ立つ。

 光は薄いのに、その向こうの石目が、細かく揺れて見えた。

「……出た」

 俺が言うと、ミーナさんが、自分の足元を指した。

「出たね。私、そっち側なんだけど」

 彼女は、壁の外にいた。

 俺は慌てて手を伸ばしかける。

「消します」

「うん。まず、消してから。押して寄せなくていい」

 障壁を閉じると、空いた所へ、普通の空気が戻った。

 三秒ほど。

 十秒使い切らなくても、次に使えるまでの待ち時間は、なくならなかった。

 俺の魔力は、八十のまま。光刃は使っていない。

 けれど、環の内側にあった光の張りは、少し変わった。

 三十秒待てば、何度でも無制限に使ってよい、と読み替えてはいけない。再使用の間隔と、環の蓄えは、別に見る必要があった。

 リゼさんが、その違いを紙へ残す。

「壁の高さより、誰がどちら側にいるかを、先に見ないといけないんですね」

「はい。俺が守ってる顔で、置いていく所でした」

「顔は、すごく嬉しそうだったよ」

 ミーナさんは、怒ってはいなかった。

 今、ここで言ってもらえてよかった。


 待っているあいだに、三人の立つ場所を動かした。

 ミーナさんは、壁を出すと決めた時、短い合図を先に出してほしいと言った。

 リゼさんは、自分が後ろへ戻る道を、荷物で塞がないようにしたいと言った。

 俺は、剣を抜く側と、輪を着けた腕を見比べた。

 強い装備が二つになっても、腕が四本に増えたわけではない。

「この辺なら、私が足元を見られる。リゼ、板を持ったまま、そこへ動ける?」

 ミーナさんが、石の継ぎ目を指す。

 リゼさんは左の手を使わず、鞄の位置を少し変えた。

「はい。ただ、急いで一度に二歩より、先に一歩寄っておきたいです」

「じゃあ、先に寄って。そこからでいい」

 俺は、その一歩が終わるのを待った。

 言われるまで、自分がすぐ壁を出したい顔をしていたと気づかなかった。

 今度は、二人の場所を見てから、前を向いた。

 まだ使わずに、どこへ置くかだけを指で示す。

 ミーナさんが頷く。

「うん。いまなら、私も守られる方にいる」

 その返事が、輪の光より、はっきり見えた。


 確認区画を出て、入口側の回廊へ進んだ。

 装備を出してから、もう何分か経っていた。次に出せる間隔は過ぎているが、俺はそれだけを理由に、壁を出したまま歩こうとはしなかった。

 リゼさんが最初の角までを描く。鏡で測るのは、見えている二点の間だけだった。

 ミーナさんは、床の固さを靴で確かめた。

「ここ、石。私の砂の術を、何でも同じようには使えないからね」

「はい。剣と壁の方で、道を作ります」

「道を作る前に、どっちが戻る方かも覚えて」

 言われて、俺は振り返った。

 入口の光が、まだ見える。

 その明るさを、地図の中だけの物にしないよう、目で確かめた。


 角の先で、鉄が石を引っ掻いた。

 低い影が、床から浮いたように見えた。

 四本の脚。背へ重なる硬い板。岩と同じ所へ丸まっていた獣が、音へ反応して身体を伸ばす。

 ミーナさんが、先に止まった。

「前。あの継ぎ目の横」

「見えました」

 俺は二人の位置を確かめた。

 リゼさんが地図板を抱え直し、決めていた一歩を下がる。

 獣が、石の上を跳ねた。

「前へ壁、出します」

 声を置いてから、輪へ意識を向けた。

 青白い面が、三人と獣の間へ立つ。

 次の瞬間、硬い音が回廊に返った。

 獣の爪が光を滑り、こちらへ届かず、身体ごと横へずれる。

 俺の足元は動かなかった。

 ミーナさんが、短く笑った。

「止まった。アルト、まだ、こっちは見なくていい」

 俺は正面を見た。

 獣は、自分が弾かれた所へもう一度飛び込まず、光の端へ回ろうとしていた。

 ただの的ではない。通れる幅を見つける、相手の動きだった。

 だから、俺も、壁だけが勝ってくれるのを待たなかった。

 リゼさんの声が、後ろから届く。

「右の床、奥で欠けています。そこまでは、追わないでください」

「分かりました」

 壁を閉じる。

 獣が次の一歩を選ぶ間に、俺は神剣を抜いた。

 白鐘の最深部を切った刃は、鉄に似た背板でも止まらなかった。

 一度。

 硬い板が二つに分かれ、獣の影がほどけるように床へ落ちた。

 光刃は出していない。

 肩へ返ってきたのは、剣を振った自分の重さだけだった。


 終わってから、俺は二人を見た。

 リゼさんは、さっきと同じ場所にいた。

 ミーナさんも、まだ、俺が確認した側にいた。

「二人とも、大丈夫ですか」

「はい。手も、板も」

 リゼさんが答え、ミーナさんは自分の外套を見下ろした。

「こっちへ爪は来てない。今回は、砂も使わずに済んだ」

 俺の腕の輪が、少しだけ温かかった。

 実際に出した壁は、四秒ほど。最初の三秒と合わせても、二度の短い使用だった。

 魔力は八十のまま。環の蓄えは、別に減っている。

 次をすぐ出せると、決めて進む気にはならなかった。

 けれど、さっき、二人へ届かなかった爪の音は、まだ耳へ残っていた。

「これ、選んでよかった」

 独り言のつもりだったのに、ミーナさんが聞きつけた。

「私も。最初に、私を外へ置いた所だけ、次から減らしてね」

「あれは、ちゃんと覚えてます」

「じゃあ、半分くらい信じとく。残りは、次に壁の内側へ入ってから」

 リゼさんが笑い、紙へ新しい印をつけた。

 獣が出た角。床が欠けた所。戻れる道。

 誰も、最深部まで分かった図にはしなかった。


 持ち帰る物があるかは、触る前にリゼさんと見た。

 すぐ売れる物だ、と決めたわけではない。獣の残した硬い欠片を、彼女は右手で示し、包むなら角を隠すようにと言った。

 俺は自分の荷から包みを出し、彼女の言った面へ当てた。

 今日の収入は、まだ零。

 取り分の紙があるからといって、財布に銀貨が増えたことにはならない。

 それでも、先へ進む道と、持ち帰って確かめたい物が、一つずつできた。

 ミーナさんが、入口の光と、自分の時刻を見比べる。

「今日は、次の角を見たら、一度戻ろう。環も、あなたの身体も、最初の日だから」

 俺は、少しだけ先を見た。

 もっと行きたい気持ちは、ちゃんとあった。

 だから、その気持ちも消さずに、頷いた。

「はい。俺、続きも来たいので、今日の帰りを、ちゃんと残します」

「いい返事」

 ミーナさんが前を向く。

 リゼさんは、白い頁の次の行へ、鉛筆を置いた。

 神剣は、腰に残っている。

 新しい守護環は、腕にある。

 最深部でもらうはずの二つ目の報酬を、俺は、入口から使っていた。

 そして、その向こう側には、もう一人で走り込むのでなく、同じ光を見ながら進む二人がいた。

 俺は次の角の手前で、もう一度、戻る方を確かめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。