魔女の旅
ドラムやトランペット、トロンボーンなど様々な楽器が一体となって軽快な音楽を作り上げている。ついリズムに乗ってしまう。そんな音楽だ。
楽器隊の周囲にはビールが入ったプラスチックカップを片手に話す人やそれを呷る人、歌い踊る人もいればそんな人々を誘惑するにおいを漂わせる屋台でせっせと働いている人もいる。やっていることは様々だがみんな揃って顔に笑顔を浮かべており、楽しそうだ。
参加したことがないため本で読んだ知識しかないが、おそらく"パレード"というやつだろう。
そんな浮かれた人間たちを見下ろしつつ、私は上空をほうきにまたがって飛んでいた。使い魔のルナが話しかけてくる。
「ねぇ。さっきから音楽に合わせて体が動いてるんだけど。そんなにほうきをグラグラ揺らされたら、猫のボクだと落ちちゃうよ」
「うるさい。鳥にでも変身すればいいじゃない」
「イヤだね。変身魔法って疲れるんだよ。というかそんなにノリノリなら人間に交ざってこれば?」
それを聞いた私は一定速度で飛んでいたほうきを急停止させる。文句を言いだそうとするルナを遮って口を開く。
「私が人間のこと嫌いなの知ってるでしょ。冗談でもそういうこと言わないで」
「嫌いっていうかビビってるだけでしょ」
生意気な使い魔に言い返そうと身を乗り出すとバランスが崩れ、ぐらりと体が揺れる。
「わわっ!」
慌ててバランスを取り直す。しばらくグラグラとゆれていたが、なんとか停止させることができた。ルナがやれやれとでも言いたげな顔で振り向いてくる。
「まだまだ未熟なんだから集中しなよ。そんなんじゃいつまでたっても見習いを卒業できないよ」
「そんなお母さんみたいなこと言わないでよ。せっかく修行っていう名目で家を飛び出して世界中を旅してるのに」
そう言うとルナがしっぽをブワッと膨らませ、怒ってきた。
「君が見習いを卒業してくれないとボクも『見習い魔女の使い魔』って評価になっちゃうって何回も言ってるじゃないか!ボクはみんなから一目置かれるようなカッコイイ使い魔になりたいんだよ!」
「それはアンタの都合でしょ!私は見習いのまま自由気ままに旅がしたいの!」
その後もグラグラと揺れるほうきの上で私たちは言い争いをした。気がつけば地上で行われていたパレードも終わり、夜が昼を侵食し始めていた。あと1時間もすればあたりが闇で満ちるだろうかという頃合いに地上から声がする。
「おーい。そこで浮いてるのって魔女だよな。そろそろ暗くなるから地上に下りた方がいいぞー」
私はあまりの驚きに体を大きく跳ねさせる。それこそほうきから落ちてしまいそうなほどに。...あれ?もしかしてほんとに落ちてる?そう気づいた頃には重力に捕らえられていた。
「キャ―――――――ッ!!!」
恐怖で滲み始める視界に映ったのは巧みにほうきを操り、私に向かって突っ込んでくるルナの姿だった。ルナは私の服にほうきの柄を引っ掛け、そのまま急旋回して再び空へ。
(助かった...!)
そう思ったのも束の間、首元の布が引っ張られて呼吸ができない。
(やばい...首が締まって声が出ないし、力も抜けてきた...)
今度は段々と暗転していく視界。自ら助けを求められない私には祈ることしかできない。
(お願い...気づいて...!)
酸欠で頭がクラクラしてくる。意識を手放してしまいそうになったタイミングで体がふわりと宙に浮く。
「ゲホッゲホッ...!」
私が激しく咳をしている間に、ルナはゆっくりとほうきに座らせてくれた。
「大丈夫?」
ルナが心配そうに潤ませた瞳で私の顔を覗いてくる。
「ケホッ...うん。もう大丈夫。助けてくれてありがとね」
「当たり前だろ。ボクは君の使い魔なんだから」
ルナは照れくさそうにそう言うとそっぽを向いてしまう。だが私の代わりにほうきを操縦し、地上に着地させてくれた。私は周囲の安全を確認すると適当な枝を集めて魔法で火をつけた。完成した焚火を囲うようにして地面に座る。普段は眠たくなるまで話をしているが、今日は重い沈黙が漂っていた。このままではいけないと思い、沈黙を破るために口を開いた。
「えっと...ごめんね。いつも野宿で。本当は宿とかに泊まれるといいんだけど...」
ここで私は気が付く。明らかにこの雰囲気で話す内容ではなかったと。
(話題のチョイスを間違えちゃった...このままだともっと雰囲気が悪くなっちゃう...!)
だが今日のルナはいつもと違った。具体的に言うといつもより優しかった。
「別に気にしてないよ。人間が嫌いなんだろう?誰にも嫌いなものくらいあるさ。むしろ謝らなきゃいけないのはボクの方だよ」
「どういうこと?」
「キミは人間が苦手だって知ってたのにあんなことを言っちゃったことだよ。もし言ってなかったら空中で停止することはなかったし、ましてや人間に話しかけられるなんてこと起こりえなかったのに...」
『あんなこと』というのは私が人間を怖がっているのをからかったことだろう。
私は小さいころに読んだ絵本のせいで人間に恐怖を抱くようになってしまった。その絵本の内容は、悪いことをした魔女が魔女狩りをしていた人間に捕まって殺されてしまうというものだ。おそらく悪いことをしたら罰が当たるということを伝えたかったのだろうと頭では理解している。だが、その絵本に登場する人間がすごく怖くてトラウマになってしまい、今でも克服できていない。そのせいで人間がいるような街に行くことができず、宿に泊まることもできない。そのことを私は日頃から申し訳なく思っていた。
「いやいや。謝るのは私の方だって。こんな子供っぽい理由で迷惑かけちゃってるんだし」
「そんなことはないよ。キミはなんだかんだ言ってがんばってるよ」
それだけ言うとルナは丸まって寝てしまった。疲れていたのだろう。すぐに小さな寝息が聞こえてきた。そんな使い魔とは相反して私は眠れなかった。悶々と今日あった出来事のことを考えてしまう。
(今日はルナに迷惑かけちゃったな。いやまぁ普段もなんだけど。それにしてもすごいなぁ。私にすごく気を使ってくれてたし、ほうきを操るのも知らない間に上達してたな)
ルナは私にはもったいないほど優秀な使い魔だ。私なんかじゃなくてもっとすごい魔法使いの使い魔になった方が幸せなんじゃないか。そんな思考が頭をよぎった瞬間、背筋が冷えていくのを感じた。最初は気温が下がってきただけかと思ったが、それ以外のある一つの結論にたどり着く。
(ああ、そっか。ルナが違う人のところに行くのが嫌なんだ。私、ルナのことが大好きなんだ)
今まで嫌なことばかりに目を向けてきたから気づかなかったんだろう。いつも私が好きなように旅をできているのはルナが私に合わせてくれていたから。私が嫌なことから逃げてこれたのはルナが助けてくれていたから。そんな大切なことに今まで気づかなかった自分に嫌気が差す。
(このままじゃだめだ)
ようやく決心のついた私はある覚悟を胸に宿し、眠りについた。
「人間の街に行ってみる?!」
ルナはとても驚いていた。昨日まで人間のことを恐怖症と言ってもいいほどに怖がっていた私がいきなりこんなことを言い出したのだから、そんなリアクションにもなるだろう。
「私、昨日の出来事でルナにたくさん助けられてるって気づいたの。だからせめてルナにふさわしいような立派な魔法使いになろうと思って」
「そうやって思ってくれたのはうれしいけど、大丈夫なの?」
ルナは私の顔を不安そうに覗き込んでくる。やっぱりそうだ。ルナは私に何かがあった時、心情を読み取ろうと顔をしっかり見て声をかけてくれる。私はルナの目を見据えてはっきりと答える。
「大丈夫。」
それを聞いたルナは私の目をじっと見つめた。そして何かを感じ取ったようだった。
「分かった。じゃあ今日は人間の街に行ってみようか」
早速、空を飛ぶためにほうきを準備する。ほうきを持つ私の手が震えていることに気が付いたルナは私の手の上にそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫。ボクが付いてるからね」
その言葉だけで手の震えが止まる。胸が温かくなる。まるで魔法みたいだ。私はほうきにまたがり、人間の住む街に向かって飛び始める。ルナは私の肩にちょこんと座っている。肩と胸にほんのり温かさを感じながら思った。
旅に必要なのは『使い魔』だと。




