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特級勇者のメンヘラ姉妹〜俺を巡って騎士団が壊滅しそうです〜  作者: 綾小路 奏


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第8話

ヴィーナの唐突な発言に言葉を失ったのは、当事者である俺とエリシア先輩だけではなかった。途中から入室してきた第一部隊の面々も、セレナとアナでさえも呆気に取られている。

 そんな、室内にいる全員の視線が集まる中、ヴィーナは眉間に手を添えて悩んでいるエリシアに向けて笑顔を向けた。


「実力が足りていないから心配だというのなら、実際に戦ってみればいいのよ」


 本来ならエリシアへ向けられた言葉なのだろう。だが、その響きはどこか俺自身にも向けられているように感じられた。


「対人戦闘の模擬戦を行うのであれば、事前に管理部の方に話を通さなければならないと思うのですが」


「その点は大丈夫よ。騎士長の権限で申請を強引にでも通すから」


「‥‥‥そうですか」


 彼女の反応からして、正式な手順さえ踏んでいれば模擬戦を行うこと自体には反対しないということなのだろうか。俺を含めて気が引けているこの状況の中、エリシアはこちらに振り返ると、その青色の瞳を真っ直ぐこちらに向けてきた。


「私としては、ヴィーナ騎士長の提案に異論はありません。貴方が相応の実力を持っているのなら、相手が私でも示してくれるでしょうから」


 銀色に輝く鞘にそっと手を添えながら、「貴方はどう出ますか?」と挑発するような視線を投げかけてきた。

 本音を言えば、一介の兵士でしかない俺が騎士である彼女と正面からやり合うのは避けたい。だが、ヴィーナの期待を裏切るつもりもなかった。幼い頃から、姉さんは血の繋がりなど関係ないと言わんばかりに俺を家族として接してくれた。その恩は今も胸に深く刻まれている。だからこそ、少しでもその恩に報いる機会があるのなら、俺が口にするべき答えは一つしかなかった。


「わかりました。騎士長の提案を受け入れます」


◇◆◇


 第一部隊専用訓練場へ向かう道中、俺は自分の置かれている状況を改めて整理していた。まず、俺は今日から第一部隊に配属された。ただし正確には第一部隊だけではなく、第二部隊、第三部隊にも所属している。騎士団史上前例があるのか分からない三重所属という謎の役職を押し付けられた結果、俺は午前中から三姉妹全員に予定を押さえられるという、兵士というより共同所有物に近い扱いを受けていた。


 そして今、第一部隊の副騎士長であるエリシア・フェルドと模擬戦をすることになっている。


 理由は単純。彼女が俺を認めていないからだ。

ここまで整理してみても、やはり納得できる部分が一つもなかった。普通、配属初日というものは自己紹介や書類確認から始まるものではないのだろうか。少なくとも俺はそう思っていたし、まさか顔合わせから数分後に「お前の実力を示せ」と訓練場へ連れていかれるとは考えていなかった。


 しかし、隣を歩くヴィーナはどこか楽しそうだった。


「そんなに期待されても困るんだけど」


「あら、期待しているように見えた?」


「少なくとも、配属初日の部下を副騎士長と戦わせる上官の顔には見えない」


「それはそうでしょうね。私も初めてやるもの」


「前例ないことを部下で試さないでよ」


 ロイゼが抗議しても、ヴィーナは悪びれる様子もなく微笑むだけだった。


「大丈夫よ。エリシアはいい子だから。というより、貴方が普段の実力を発揮してくれたら丸く収まる話よ」


「二等兵と騎士とではそもそも実力が釣り合っていない。エリシア先輩も言ってたけど、血筋の影響が大きいというのは事実なんだから」


 ヴィーナは何も答えなかった。その沈黙が何よりの答えである。ヴィブロス家も代々受け継がれている魔法とスキルの力というのは、他家と比べても規模が違う。


「それでもね、自分に才能があるからと怠けず、努力を続けられる人はとても素敵なの。生まれながらに恵まれたものが少なかった人なら、その努力はもっと輝いて見えるわよ」


 それが誰に向けられた言葉であったのかは明らか。才能にかまけず日々研鑽を重ねているのはヴィーナも同じだろうに、そんな彼女に認められているというのは、冗談であっても嬉しいものだ。


「まぁ、姉さんの期待に応えられるよう頑張るよ」


「行ってらっしゃい」とでも言うように彼女が背中を押してくれた。その温もりを感じながら、俺は一人訓練場の扉を開き、待ち受けるエリシアのもとへ歩みを進めた。



 第一部隊専用訓練場は、普段俺たちが使っている練兵室とは比べ物にならないほど整備されていた。地面は白い石畳で平坦に整えられ、周囲には観戦用の段差まで作られている。壁には魔法防護用の結界石が埋め込まれており、騎士同士の模擬戦でも外へ被害が出ないようになっているらしい。


 そんな立派な場所に集まっていたのは、第一部隊の隊員たちだけではなかった。第二部隊の兵士、第三部隊の医療班、さらには暇を持て余した他部隊の連中までいる。


「なんでこんなに人が?」


「噂になっていたからですかね」


「噂?何の噂ですか」


「三姉妹が取り合っている平凡な二等兵が、第一部隊副騎士長と模擬戦をするらしいって」


「なんか、悪意のある広まり方してません?」


「事実ではあるわ」


「事実なら何を言ってもいいわけじゃないんですよ」


 俺が観客席へ目を向けると、見知った顔がいくつかあった。セレナは最前列で手を振っているし、アナは何故か白衣姿で救急箱を抱えている。その隣には、昼の犠牲者であるナハトまで座っていた。いや、気絶していた。顔色はまだ悪い。何故この場にいるのだろうか。いや、考えるのはやめておこう。既に犠牲が出てしまった以上、俺にしてやれることはない。すまない友よ。


 訓練場の中央には既にエリシアが立っていた。銀髪を後ろで束ね、片手に剣を握っている。姿勢に無駄がなく、構えていない状態ですら隙がない。真面目で堅物な副騎士長という印象は作戦室にいた時と変わらないが、訓練場に立つ彼女は先程よりもずっと騎士らしく見えた。


「ロイゼ・ホーシン」


 既に舞台の中央に立つエリシア先輩に名を呼ばれた。


「はい」


「今なら辞退しても構いません。配属初日に怪我をしては、貴方自身も困るでしょう」


 言い方はきついが、彼女なりの配慮なのだろう。そう思おうとした。


「もっとも、辞退した場合は第一部隊の全員から実力不足と判断されますが」


「逃げ道を塞いでから優しさを出すのやめてもらえます?」


「事実を述べただけです」


 やはり配慮ではなかった。ヴィーナが中央へ進み出ると、簡単にルールを説明した。魔法の使用は可能。武器は剣のみ。場外、戦闘不能、降参のいずれかで決着。殺傷行為は当然禁止。最後の項目だけ少し強めに言われた気がしたが、俺は気にしないことにした。


 ヴィーナの手が合図の声と共に振り下ろされると、エリシアが踏み込んでくる。


 速い。そう思った時には剣が目の前まで迫っていた。反射的に受けると、腕に鈍い衝撃が走る。剣同士がぶつかったとは思えない重さだった。受け切ったはずなのに、足が後ろへ滑る。


「まずは初撃を受け流しましたか。ですが、これくらいの攻撃で倒されては話になりません」


 エリシアの声には僅かな驚きが混じっていた。


「‥‥‥先輩、初撃で終わらせる気でしたよね」


「えぇ、まぁ」


「正直すぎません?」


「ですが、手加減はしました」


「え、今のが?」


 第一部隊の基準が分からなくなってきた。距離を詰め、続けてエリシアが攻めてくる。上段、横薙ぎ、突き、切り返し。動きに無駄がなく、一撃一撃が重い。真正面から受け続ければ腕が持たないと判断し、俺はなるべく剣を流すようにして距離を取った。


 観客席がざわつき始める。


「おい、副騎士長の剣を捌いてるぞ」


「あいつ本当に二等兵か?」


「いや、動きだけ見れば荒い。けど反応が妙に早いな」


 聞こえている。そしてその評価は正しい。俺の剣は綺麗ではない。ゴーティエやヴィーナに散々しごかれた結果、どうにか致命傷を避ける動きだけが身体に染みついているだけだ。美しく勝つための剣ではない。生き残るための剣である。


「なるほど。ヴィーナ騎士長が推すだけの実力はあるようですね」


 エリシアが距離を取りながら尋ねる。


「では、入隊を認めてくれると?」


「逆に聞きますが、これで納得するとでも?」


「‥‥‥俺も自分で言ってて説得力がない気はしてます」


 エリシアの表情が僅かに険しくなる。どうやらギアの段階が一つ上がったらしい。次の踏み込みはさっきよりも鋭かった。剣が右肩を狙ってくる。受ければ押し負ける。そう判断して半歩下がったところで、エリシアの剣筋が途中で変わる。


 フェイントだった。狙いは足元。避けきれない。そう思った瞬間、身体が勝手に動いた。俺は剣を地面へ突き立てるようにして支点を作り、無理やり体勢をずらす。見た目だけなら曲芸に近い動きだっただろう。実際、観客席からも変な声が上がっていた。


 だが結果は回避成功だ。そのままエリシアの剣が空を切った瞬間、俺は前へ出る。狙ったわけじゃない。避けた勢いで身体が前に流れただけだ。

そして、運良く剣の先端が、エリシアの胸当てに軽く当たった。


 乾いた音が鳴る。訓練場が静まり返った。


「あ、当たった」


 俺が声を漏らすと同時に、エリシアが口を開く。


「偶然です」


「そ、そうですね」


 実際、その通りだった。俺自身、今の一撃を再現しろと言われてもできる気がしない。避けるのに必死だった結果、たまたま身体が前に流れ、その先にエリシアがいただけだ。


 しかし――。


「副騎士長に一発入れたぞ……」


「いや、今のは見事だっただろ」


「おかしな避け方してる途中で偶然当たったんだって」


 観客席はそう思ってくれなかったらしい。周囲のざわめきが大きくなる中、エリシアは胸当てに当たった剣の跡を一瞥し、小さく息を吐いた。


「……確かに偶然でしょう」


「ですよね」


「ですが、偶然であっても命中したことは事実です」


 そう言うと、彼女は剣を構え直した。先ほどまでより威圧は強い。そして、比べるまでもなく殺気が鋭い。何より、一切の隙がない構えを取っていた。


「ロイゼ・ホーシン」


「はい」


「一つだけ訂正します」


 青い瞳が俺を射抜く。


「先程までは、貴方がどれほど私の剣撃に耐えられるかを見ていました」


「嫌な確認ですね」


「あくまで貴方という戦力が第一部隊に相応しいかを確かめるためです。そして、これまでのやり取りで分かったことは、貴方は近接戦闘が異常に強い。こと回避技術のみで言えば私よりも上でしょう」


 訓練場全体が静まり返る。まさか、騎士が二等兵より劣るなどと発言したとは信じられなかったからだ。故に、観客席からも声が消えた。


「なので、私は貴方を試験対象ではなく、一人の剣士として扱います。無論、評価の最中ということに変わりませんが」


「それって褒め言葉なんですか?」


「少なくとも、今からは手加減を期待しないでください」


「いや、全然嬉しくないですね」


 返事をした瞬間だった。エリシアの姿が消える。


「――っ!?」


 “右”


 そう直感した時には既に剣が喉元を迫っていた。反射的に受けるも、今度は受け切れない。轟音にも似た衝撃が腕を貫き、そのまま身体ごと吹き飛ばされた。


「がっ……!?」


 体を転がしながらも、場外を避けるべく数メートル先まで飛ばされた地点で剣を地面に突き刺した。石畳を削りながら何とか踏み止まったが、両腕が痺れている。


 今の一撃は今までとは明らかに違う。重いとか速いとか、先ほどまでとは比較にもならない。本当に。手加減されていたのだと実感する。そして、騎士として積み上げてきた年月そのものが剣に乗っているようだった。


「あら、避けないのですか?」


「避けられたら苦労しませんよ……!」


 呼吸を乱しながら返事をした瞬間、再び距離を取られる。そして、目にも止まらぬ速さで喉元まで詰め寄られると、眼前に凶刃が迫る。


 間一髪で焼けるも、全てが決定打に繋がりかねない威力を持っている。


「貴方の回避技術は見事です。ですがやはり、初手のような距離を取られた後の高速攻撃には苦手意識があるようですね」


 上段。横薙ぎ。突き。斬り上げ。次々と繰り出される連撃。俺は防戦一方だった。一撃でもまともに受ければ場外へ吹き飛ばされる。だから流す。避ける。身体を捻る。転ぶ寸前の体勢で踏み止まる。格好など気にしていられない。生き残ることだけを考える。ゴーティエとの地獄のような訓練。三姉妹との模擬戦。あの日々で叩き込まれた技術は一つだけだ。勝つための剣ではない。死なないための剣。


「そして、近接での詰め競り合いにはめっぽう強い。私のような騎士タイプより弓兵や魔法使いのような遠距離を得意とするタイプの方が貴方にとっては相性が悪いでしょう」


 攻撃を続けながらエリシア先輩が分析する。


「‥‥‥正解です」


「これでも評価は高いですよ?それでも、第四部隊が妥当なラインですが、今すぐにでも実戦で活躍できる資質はあるかと」


 出所の見えなかった払い気味の一撃を避けると、エリシアの瞳が細まる。


「最後に、貴方は死角からの攻撃に対して異常な速度で回避する」


 ギクリとした。その反応を見逃さなかったのか、彼女の視線が鋭くなる。


「まるで何度も命を狙われた人間の動きです。もしや、実践の経験がおありですか?」


「そ、それは考えすぎじゃ……」


「少なくとも二等兵の動きではありません」


 エリシアは何かを納得したように頷いた。


「再度言いますが、ヴィーナ騎士長が貴方を評価する理由が少し分かりました」


「え?」


「ですが――」


 次の瞬間。彼女の剣が真正面から振り下ろされる。これまでになかった単調な動きであったこと、正面すぎて受ける止めるしか手段がなかったことから剣を構えたのだが、これまでとは比較にならない重さが尋常ではない負荷となって全身に襲いかかる。


「な、なんだこれ————————っ」


 常人の筋力から生み出される重さではない。まるでゴーティエの、いやヴィーナの一撃と比較しても信じられないほどの力だ。


 身体が耐えきれない。そんな考えが頭を過ぎるよりも先に剣が真っ二つに折れた。破片が宙を舞う。そんな生まれる完全な隙を彼女が見逃してくれるはずがなく、気がつけば剣の切先が俺の首元で止まっていた。あと数センチ、実践なら命が尽きている距離だった。訓練場に静寂が落ちる。やがてエリシア先輩は剣を下ろし、鞘に収める。


「勝者、エリシア・フェルド」


 そのヴィーナの宣言と同時に、観客席から歓声が上がった。俺は大きく息を吐く。


「完敗です。先輩」


「えぇ。見事な完敗ですね」


「自分で言いますか、それ」


 どこか鼻を鳴らして自慢げにしているエリシアを見て、もしかしたら最後の一撃は彼女の真価を見れたのではないかと思った。けれど、見事なまでに実力差ははっきりしていた。それでも全力で戦った結果なら納得できる。するとエリシアがロイゼへ向かって右手を差し出した。


「ロイゼ・ホーシン」


 初めて向けられた温かみのある笑顔。どこか硬く真面目で機械的な印象を受けていたのだが、それは厳正なる副騎士長の立場としてのものだったのかもしれない。

 差し伸べられた手を掴むと、俺は勢いよく体を起こされた。


「貴方が非凡な才能を持っていることは認めます。将来的には騎士になりうる逸材であることも。ですが、少なくとも今の貴方では、第一部隊に所属するだけの力は持っていません」


 その言葉に俺は唇を噛み締める。どこか認められていた気になっていた。だからこそ、不合格の烙印を押されたことは思いの外ショックだった。

けれど、副騎士長である彼女が、才能はあると言ってくれた。その点は少し驚きながらも、その手を握った。


「ありがとうございます」


 俺は感謝の意を伝えると、握手したままエリシアは真顔で続ける。


「剣術の腕はもっと鍛えてください。それと、魔法を使わなかったのは、もしやそういうことですか?」


「‥‥‥やっぱ、バレますよね」


「余りある才能を持っていたとしても、魔法が使えないとなれば戦場においては大きなハンデを背負うことになります」


「まじですか」


「えぇ、おおまじです」


 即答だった。返し方が少しだけ面白かったのは指摘しない方がいいだろう。この場合は苦笑いをするしかない。


「騎士長に聞けば最初は第二、そして第三と回った後、我々の部隊に来るとか」


「は、はい。そういう話になってます」


 流れ的にヴィーナから聞いたのだろうか。掛け持ちみたいな真似をして何か言われるのかと警戒していたが、


「騎士長の実妹である彼女たちから学べることは多い。次女のセレナにおいては私よりも強いですからね」


 初対面の時に抱いた堅物な副騎士長という印象は、もう随分と薄れていた。そう考えると、この模擬戦も決して無意味ではなかったのだろう。


「彼女たちを模範として今よりもっと強くなりなさい。そして、再び第一部隊に来たときは私が成長した貴方の実力を確かめてあげましょう」


「その時はお手柔らかにお願いしますね先輩」


 こうして俺は、第一部隊から正式に実力不足の判定を受けた。


 ……なお、この時の俺はまだ知らなかった。


 第二部隊でも、いやそれ以上に理不尽な歓迎が待ち受けていることを。

 

 


 

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