第7話
ルナ先輩の弁当箱から距離を取るように周囲の兵士たちが散っていく中、俺はヴィーナ姉さんが待つ第一部隊の作戦室へ向かっていた。
場所は騎士団駐屯地六階の最奥。他の部隊より一回り広く造られたその部屋は、王国最強の騎士に与えられた執務室兼作戦室らしく、廊下からして雰囲気が違う。
壁には歴代の第一部隊騎士団長の肖像画が並ぶ。全てがイカつい男性騎士が並ぶ中、二十代で第一部隊の騎士団長に抜擢された彼女はやはり傑物だ。
「てか、城下町が一望できるんですかこの部屋」
窓からは城下の街並みが一望できる。訓練場で泥まみれになっている俺みたいな兵士が来る場所ではない。
「あら、緊張しているの?」
一人最奥の席に座るヴィーナ姉さんが尋ねた。
「してませんよ」
「嘘ね」
「はい。めっちゃしてます」
即座に訂正した。この人に嘘は通じない。俺の嘘が下手とかそういう問題ではなく、彼女に嘘をつくことは物理的に不可能なのだ。
「大丈夫よ。第一部隊の隊員たちは優秀だから」
「それは知ってます。ただ、視線が痛そうで」
「安心しなさい。貴方をいじめる者が現れたら、私が守ってあげるから」
その言葉に少しだけ救われる。ヴィーナ姉さんの部隊なら少なくとも仕事面での不安は少ない。
問題はやはり人間関係だけだ。
そしてその不安は、部屋の扉が開かれた瞬間に的中した。
「騎士長、お待たせしました」
真っ先に立ち上がったのは一人の女性だった。
銀髪を後ろで束ねた美人。年齢は二十歳前後だろうか。ヴィーナ姉さんと同じく上官用の制服を着ている。姿勢は綺麗だし、立ち振る舞いも洗練されている。いかにもエリートな人物、そんな印象を受けた。
「あら、エリシアじゃない。いつも早いのね」
「私は第一部隊の副騎士長です。予定より前に行動することは当然なことかと」
「相変わらずね」とだけ呟くと、ヴィーナ姉さんは席から立ち上がり、嬉々として俺の横に並んだ。
「紹介するわ。今日から第一部隊へ配属されるロイゼよ」
その瞬間だった。女性の視線が俺へ向く。そして、露骨に眉が動いた。視線は、いかにも怪訝そうな雰囲気を持っている。
だからそれだけでわかる。これは嫌われているなと。
「第一部隊副官を任されている。エリシア・フェルドです」
「ロイゼ・ホーシンです。よろしくお願いします」
握手を求めようとした右手が空振った。エリシアは軽い挨拶だけして終わらせたからだ。気まずい。故に、めちゃくちゃ気まずい。
「騎士長」
エリシアが口を開く。
「質問があります」
「あら、なにかしら」
「なぜ二等兵の者がここにいるのでしょうか」
開始三十秒である。この人はまだ席に着席していないというのに。
「彼がこの部隊に配属されたからだけれど?」
「再考を提案します」
「却下」
ヴィーナ姉さんも用意していたのか、彼女からの提案を切り捨てた。
「ですが、彼の出身は平民だと聞いています。家柄と実力で選別する騎士団の規則に抵触しますよ」
「却下。というかそれはいつの時代の話よ。平民だからってこの騎士団では冷遇されるなんて話は聞いたことがないのだけれど」
「実際に上位部隊は王族と貴族の出身しかいません。騎士としての資質には必ず血筋が大きな影響を持っているのですから」
「だとしても却下。それがロイゼを入隊させない理由にはならないわよ」
会話が成立していない。するとエリシアは諦めたように息を吐いた後、改めて俺を見た。
「言っておきますが、勘違いしないでください」
「‥‥‥はい」
「私は貴方を嫌っているわけではありません。ただ、実力と釣り合っていない部隊へ所属されるということは、貴方自身の首を絞めることになるのですよ」
ただの理不尽で嫌悪されていたのかと思ったが、意外と筋の通った理由があった。確かに彼女の考えは間違っていない。俺の実力が国家最高戦力集団と釣り合っているかと聞かれたら、確実に否であるのだから。
「ご忠告ありがとうございます」
「それに騎士長の隣に立つ人間には相応しい実力が必要です」
「左様ですか」
俺のことを想ってくれているのは分かった。が、この人は多分ヴィーナ姉さんの狂信者だ。部屋に集まり始めた隊員たちを見ると、全員が「あー始まった」という顔をしている。
どうやら筋金入りらしい。
「エリシア」
ヴィーナ姉さんが少しだけ呆れたように言う。
「ロイゼは私が、そして騎士団長が選んだ人材よ」
「それは承知しております」
「ならどうして?彼を追い出す正当な理由がないわよね」
「無論、貴方が間違えるはずありません。ですが、何度も申し上げますがこの者の実力は明らかに不足しています。少なくとも、第七部隊より下の部隊が妥当なラインでしょう」
悲しいことに、エリシアが妥当だと判断したラインは、俺が適正所属だと本来なら割り振られていた部隊だった。第七部隊であれば、恐らくこの部隊の中にいる一人だけで、戦力として釣り合いが取れるぐらいの差があるだろう。
エリシアの理詰めに、ヴィーナが頭を悩ましていると、閉められていた部屋の扉が勢いよく開けられた。
「ロイ君!」
聞き慣れた声、正体はセレナだった。
「第二部隊の顔合わせ始まるよ!」
「今、第一部隊の時間なんだけど」
「あっそ?終わったら来て!」
さらに、
「ロイゼ兄様」
今度は廊下からアナスタシアが現れる。
「第三部隊の資料も準備できていますよ」
「だからまだ第一部隊なんだが」
「大丈夫です」
「何が?」
「逃げられないよう予定表は押さえてあります。今日の午後はフリーですよね?」
大丈夫じゃなかった。むしろ包囲網が完成している。セレナと違って事前に準備しているからタチが悪い。
規律を重んじる彼女にとって歓迎すべきではない状況に、エリシアの反応を伺っていたが、案の定その光景を見て固まっていた。
数秒、十秒、やがて震える声で彼女は呟く。
「ヴィーナ騎士長」
「なにかしら」
「なぜ第二と第三の騎士長が、この男を取り合っているのですか」
「それは、ロイゼだからじゃないかしら」
ヴィーナ姉さんは当然のように答えた。僅かに頬を朱色に染める彼女を見て、エリシアは「なるほど」とだけ呟くと、間をおいてこちらを振り返った。
もう一度見る、さらに見る。そして、もう一度見る。
「いや見すぎですって」
「……この男のどこにそんな価値が?」
失礼すぎる。だが正直、俺も知りたい。その答えを求めてヴィーナを見ると、全員が当然みたいな顔をしていた。
「あら、知りたいの?」
「知りたい、とは?」
「ロイゼがどれくらい凄いのかってことよ」
その瞬間、俺は理解した。第一部隊に配属された初日。俺はまた新しい厄介事に巻き込まれるのだと。
「だったら、ロイゼ・ホーシン、そしてエリシア・フェルド。これから貴方たち二人には、模擬戦を行ってもらいます」
この場にいる全員の注目が浴びながら、ヴィーナ姉さんは高らかに宣告したのだった。




